第455話 新しい魔道具と館の中の散歩
領主館に戻ると、急いで浴場に向かい、湯船にお湯を張る。テスラは馬の手入れをしてから入ると言っていたので、少し熱めのお湯を張っている。テスラにはお湯を用意しておく旨は伝えたので、後は勝手に入ってくれるだろう。
さて、チャットの魔道具の状況確認かな。チャットの部屋をノックすると、チャットの声が返ってくる。
「あれ? 皆と一緒に遊んでいたと思ったけど」
「昼以降の訓練には参加していない身ですから。それに問題の魔道具も気になってましたから」
人の作った物を問題扱いしないで欲しい。ちょっと切ない。
「で、どんな感じ?」
「様子を見ていますが、やはり核の濁りも出ません。このままやと、三日経っても変わらずと言う状況でしょうか」
チャットが呆れ顔で突っ伏す。
「どんなに長くても一時間程度の稼働が限界やった魔道具が三日動いてもまだ動きそう言うんが、まず意味が分かりません」
「効率が良くなれば、それだけ稼働するんじゃないの?」
「効率言うても、限度が有ります。これの量産に成功したら、蝋燭を駆逐するかも知れません」
チャットが頭を抱える。次の段階に進んでも良いのかな?
「前に少し言っていたけど、別の魔道具が実際は作りたいんだけど」
「なんや、仰ってましたね。どないなんですか?」
「所有者から百キロほど離れたら、三千度程度の熱で十分程、一メートル四方を焼き続ける」
「……。なんですかそれ? 何やの武器ですか?」
チャットが口を開けてポカーンとした顔で見てくる。
「いや。そんな物騒な物では無いよ。誰かに大事な物を持っていかれた時に、自壊させる為の手段だよ」
「大袈裟……やないですか?」
「んー。鉄も混じっているから、千五百度以上は出さないといけないし、短い時間で完全に木の部分を燃焼して、鉄の部分をぐにゃぐにゃにしちゃうなら、それくらいは必要かなと」
「核は使い捨てやないですか?」
「そうだね。危ない武器になるかも知れないから、使い捨てにしてでも他人には渡したくない。ちなみに、核に記載された紋様って後で読めるのかな。登録されている魔術の意味が分かったりする?」
「いえ。あくまで魔術を定着、実行させるだけでの紋様なんで、刻んでいる内容は全て同じです」
「良かった。先んじて読まれて対策を立てられたりすると面倒になるところだった。テストは二段階かな。それだけの出力の炎を出せるか、それが遠く離れた場所で本当に発動するかかな」
そう言うとチャットが難しい顔をする。
「遠くに行くと何かが起こると言うんは結構良く有る条件です。研究所の上官に持たされた核に刻まれていたのは、研究所から十キロ離れたら、下方から風を出す言う魔術でした」
そう言うと、遠い目をする。
「わざわざ余所行きの服を着るんかと聞いてきた上官の真面目な顔が今でも浮かびます。紳士やと思っていたんですが、台無しです」
あー……。わざわざ魔道具でスカートめくりせんでもええがなと思う。
「じゃあ、実物のサンプルを持って帰ってくるから、それが届いたら、実験開始にしようか」
「分かりました。核の用意はしておきます。明日以降ですよね?」
「物が壊しても良いほど出来ているかにもよるけど。それは確認する。きちんとした日程が決まったら相談するよ」
「分かりました。では用意はしておきます。その間は、この魔道具の試験の続きですね。いつまで灯ってるんでしょうね」
「ごめん。それは私にも分からない」
「ですね。変化が有れば報告します。それまでは他の研究と並行しておきます」
「頑張って」
そう言って、チャットの部屋を辞去する。
ロットの部屋をちらっと覗くとほこほこのテスラが楽しそうに皆と遊んでいたので、良かったと思いながら静かに扉を閉める。
部屋に戻ると、タロとヒメが雨で暇なのか、ころりんと転がりじゃれあっている。お腹を見せても良い間柄になったのかな。部屋に入り、執務机に向かうと、二匹が私に気付いたのか、ててーっと近付いてくる。じっと下から見上げてくる瞳は遊んで、遊んでと『馴致』を使わなくても雄弁に物語っている。
『二匹で遊ばないの?』
『ままがいいの』
『ぱぱがいい』
嬉しいが、それぞれさっきまで遊んでいたよねと突っ込みたくはなる。執務机の未決裁棚にはそれなりに書類が乗せられているが、まぁ、後で処理すれば良いか。雨で散歩に出られないのでストレスが溜まるだろうし。
片方に咥え紐を渡して、片方に骨の玩具を投げて、飽きたら交代を繰り返していく。幾ら部屋が広いと言っても、そうそうダイナミックには遊べないので、いつもの遊びだが、一緒に遊べると言うだけで良いらしい。
ある程度興奮が冷めてきたところで、館の探検でもしようかというのを伝えると、二匹共大喜びでしっぽを振る。探検の二文字には弱いらしい。使用人もタロとヒメは知っているので無闇に驚きはしないだろうし、二匹共人間を襲ったら駄目なのは完全に理解している。
部屋を出て、厨房の方に向かう。玄関と部屋の往復では通らない廊下なので、二匹共興味深くクンクンブルドーザーを発動させながら、壁に体を擦り付けている。
厨房の前に着くと、食材の、と言うか肉の匂いがするのかお座りをしてしきりにしっぽを振っている。これはいきつけの店に行った時のサインか。丁度通りかかった料理人がこちらに気付きにこやかに近付いてくる。
「あら、領主様。館の中で散歩ですか? 雨ですものね」
「少しでも体を動かしておかないとストレスで調子が悪くなっちゃうから。イノシシで良いから、薄いの二枚ほど切って持って来てもらって良いかな?」
「分かりました。少々お待ち下さい」
暫く待っていると、皿に二枚薄いイノシシ肉を乗せて料理人が戻ってくる。
「私があげても良いんですか?」
「良いよ」
「じゃあ、タロちゃん、はい」
ひょいっと料理人の子が投げるとタロが飛び上がりながら、ぱくっと銜える。
「ヒメちゃんも、はい」
ヒメも上手に銜える。
二匹がはくはくと食べると、満足したのか、次、次と言う感じで鼻先で押してくる。
「あはは。領主様頑張って下さい」
「あぁ。ありがとう」
次は練兵室の方かな。てくてくと色々な物に興味を惹かれながら、練兵室の方に向かう。
練兵室の中ではレイが騎士団や、衛兵として雇った退職者たちの再訓練を行っている。主に斥候、諜報に関わる訓練だが、どうしても一に体力、二に体力になるのはしょうがない。生きて戻るのがお仕事なので、体力の有無は生き死にに直結する。皆もそれが分かっているから、必死に訓練を続けている。いつもの柔和なレイは怒号を上げながら、訓練を指揮している。中々あぁ言う姿を見る事も無いので新鮮だ。二匹も人間達の真剣な姿がちょっと怖かったのか、腰を引き気味に練兵室から離れようとする。
中々見れないレイの姿が見られたので、満足して応接室、資料室など、色々巡っていく。色んな場所で嗅いで擦り付けて満足したのか、部屋に戻る道を進み始める。この辺りは獣可愛い。欲望が満たされたら、満足するのだ。
部屋に戻ると、箱に戻り二匹揃ってくわっと欠伸をする。私は布を濡らして、二匹の歯を磨く。頭を撫でるとすっかりリラックスしたのか、くてんと丸くなって目を瞑り始める。
やや薄暗い中、雨音をBGMに書類の処理を進めていく。新規店舗の開設や、移住の申請は多いが、少しずつ町開きに関わる書類も増えて来た。あぁ、もうすぐ『リザティア』も始動するのか。何となく日常になり始めていたがまだ、この町は産声も上げていない。それが産声を上げるのだ。盛大な鳴き声を周囲に轟かせて欲しいな。そう思いながら、書類の処理を進めていく。