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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第454話 シュニッツェルは大好きです

緩やかな階段を上り、最上階に向かう。食堂階も大分埋まっている。政庁の人間がお昼を食べにくると言うのも有るし、商家の人間が買い物ついでに来ると言うのも有って盛況のようだ。個人の商家なら荷物持ちと護衛程度だが、大規模な商団なら百や二百人の集団だ。店の方もそれだけの集団に出すのだから気合も入るだろう。最近は西からも東からもその規模の商団が行きかい始めている。まだ歓楽街の方は正式には開けていないが試験的に一時的な住民証の発行と温泉宿以外の宿の開放は許可しているので、そう言うお客様もどんどん泊まりに来ている。遊具類は置いていないが、いつ来てもゆったり風呂に入れるのはありがたいと言うのが人気の秘密とフェンは言っていたか。遊具が完備され始めたらどうなるんだろう。ちょっと楽しみでもあり、ちょっと怖くもある。


 各食堂を覗いていると、甘い物のお店でちょこんと座っているテスラを発見したので、手を振る。慌てて駆けつけようとするので、手の動きで抑える。


「状況は確認出来たよ。町開きには服装類は揃いそうだって」


「そうですか、それは良かったです」


 にこやかテスラが言う。テーブルを見ると、ハーブティーしか載っていない。


「あれ? 食事とかは良いの?」


「どの程度時間がかかるか分からなかったですし、体が冷えただけですので、温かいお茶だけでも大丈夫です」


「ふむ。そろそろお昼ご飯の時間かぁ。何か食べて帰る? どうせ、時間がかかるとみて、用意はしてくれていないだろうし」


「まぁ、用意していても賄いで処分しちゃいますからね。何か食べたい物は有ります?」


「いや、テスラの食べたい物で良いよ」


「あ、じゃあ。あの店にしましょう。凄く並んでましたし、香ばしい香りが堪りません」


 そう言って一軒の店の前に並ぶ。話している内に昼時が済んだのか、並んでいる数はそこまで多くは無い。どんな料理でも二、三十分も待っていれば入れるだろう。

 列の最後尾に並んでいると、懐かしい香りが漂ってくる。あぁ、ラードは大量に生産されているから、ラードからの揚げ物の店は大量に作れるはずだ。しかし、揚げ物を広めたのって競馬場とアレクトリアくらいしかない。どういう経緯で揚げ物を作るのに至ったのか、経緯は少し気になるかな。


 テスラと途中で出て行く羽目になったトランプの説明をしていると、席に誘導される。メニューとしては鳥かイノシシと言う話らしい。テスラも私もイノシシを選択してみる。


 暫く香ばしい香りを堪能しながらお腹が鳴るのを我慢していると、大皿に盛られた何かとパン、スープが出てくる。パンは大麦のパン、スープは普通の野菜のスープだ。大皿の上にはでんと薄く引き伸ばされたイノシシ肉がシュニッツェルになってどぷんとソースに浸けられたものが乗せられている。横には申し訳程度の春野菜のサラダが乗っている。


「おぉ……。これはまた、凄い」


 わらじカツのように引き延ばされたイノシシ肉のまぁ、トンカツなので、立派だ。ラードの香りと揚げ物特有の香ばしい香り、そしてソースの香りが暴力的に胃を直撃する。


「じゃあ、食べようか」


 スープを口に含むと、こちらは普通の野菜の塩スープ。煮込まれた野菜の甘さで何とも言えない複雑妙味になっている。量を作るのはやはり偉大だ。パンは大麦のどっしりした酸味の有るパン。こちらもスープの甘さと合って美味しい。


 さてと言う事で、トンカツにナイフを入れてみると、イノシシ部分は薄いので、ざくりと小気味良く切れる。クンクンとかかっているソースの香りを嗅ぐがウスターソースに近い香りがする。口に含んだ瞬間、ラードの甘みとソースの香りが口全体に広がる。ウスターソースだと思っていたが、醤油系の辛さが無い代わりに、ワインをベースにしてソースにしているのだろう。酸味と甘みの強いウスターソースと言う感じだ。各種の野菜、香辛料がふんだんに使われ、ソースだけで舐めたい感じの味だ。北海道で自家製ウスターソースと言う物は何度か振る舞われたが、そう言う野趣溢れる感じに近い物が有る。この世界でもウスターソースなんて考える人がいたんだ。ざくりと噛むとソースを吸ってふわっとした部分と奥の方のカリカリしたパン粉の部分、そして肉汁が閉じ込められたイノシシ肉の部分が口を楽しませてくれる。薄切りでは無く、分厚いのを叩いて薄くしているので柔らかいし、うまみの有る場所もきちんと残っている。なにより、少量の油でさっと揚げて出せるのが利点だろう。これ流行る。美味しいし、ボリュームも感じる。


 テスラの方を見ると、初めはカツの大きさに戸惑っていたが、そんなに分厚く無いのと、ウスターソースのさっぱり感でぱくぱくと食べ進み、気付けば完食していた。


「これ……美味しいですね」


「うん。作り方そのものは競馬場のフライと一緒なんだけど、ソースが不思議だ。少し話を聞いてみようか」


 ウェイトレスの女の子に声をかけて領主と名乗った上で、少し店主と話をしたいと言うと畏まった顔で厨房の奥の方に走って行く。

 暫く待っていると、三十代半ば、同年代くらいの細身の男性が店の奥から、頭に巻いた布を外しながら出てくる。


「これはこれは領主様。わざわざご来店頂きましてありがとうございます」


「いえいえ。美味しそうだったので、寄ってみたのですが、驚きました。本当に美味しい。これは店主が考えられたものなのですか?」


「元々、テラクスタ伯爵領の南で商売をやっておりました。あちらでは魚は取れるのですが、穀物や肉が品薄ですので。当初は薄く伸ばしたイノシシ肉にソースをかけて焼くと言う料理を出しておりました。競馬場でフィッシュフライと言うのですか? あれを食べてこれだと思い、合わせてみたところこの反響です」


 少しはにかんだ様子で店主が言う。


「なるほどフライにするアイデアは競馬場が元ですか。いや、非常に取り合わせも良く合っているなと感じました。ソースの方は自家製なのですか?」


「はい。故郷の方に自生する香草類と、魚を塩漬けした汁、酢を混ぜて置いておくと、この味になります。日持ちするので重宝しています。今でもテラクスタ伯爵領に有る家の方で作らせて、商家の人間に運んでもらうようにしています。輸送費を考えても十分に儲けが出ていますね」


 それを聞いて納得がいった。醤油系の味がどこかでしているのだが、何故かと思ったが、魚醤か。ワイン酢と各種香草、そして魚醤を煮詰めて濾して、保存する。保存していると言う感覚は無いだろうが、移送期間や、使い終わるまでの期間で熟成が進む。まぎれもなく、ウスターソースだ。ナツメグ、クローブ、シナモン系の香りがした。この辺りも南の方なら自生しているのか。


「そのソースの材料なのですが、例えば売ってもらう事は可能ですか? 色々と試したい事も有りますので」


「あぁ、領主様と言えば新しい料理を創作する事でも有名でしたね。分かりました。材料そのものは乾燥させて保管しております。野菜類はその都度新鮮な物を使っていますので毎度味は変わりますが、主軸は変わりません。後、魚の塩漬けですが、かなり臭いですし使い難いですが、よろしいですか?」


「はい。同じ物を作る気は無いです。そこはご安心下さい。商売の邪魔をする気も有りません。ただ、色々な材料を集めているだけですので」


「はは。そこは心配しておりません。料理人に敬意を持って接して頂ける領主様だと言うのは評判になっております。今では料理人の内で領主様に話を聞きたいと言われるのは大変な名誉と聞いております」


「また、そんな話が流れていますか。後、出来れば、イノシシ肉なのですが、材料に下味をつけられた方がバランスと整合性が取れて美味しいかと。そのままでもソースの味で食べられますが、塩胡椒をするだけでも、イノシシ側の味が引き立つかと思います」


「なるほど。元々ソースをかけて焼くだけでしたので、下味の必要は感じなかったですが、言われてみればそうですね。どこか別々の物を食べているようなバラバラな感じは受けていましたが、それが理由ですか……。ありがとうございます」


 店主がどこか納得いったような顔になる。


「いえいえ。では材料の件、急ぎませんので、次の次辺りの荷運びの際にでも少し分けて下さい」


「分かりました。伝えておきます」


 店主がにこやかに頭を下げて厨房に戻る。よし、これで自家製ウスターソースが作る事が出来る。アレクトリアが喜ぶと良いけど。

 横で店主との話を聞いていたテスラが、荷物をまとめ始める。


「んじゃ、戻ろうか?」


「はい」


 そう言って、駐車場に向かい、領主館に戻る。少しずつ箱に魂が宿り始めた。初めのがらんとした状況を見ていると、絶対に大丈夫と確信していてもドキドキしていたが、このままいけば何とかなると言う確信は生まれて来た。さて、戻ったら、魔道具の状況確認かな。朝よりも本降りになった雨の中、ぽくぽくと悪い視界で人を轢かないように気を付けながらゆっくりと館に戻る。

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