第444話 フライングディスク好きな二匹と今日有った出来事を話したがる女の子
部屋に戻ると、二匹は箱の中でくっ付いて伏せていた。いつもならじゃれ合ったりしているが、今日はそう言うのは無いようだ。くわっとタロが欠伸をしたと思ったら、ヒメに頬を擦り付ける。ヒメもぺにゅっと右前脚の肉球でタロの顔を押し返す。今は濃い接触より、一緒に居る感じの方が良いのだろうか。でも、押し返した後にヒメも頬をすりすりしたりしている。やられるよりやる方が良かったのか?
近付くと、こちらに気付いたのか、二匹が立ち上がり、箱から飛び出してくる。
『まま、たのしいのするの!!』
『ぱぱ、さんぽ?』
足元でじゃれつきながら、『馴致』で欲望を垂れ流してくる。獣可愛い。頭を撫でて少し落ち着かせる。伏せと言ったら、ぺふっと二匹共伏せたので、そのまま首輪を取りに行く。皆は訓練で夕方までは帰って来ないし、偶にはゆったりとした時間を二匹と過ごすのも有りかな。
首輪を持ってくると、伏せた状態で、しっぽだけは激しく振られている。侍女の話だと、日中は部屋中走り回っているようで実は散歩がいらないんじゃないのかなとも思うけど、走り回っている事自体が散歩出来ない事への代替行為の気もするので、きちんと散歩には連れていく。
首輪を嵌めると立ち上がり、タロが早く行こうと言う顔で見上げてくる。ヒメはいつもより少し早めの散歩に若干違和感を感じているのか、少しだけ不思議そうな顔をしている。完全な保護者に守られて生きてきたタロと、曲がりなりにも野生を体験したヒメの差がこう言うところでも出ているなとは思う。ヒメを撫でて安心させる。
『今日は早めに散歩。投げるので遊ぶ?』
『とぶの!! くわえるの!!』
『ぱぱ、とぶの、いいの!!』
フライングディスクは好評の様できちんと記憶にも残っているようだ。その内、地面の小動物だけじゃ無くて、飛び立とうとする鳥も狩れるように感覚を鍛えるのも良いかなとは思う。
どこで遊ぼうかと思ったが、今日はちょっと歩き回り過ぎたので、近場の方が嬉しい。領主館の外の教会周辺の広場で良いか。あそこも少しずつ訪問者が増え始めた。この世界の奉仕活動は本当に感謝の念だけで動いているので、やらないと気持ち悪いと言うか、物足りないと言う人は多いみたいだ。
まだか、まだかと言う顔を二匹共しているので、部屋を出る。二匹共クンクンと周囲を嗅ぎ、自分の臭いが残っている事に安心しながら、てくてくと進む。
侍女が横を通ると、キャンとウォフと言う感じで挨拶している。侍女の方も世話で慣れているのでにこやかに微笑み軽く撫でて去っていく。
『知っている人?』
『なでてくれるの』
『なでるのうまい』
侍女によっても優劣がはっきりしてそうだな。
そのまま玄関を出て、広場の方に向かう。テスラに関しては、朝の段階で馬車無しで移動する旨を伝えているので、皆と訓練か馬の世話をしているのだろう。
門を出て、広場の方に向かうと、春の草木が徐々に生い茂り始めている。定期的に広場の草刈りにも教会の奉仕で皆参加しているが、春になってからの成長速度が凄い。タロとヒメも知らない草が有れば、近付いてクンクンとしている。遊びより、興味が優先されるところが可愛い。でも忘れていないのだろう。ちらちらとフライングディスクを見てはしっぽを振っている。
広場まで出たら、リードを外す。広場に人がいない事は確認した。
「ヒメ、伏せ」
そう告げると、ひょこっとヒメが伏せる。
タロの目の前で、フライングディスクをちらつかせて、真っ直ぐ投げる。と同時にタロが力強く走り出す。初速でフライングディスクの方が早いが徐々に速度が落ちてきてタロが追いつき、並走しながらタイミングを合わせて、飛びかかり、かぷっと銜える。
激しくしっぽを振りながら、こちらまで戻ってきて、ペっと足元にフライングディスクを吐き出す。
『もっとなの!!』
『駄目。次はヒメの番』
『ざんねんなの……』
次はタロを伏せさせて、ヒメの目の前で同じようにちらつかせ、投げる。ヒメの方はゆっくりとスタートを切り、徐々に速度を上げて、フライングディスクの勢いが緩んだ辺りでキャッチする。動きが大体分かって来たのか、即座に狙う感じでは無く考えて取りに行っている。
ヒメも同じように目の前にフライングディスクを置き、次を待つ。
後は交互に繰り返す。偶に回転を強めにしてカーブをかけたり、少し遅めにしたり、全力で早くなげてみたりとバリエーションを交えながら投げ続ける。
結局夕日前から大分空が赤くなるまで投げ続けた。もう腕が上がらない。『剛力』は筋力を強化してくれるが、持続力までは強化してくれない。
『まま、もっとなの!!』
『ぱぱ、つぎ』
それでも二匹共楽しそうに次をせがんでくる。
『これが最後ね』
そう『馴致』で伝えるとあからさまにしょんぼりした雰囲気が伝わってくる。でもまた今度やろうと伝えると、復活する。本当に獣って動くものにアタックするのが好きだな。
そう思いながら、最後の二投を終えて、散歩終了となる。結構な距離を二匹共走り回った筈だ。私の腕はもう、限界よ……。
リードをくくり直し、領主館にゆっくりと戻る。二匹が『馴致』でフライングディスクの上手い取り方を考えているのが漏れて来て、ちょっと笑える。きちんとどうやったら上手くいくか動物も考えるんだなと、一つ納得した。
領主館に戻り、足裏を拭き、部屋に戻る。まだ、夕方でも早いのでリズは戻っていないようだ。
箱に戻った二匹が皿を頻りに鼻先で押す。水が早く欲しいようだ。生む端から舐め取っていく。結構な運動をしたから、余計だろう。
何度か追加を飲ませるとやっと落ち着いたのか、お互いにグルーミングを始める。遊びで興奮し過ぎたのをグルーミングで少し落ち着かせるらしい。
二匹共それぞれで相手をしているので、残光が残っている間に、書類の処理を進める。自己資金を使った開発の件に関して、もう書類が回ってきている。正直、早すぎる。
そのまま決裁が必要な書類を優先に、処理を進めていく。
日がそろそろ暮れるかなと薄暗くなり、蝋燭の準備を始めようかと思った頃に、リズが帰って来た。
「お疲れ様。どうだった?」
「うん。やっぱり少しずつだけど、周囲を感じる感覚は強くなっているよ。それに人から隠れるのも上手くなっているって」
『認識』先生で確認すると、『警戒』も『隠身』も徐々に上がっている。やはり一度目覚めたスキルは適切に訓練したらきちんと大幅に伸びると言う事か。
「実感が有って良かった。今日はどうだったの?」
「中央付近を見ていたけど、聞いて、ヒロ。新しいお店が出来ていたんだけど……」
少し興奮気味で本日の訓練に際しての、情報を事細かに伝えてくる。あぁ、こう言うところも女の子なんだなと思いながら、ゆったりと話を聞く事にする。