第449話 伝令との対話
「初めまして。お会い出来て光栄です。ノーウェ子爵騎士団、伝令のディルスと申します」
細身の男性が応接室で立って敬礼をしている。頬は若干こけて、この伝令任務の過酷さが出ている。ただ、風呂に入って温かい食事を食べたせいか、顔は柔和なものが浮かんでいる。
「初めまして。『リザティア』領主のアキヒロです。今回は伝令の任、ご苦労様でした。雨が降らなかったとは言え、大変かつ過酷な任務だったと思う。まずは、その任務を完遂してくれた事にお礼を述べさせて欲しい」
目を見たまま、軽く頭を下げる。上司の騎士団の伝令だ。この世界でも、伝令自体が結構な権限を持っている。なので、下手に出ても特に問題は無い。
「そのような。頭をお上げ下さい。私はノーウェ様よりの任をこなしただけです。男爵様にお礼を頂くような話では有りません」
慌てて両手を振りながら、戸惑った雰囲気を出す。年齢は三十に行くか、行かないかかな。軍一本なら十五年選手か。練達と言っても良い経歴だけど、ちょっと脇が甘い。すぐに慌てていては足元を掬われるだろうに。
「さて、おかけ下さい。到着時の報告は聞きましたが、詳しい話を聞きたい為、お待ちしていました」
そう言うとソファーに座ったディルスが少しばつの悪い顔をする。
「大変申し訳ございません。ノーウェ様より主要な情報に関しては口頭にて頂いておりましたので、まずはそれだけでもと。流石に食事も睡眠も足りない状態で三日間を超える伝令は堪えます。通常であればトルカで別の人間に交代となりますが、トルカもダイアウルフ殲滅の佳境を迎えようとしております。その為、伝令も諜報も払底しております」
「ほぉ。遂にダイアウルフの掃討に手を出し始めたのかな?」
「はい。柵で囲みながら、森の中央深部へ追い込みを開始しています。熊などの野生動物を逃がす為、苦労はしておりますが、森の環境に悪影響を出来る限り与えない形での対応を進めております」
「分かった。そんな人員が足りない中、単騎で駆けて来たディルスさんには本当に感謝の念しかない。出来れば状況を説明してもらえるかな」
そう言うと、ディルスが少しはにかみながら、微笑み、胸元から書状を取り出す。
「こちらがノーウェ様がまとめた書状となります。伯爵の鳩の情報だけでは足りない為、ノーウェ様の推測も含めての情報となります」
「ありがたく読ませてもらう」
封蝋を確認し、ノーウェの紋章が入っている事を確認する。公文書扱いか。ナイフで端を切り、書状を取り出す。
中を開けると、挨拶の内容から、伯爵の書状の写し、そしてノーウェの見解が記載されている。
ノーウェが即時で飛ばした鳩は四月六日の段階で伯爵の手には渡っていたようだ。伯爵側も隣領で非道が行われている事を知り激怒、即時兵を挙げる準備をし始めたとの事だ。定数五十と言っていたが、ノーウェの想定では全員合わせてで百二十人を超える程度と見ている。しかも、速度を出す為に馬車及び騎兵だけでの構成となるらしい。ノーウェから預かっている地図を確認しながら指をコンパスに距離を測っていくが、やはり伯爵領から問題の男爵領まで騎兵の速度なら一日強だ。手紙にも六日の段階で一番近い村に騎兵を集結させながら、順次出発させている。戦争では無いので、各個撃破をされる怖れは考えなくても良い。最終的に村の一部施設の制圧が出来れば良いのだから。
「この日程だと、どんなに用意に時間がかかったとしても、本日には制圧が完了する流れなのかな?」
「はい。ノーウェ様の見立てでも四月十日には制圧は完了する予定です。制圧完了と同時にテラクスタ伯爵閣下より鳩が出る予定ですので、それを確認次第、改めて伝令が再度こちらに向かってきます」
「うーん。やっぱり効率が悪いな……。鳩に関しては教育が必要だから、すぐに使えるようになる物でも無いし」
「一般的には一年から二年の教育、調教は必要ですね。巣と覚えさせて、周囲、近隣を把握させて、飛ぶ距離を増やして、戻ってきたものを使う形になりますので」
「分かった。では、書状の通りであれば一旦は安心と見て良いのかな?」
「はい。少なくとも伯爵閣下の名で軍を動かすと決めたなら、それは決定事項です。動きますし、目的は達成するでしょう」
「個人的には、教会に匿われている人魚の子供達の安否が心配なんだけど」
「それも教会が逆に盾になります。奉仕の為、守る為の場所ですので、そこはご心配される必要は無いかと」
んーん。日本人故か、今一宗教設備に信用が置けないと言うか、そこまで確固たる信念をもって信用出来ない。
「分かった。では次の伝令を待てば良いのかな。制圧完了と後処理をどうするかの話になるだろうし」
「そうですね。人魚の子供達に関しては、一旦様子見の為にテラクスタ伯爵領にて保護され、問題無ければ男爵様の元に届けられる流れでしょうか」
「分かった。出会いを楽しみにしておくよ」
そう言うと、扉がノックされる。若干秘匿事項も混じるかも知れなかったので、お茶の用意も後回しにしてもらった。
「ご歓談の最中失礼致します。お茶の支度が済みましたが、如何でしょうか?」
執事がにこやかに提案してくる。
ディルスも話し込んで喉が渇いているのか、頷きを返してくる。
「では頼めるかな」
そう答えると、侍女達が、美しい所作でお茶を淹れ始める。
「この領地は男爵領とは思えない程豊かですな……」
ディルスがぼそっと呟く。
「ほぉ。豊かですか。嬉しい評価ですが、何か豊かな物でも見ましたか?」
「いえ。食事もそうですし、お風呂の件もそうです」
ディルスがオーバーアクションで顔を紅潮させながら、説明をし始める。ふむ。外部の意見と言うのもたまには聞いておこうかな。