第433話 ハンバーガーセットにポテトはまだ付きません
「こんにちは。見学に来ました」
使用人に先導してもらい、厨房まで入る。料理長の方には話を通してもらい、呼び出してもらう。昼時と言う事で、騎士団達の食事の準備で忙しそうだが、元々お客様対応を含めて人員を確保しているので、まだまだ余裕は有る。
「初めまして、領主様。バディスと申します」
奥からふくよかな、人の良さそうな男性が出てくる。
「お忙しい時間帯にお邪魔します。是非、競馬場の軽食場の様子を見たかったものですから」
「なるほど。態々領主様直々のご視察ですか。光栄です。元々、屋台のような物とノーウェ子爵様にはお聞きしておりましたが、なんのなんの。きちんとした厨房が有って、販売所が隣接していると言うだけなのですね」
「はい。奥で調理をして、表でどんどん売りに出すと言う形ですね。そう言う形態にはご不満が有りますか?」
「いえいえ。元々屋台から始めた身ですので、その辺りは逆に勝手知ったるですし、何より気楽です。騎士団の方にはお客様として想定して来て頂く形になっております」
あぁ、ここでもきちんとシミュレーションやってくれているんだ。カビアに概念説明しただけなのに、フェンと協働してその辺りは徹底してくれている。楽だ……。
「メニューはレシピをお渡ししましたが、如何ですか。材料などで足りない物は有りませんか?」
「大丈夫です。野菜などもきちっと定数を回してもらえるので助かっております。一番人気はこのハンバーガーですね。パンにイノシシのミンチ肉を成形して焼いた物を挟むと言うだけで食べやすくボリュームも出ます。野菜もきちんと一緒に取れますし。後は、この揚げ物系は大人気ですね」
村にいる時にネスにミートチョッパーを青銅で作ってもらった。ただ、出番が無かったのでお蔵入りしていたが、軽食と言えばハンバーグと言う事で出番となった。
イノシシの脂身と赤身をミンチにして、焼き、赤ワインのビネガーソースで照り焼き風に甘辛く仕上げてラードと芥子をたっぷり塗ったパンに葉野菜と一緒に挟む。
また、ハンバーグに慣れない人は、厚切りのベーコンをどんと挟んだバーガーも有るし、鶏のソテーやイノシシのソテーを挟む事も出来る。
揚げ物に関しては、小麦粉にハーブを混ぜた物を鶏肉に塗して塩唐揚げ風にしたものと、川魚をおろした物にパン粉を塗してフィッシュフライの二種類になる。
後はサラダとスープが別売りだ。フライドポテトも付けたいが、まだジャガイモが生産されていないので、歯痒い。
「それに水魔術士を一人、王都から引っ張ってきましたが、このような水魔術の使い方が有るとは……。水を生むのと高所から氷で打撃を与えると言う概念に凝り固まっていました」
店主が足元の蓋をガバンと開けると、クラッシュドアイスが詰まっている。このかちわり氷にピケットを入れてカップで販売する。
別に、温泉宿の従業員で土魔術士がいたのでイメージを教えたらカップの作成が出来るようになったので、競馬場に即採用となった。使い捨てと言うか、使い終わったら砕いて砕土として使えるので便利だ。給与も結構良いので、win-winな感じになっている。最近はより強度が有って薄いカップを目指しているらしい。魔術学校の卒業生と言う事だが、どうも商売がやりたかったらしい。
元々ピケットはワインを搾った後の搾り粕に水を加えて、発酵させて再度搾るの繰り返しだ。どうしても苦かったりえぐかったりが強くなる。氷で冷やして薄めて飲むくらいが丁度良い。
と言う訳で、ハンバーガー、サラダ、スープ、キンキンに冷えたピケットに揚げ物をお盆に乗せて、競馬場に行くのが通例になりそうだ。絶対にカロリー過多な気がするが。肉体労働が主体の人々なので、特に問題は無いだろう。
その内味噌や醤油などと一緒にマヨネーズやソース、ケチャップが出来れば、ハンバーグもバリエーションが増える。卵の生産量が増えたら目玉焼きも挟みたい。
そんな感じで、作っているのを見ていると、訓練休みの騎士団の連中が店先に現れる。
「おーい。ハンバーグセット一つ。芥子多めでお願い」
「こっちはハンバーグセットにフライ付けて」
「ベーコンバーガーとピケットだけで」
きちんと受付で列に並んで、買っていく。床石も動線に合わせて、色を変えているし、ロープと支柱で区切っているので、列になるようになっている。
「うわぁ……。結構混みますね。捌けます?」
「いやいや。こんなもの王都の夕方に比べたらどうって事は有りません。この競馬場全体が押し寄せても食材の有る限りは捌いて見せます」
バディスがドンと胸を叩きながら、格好良い事を言う。でも、競馬場、最大収容で一万人軽く超えるんだけど……。
ちなみに、競馬場内も避難所指定されているので何か災害や戦争が発生した際には馬場に避難民を収容する。ここも完全な砦になっているので、最上段から、矢を放ち放題だし、門も鉄製で攻城兵器でも持って来なければ抜けられない仕様になっている。
と言っている間に、鉄板の上でどんどんとハンバーグやベーコン、鶏、豚が焼かれパンに挟まれてお盆に乗せられて、渡されていく。
皆、観戦席に座って食べるらしい。見晴らしが良いし、自分達が訓練している場所を俯瞰しながら、今後の課題を考えるらしい。そう考えると、ばんえい競馬とか障害競馬とかも面白そうな気がする。でも、障害は馬が怪我しないようにしないといけないので、少し考えよう。
ようやく騎士団の波が落ち着いたので、私もハンバーガーセットの揚げ物無しを頼む。テスラは揚げ物有りだ。うん、運動しているから良いんじゃないかな。私は元々そんなに食べられない。
お盆を持って観戦席に二人で移動する。簡易ベンチに引き出し式のテーブルが付いている。前後の幅は結構広めに取っているので、収容数は少な目だけど、快適さは全然違う。春のうららかな空の下、ハンバーグを齧る。ソースも酸味が抜けて、甘みとしょっぱさだけが残る中にハーブと胡椒の香りが漂う。ハンバーグ部分を噛むと、中から脂と肉汁がじゅわっと出て来る。ずずっと下品に吸いながらハフハフ熱々と噛む。脂身が程良く混じり、イノシシの硬い感じでは無く、ふわふわとした柔らかい食感を楽しめる。周囲はカリカリに焼かれていて、コントラストを楽しめるのも嬉しい。葉野菜と芥子との相性も良い。脂の感覚が程良く刺激による唾液で洗い流される。スープは鶏のガラベースの出汁で野菜とベーコンが浮いている。スープで脂を洗い流し、キンキンに冷えた薄いピケットをぐいぐいと飲む。うん、この解放感は堪らない。
「このハンバーガーですか? それの中のお肉、美味しいです。イノシシなのに、柔らかいですし、じゅわっと美味しいのが出てきます」
テスラがハグハグと頬張る。そう言えば、ミンチ肉を見ないなとアレクトリアやバディスに聞いてみたが、概念そのものが無かった。屑肉を叩いてモツと混ぜると言うのは有るけど挽いてまで調理すると言う概念は無いそうだ。老人とか歯が弱ったらどうするのかと聞いてみると、濃い目のスープとパンで済ませるらしい。薬師ギルド辺りに病人食製造装置として売り出せたりしないかな……。
「それにこの芥子との相性も良いです。ちょっとぴりっとしますが脂と合ってます。それにお昼からこんなに冷えたピケットを飲めるとか最高です」
あ、何か呑兵衛の駄目発言みたいな台詞だ。でも分かる。この抜けるような青空の下で、解放感に浸りながら、冷えたアルコールを飲む。幸せだ。アルコールって言ってもほんの少しだし。殆ど清涼飲料の世界だから、飲酒運転じゃないと思うよ?でも、帰りはゆっくりポクポク帰ろう。
取り敢えず、軽食屋さんは大丈夫そうだ。人も余裕は有るし、実際に始まっても席が埋まるまでは猶予が有るだろうから、順次人を増やせば良い。竈も鉄板もまだまだ使っていないのがごろごろしている。後は揚げ物の廃油の処理だけだな……。新しい石鹸作り、帰って試してみようかな。