第437話 二足歩行で歩く犬ってちょっと可愛いですよね?
「それは木なの? 量産するの?」
フライングディスクは持ち帰った段階で木に変わっていた。元々木で作っていた物も有るし、順当な変化だろう。設計も木製で設計図を書いてあるし、削り出しと塗装だけなので、そんなに手間がかかる物でも無い。
「人と人で遊んでも面白いよ。やってみる?」
そう言ってリズと少し距離を取り、軽く投げる。リズがあたふたと両手でばしんと挟んで受け止める。
「上手い、上手い」
そう返すと、少し照れたような顔で、投げ返してくる。やはり慣れていない為、かなり外れた場所に飛んでいく。間に合わないと見て、ホバーで少しダッシュして、振り向きざまに掴み、ズサっと若干地面を滑る。
「んー。ヒロのように真っ直ぐ飛ばないよ」
「練習、練習。私も初めから綺麗に飛ばせた訳じゃないし。それに自然と遊んでいたら運動になる道具だから痩せられるよ」
「投げたり走ったりするから?」
「そう」
「うん。面白いし、良いね、これ。買っちゃいそう」
リズがディスクを受け取り、表裏しながら、にこやかに微笑む。まぁ、ホバーで移動していたら運動にはならないけど。
「温泉宿や歓楽街のお土産物売り場で並べるのと、射的の景品にでも出してみようか」
二人で遊んでいると、タロとヒメが足元に擦り寄ってきて、私も遊びたいのだが遊ばせてはくれぬのか?みたいな顔でキュン、ゥォフと鳴く。可愛かったので、しゃかしゃかと全身を撫でまわして、また明日ねと伝える。最終的にお腹を出してきたので、お腹もわしゃわしゃする。すると、満足したのか、二匹共寄り添って、領主館に戻ろうとする。
てくてくと戻り門の所で衛兵に挨拶をしていると、また二匹が鳴いてアピールをする。完全に学習した気がする。衛兵も嬉しそうに頭を撫でている。危険じゃないのは伝えているし、犬や狼を飼うケースは少ないが無い訳では無い。まだ愛玩動物と言う概念までは育ってはいないが生活や職業のパートナーとしての存在としては認められている感じだ。後、躾けられた猫が調教師と一緒にノーウェから送られてきた。どうも穀倉近くで飼って、ネズミなどの小動物が入り込まないようにするらしい。領主館の倉庫にも二匹程、放されているらしい。まだ見た事が無い。タロとヒメが喧嘩しなければ良いけど。
領主館に戻り、二匹の足を拭い部屋に向かう。ちゃっちゃっと足音を立てながら、さくさくと二匹が部屋に向かう。綺麗になった箱の中にぴょんと入り、お座りをするので、皿に水を生んであげる。
もう体の大きさ的に箱じゃ無くても良いと言うか、箱の意味を為していない。自分達で飛び出せる。
犬小屋にするかな。でも部屋飼いならケージとかの方が良いのかな。箱の中でトイレをすると言うのを学習したので、このままでも良いのかなとも思う。もう少し大きな箱に変えてあげても良いかな。少し手狭にはなって来た。半年を超えて中型犬から、もう少し大きいサイズになって来た。前脚を持ってひょいっと持ち上げて後脚が地面に触れるぎりぎりで頭がお腹の辺りまでくる。体長で計ったら六十センチ近くはなっていると思う。最低でも、もう二十センチくらいは成長するのかな。新しい遊びなのかと誤解してしっぽをふりふりしているので、そのまま直立状態でトコトコと歩かせると、楽しいらしく、しっぽの振れ幅が広がる。何でも喜ぶんじゃないのかと思い始めたら、ヒメがひょいっと箱から出て擦り寄ってくる。
『ぱぱ、したい』
どうも、タロだけ遊んでもらっているのがずるいので、ヒメもらしい。タロを放しヒメを直立させる。やはり筋肉の質が違うのか、お腹の辺りのシルエットがタロと全然違う。とことこと歩いていると、自分で歩くのと感覚が違うのかパタパタとしっぽを振って喜びを表現する。
『お終い』
『馴致』でそう告げると、二匹ががーんと言う表情になるが、咥え紐を渡すと二匹で引っ張り合い始める。結局楽しければそれで良いのか。
「リズ、侍従に夕ご飯までどの程度かかるか聞いてもらって良いかな。二匹を先にお風呂に入れちゃうか決めたいから」
「ん。分かった」
そう言って、リズが部屋から出て行く。ほんの少しの残光を頼りに、燭台を見つけ、火魔術で蝋燭に灯りを点す。そう言えば、火魔術の規模が大きくなったけど持続時間も伸びたな……。どの程度伸びたのか、試しておこうか。
時計を用意して、シミュレーターで強い黄色の九百度程度、拳大で継続時間を最大値にイメージする。暖炉の石畳の上に敷かれた灰の上に、強い光を放つ炎の塊がぽとんと落ち、生まれる。蝋燭と同じように輝きと熱を発するが、不純物が含まれていないので、揺らがない。
ほのかに過剰帰還の気配を感じだけど、これがシミュレーターで設定した継続時間の最大値故だろう。パラメーター的には継続時間は存在しない風魔術と火魔術はイメージで継続時間を決めるしかない。だけど、その辺りの諸設定の上限は『術式制御』側が統括している気がする。今で2.00を超えた辺りなので、過剰帰還ぎりぎりまで魔力を籠めたならそこそこは継続するだろう。火魔術の場合、温度上限が上がると共に、より低温での魔力の効率が上がっている印象が有る。今の最大値を知りたい。きっとこれがクロスボウの保安装置の鍵になる。
明るさ的に丁度良いので書類を読みながら、リズを待つ。五分程すると、ノックの音と共にリズが部屋に入ってくる。
「もうすぐ食事は出来るって。お風呂は後の方が良さそう。って、暖炉に火を入れたの? もう暖かいよ」
「いや。火魔術の試験で火を生んだだけ。どの程度持つのかなって」
「へー。これって魔術なんだね。でも、火魔術を継続して使っている人ってあまり見ないかも。昔見た人も、ゴブリンにどろっとした火をかけて、暫くしたら消えていたし」
「んー。それは延焼を防ぐ為に短めにイメージしているのかも知れないね。今回はどこまで持つか限界まで伸ばしたから。いつまで続くんだろうね?」
「本人も分からないの?」
「魔術なんて、結局試して失敗しての連続だから。慣れるしかないよ」
そんな雑談をしていると、ノックの音が聞こえる。侍女が食事を伝えてくれる。千度以下の炎なんて薪の炎と変わらないので、灰の上で燃やしている限りは問題無い。現状で十五分以上経過している。
「さて、食事に行こうか」
戻ってきて消えていても十五分は持つのが分かった。後は熱を上げて他の魔力源でどの程度持つのか確認出来れば良いか。
食堂に入ると、皆待っていた。席に座ると、食事が出てくるが……。テスラと顔を見合わす。ハンバーグがでんと皿の上に置かれていて、二人して苦笑いを浮かべる。ミートチョッパーはアレクトリアにも渡して使い方は説明していた。しかし、昼がハンバーガーの日に被らなくてもとは思う。
フォークで切り口に含むと、肉汁と共にイノシシと鳥っぽい香りが上がる。イノシシの脂を多めに入れて鳥と合挽にしたのかな。臭みが減って、さっぱりと食べられる。肉汁もしっかりと保持しているし、鳥のパサつきも補われている。細かく刻まれた野菜の歯応えも気持ち良い。
「うわ……。これ、超柔らかい。お肉だよね。噛まなくても解けるよ」
フィアが目を丸くしながら、言う。
「切った瞬間もそうだけど、口に含むと、肉汁が出て来て、美味しいし、何より快楽って感じね。でも包丁で刻んでもここまで細かくなるのかしら?」
ティアナが美味しそうに、ちょっと不思議そうな顔で言う。
「あ、チャット、明日少し時間を貰っても良い?」
「ええですよ。何か有りました?」
「魔道具を作りたいんだけど。手伝ってもらえるかな」
「分かりました。核は研究用のが有りますんで、大丈夫ですよ」
「使い捨てになると思うから、その分は経費として処理するよ」
「ほんまですか?おおきに」
そんな話をしながら、食事を終える。
侍女にタロとヒメの食事をもらい、部屋に戻ると、まだ暖炉に火が灯っている。
「ふふ。どれだけ持つんだろうね。部屋が暖かいから良いけど」
「うーん……。私も分からない。これどうしようかな……。このままだと、夜ちょっと寝苦しいかも」
温度的に低めに設定して良かった。暖炉が傷まないような温度で調整したけど、三千とか五千とか設定していたら、灼熱地獄だった。
タロとヒメに食事をあげて、暖炉の様子を見るが変わらず、赤々と光が灯っている。炎と設定している為、内部から何らかの熱源が噴出しているので、揺らいでいるが、それも一定で何と言うか、前衛アートみたいな気配を感じる。
「この程度なら、良いんじゃないの? 私は暖かいから嬉しいけど」
「夜、暑いようなら窓を開けようか」
食べ終わったタロとヒメを抱えて、お風呂に連れていく。今日は新しい遊びも覚えて興奮して疲れたのか、いつも以上にスヤァするのが早かった。この辺りはまだまだ子供な部分だろうな。
二匹を抱えて、戻っても暖炉は明るい。うん、これまずいかも……。どうしようかな……。明日まで様子を見て、ちょっと考えよう。
箱に寝かしつけて、ベッドに潜り込む。
「ふふ。暖炉に火が入っているのを見るのって良いね。私、好きなんだ」
リズが静かに言う。
トルカの家だと、リビングと主寝室にしか暖炉は無かった。結局両親と一緒の時にしか暖炉を見る事が無い。そう言う思い出と紐づいているのかな。
「そろそろ、二人も来るね。そうなったら、もっと領主館も明るくなるのかな」
「そうかも。でも私だけ良いのかな?」
「んー。他のメンバーにも言っているけど、現役の人が多いから。中々移動は難しいって」
「そっかぁ」
暖炉の光に照らされたリズの神秘的な横顔を撫でながら、ゆっくりと眠りに落ちていく。んー。早まった。どうしよう、チャットに相談かな……。はぁぁ……。