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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第427話 白濁したトンコツスープは乳化現象のようです

 テスラが右腕を庇いながら、ぽくぽくとゆっくり領主館に戻る。後で来た馬達だったので『馴致』で優しく走って欲しいとお願いすると、素直に従ってくれた。どうもレイ譲りの世話の頻度で馬からは好かれているようで、腕を痛めている旨を伝えると、足並みを揃えて、真っ直ぐ領主館に向かってくれる。


『おうち、おぼえてる』


 馬達が口々にブフルンみたいに口を鳴らしては、答えてくれる。テスラが就任後、散歩や道を覚えさせる為に何度も町中や周辺を走らせたらしく、地理はきちんと把握してくれている。条坊制で分かり難いと思うのだが、どうも馬特有の感覚で何と無くこっちに目標が有るとニュアンスで進む。特に問題無く最短距離を歩み続けるので気にせず、任せる事にした。

 テスラも馬が素直に進むので、手綱に軽く手をかけただけで急停車の用意だけして、御者台に座っている。


「楽しかった?」


 先程までやっていたダーツにテスラも楽しそうだった。


「何と言うのでしょう。夢中になりました。中々大きくなって遊ぶと言う機会も有りませんので、夢中になって……。少し恥ずかしいですが」


「偶には良いんじゃないのかな。仕事ばかりで肩に力を入れるだけが人生じゃないし。楽しむのも有りだよ。余裕が有る方が、男の人も寄ってきやすいかも」


「むー。そんなに余裕がなさそうに見えますか?」


 頬を膨らませて、御者台の上から、上目遣いで睨んでくる。


「いや。だって、旦那さん探しているって自分で言ってたじゃない。余裕の無い人より、余裕の有る人と一緒に居た方が気楽なのは一般的な話だよ。一緒にいる時に楽しいと言うのも大切な要素の一つだよ」


「そう……ですね。斥候職はどうしても色々忙しい世界でしたから。少しのんびり出来たらとは思います」


 そう言うと、爽やかに微笑む。キリっとしているのも良いけど、きちんと笑えるんだから、良いと思う。きっと素敵な旦那様が見つかるだろう。


「どうせ、官僚団の方にも男性は多いし、衛兵の軍再編で出会いも多いでしょ」


「年上の男性ですね。頑張ります!!」


 フンスっと言う感じで両手を握りしめる。おーい手綱、手綱。何と言うか、女性って年上の男性好きだよね。男なんて幾つになっても子供なのに。


 ぽくぽくと馬達が自発的に領主館に戻り、玄関前のロータリーで停車してくれる。本当に良い子達だ。


『ごはんとおみず』


 がやがやと楽しそうに『馴致』で伝わってくる。テスラも愛されているようで良かった。


「じゃあ、後はよろしく頼むね。腕のだるさは夜、お風呂で揉めば少しは楽になる筈だから。明日も残っているようなら言って。神術で治すよ。でも筋肉痛なら、そのままの方が筋肉付くから良いかも」


「分かりました。少し考えます」


 何度か神術を使っていて気付いた。筋肉痛に神術を使うと元に戻しちゃっている気がする。自然治癒による強化が為されずに、元の状態に復元している可能性が高い。バックアップされた情報から怪我を治していると言う話を考えると、周辺組織と整合を取りながらも元にしか戻していない筈だ。現実として、筋肉痛による成長なんて実感出来ないので推測だけど、大きく間違っているとは思わない。成長には痛みが伴うものだし、神様もそこまで楽はさせないだろう。


 玄関から領主館に入ると、ふわっと獣の臭いがする。あぁ、イノシシの灰汁の臭いかな。どうしても下処理をしてもあの臭みは出汁を取っている最中は出る。どれだけ丁寧に取り除くかだし。でも、きゅぅっとお腹が減った感じはする。人間の感覚って単純だなと苦笑が浮かぶ。トンコツのあの香りを思い出して、唾が湧いてくるんだから現金な物だ。


 部屋に戻ると、リズは戻っていた。


「あ、おかえりー。お仕事は終わり?」


「取り敢えず終わったよ。ちょっと遊び過ぎたかも」


「ふふ。ヒロならそれもお仕事なんだよね。お疲れ様」


 リズが微笑み、上着を取り、ハンガーにかけてくれる。


「ありがとう。訓練の方はどう?」


「順調……なのかな? 日々成長している気はするよ」


「うん。順調というか、手の空いている間に基礎能力を上げておいて欲しいかな。何か事が始まれば、そんな余裕は無くなる筈だから。その時に力が足りませんでしたは意味が無いし」


「大丈夫。皆、そこは分かっているよ。冒険者は備えなければならないって言うのが約束事だから。何が起きても対処出来るようにするのは大切だし、当たり前」


「そっか。刺激がない毎日に退屈していないかなって思っていたけど」


「刺激? トランプとかチェスとか有るし、お風呂も有るし、ご飯も珍しいし、退屈する暇とか無いよね?」


 リズがくてんと首を傾け、本気の表情で聞いてくる。あぁ、日本に戻った所為で少し感覚が変わっていた。この世界で言えば、ここの生活は刺激の毎日か。


「いや。皆が満足しているなら良いよ。ご飯の前にお風呂に入っちゃう? 汗かいたでしょ」


「うわー。出来るならお願いしたい。やっぱりべたべたする。もう、お風呂無しの生活とか考えられない」


「贅沢さん」


「ヒロが開発したのに!! その台詞は酷い!! 楽しんでいるだけだよ!!」


「はい、はい。その通りです。リズに楽しんで頂けて、満足です」


 そう言って、お互い笑い、私は浴場に向かう。タロとヒメは私が帰りが遅くなりそうと見たのか、皆で領主館の周りを散歩させてくれたらしい。

 浴場にお湯を満たして、ロットの部屋をノックして、皆に伝えてもらう。


 部屋に戻り、リズにお風呂の用意が出来た旨を伝える。いそいそと用意をするリズを横目にタロとヒメを見るが、散歩して満足したのか大人しく箱の中で丸まっている。くわっと欠伸をしながら、夕ご飯まだかなって二匹共考えているのが獣可愛い。欲望に忠実で分かりやすい。


「夕ご飯の準備、手伝ってくるよ」


「んじゃ、一緒に行こう」


 リズが私の右腕に、荷物を持って器用に両腕を絡めてくる。


「持とうか?」


「ううん。下着と普段着だけだから。大丈夫」


 そう言いながら、廊下を歩き、浴場前で分かれる。私はそのまま厨房まで歩く。


「アレクトリア、いる?」


「はーい」


 布で頭を巻いて、何かラーメン屋の主人みたいになったアレクトリアがひょこっと竈の辺りから出てくる。


「スープの方はどうかな? 良い匂いはしているようだけど」


「はい。頂いた資料通り、血合いは無くなるまで洗いましたし、下茹でした上で再度洗っています。それを野菜と一緒に炊いている最中ですね。水は用意頂いた物を減る度に補充しています」


「火加減は?」


「沸騰するかしないかで連続しています。番も交代しながら続けています」


「味見は?」


「程度が分からないので、していないです」


「んー。少しずつ味が変わっていくから、味見して良いよ。味と言うかうまみの度合いしか分からないと思うけど」


 そう言いながら、鍋を覗くと弱火で掻き混ぜずに焚き続けたお蔭で澄んだスープが出来上がっている。沸々と立つ泡は粘度を持って破裂する。ゼラチン質は出て来ているか。トンコツ味噌にするなら乳化させちゃうと雑味になるかなと思って弱火で長時間にした。薪の消費量も結局は大きく変わらない。


 小皿にお玉で掬い、口に含む。トロっとしたうまみに野菜の甘みが混ざる。ほのかな臭みは感じるが、これはもう、しょうがない。宿命だ。下処理しても奥の方に残っているのが出てくる。そこまで処理するのは不可能だし、この雑味も最終的には美味しさにつながる。材料の味だけを足し算してもしょうがない。こう言う雑味が結局味の深みの元になる場合の方が多い。

 お玉で突くと、骨はぐずぐずになっている。圧力をかけなくても、朝から延々炊いていたらそれなりに脆くなるか。

 別の小皿を生んで、アレクトリアに差し出す。


「ん!! 甘いです……。それに表現出来ないですけど、美味しいです」


「それがうまみ。色々な素材が持っているけど、味としては表現しにくいよね。舌が喜ぶ味って定義しても良いかもしれない」


 そう言いながら、海水塩の壺から少量の塩を取り出し、豚骨スープで溶く。

 小皿のスープを口に含むと、蕾だったものが花開くように一気に鮮やかに、全ての味が色付く。野菜の甘味はより強く、イノシシのうまみはその肉とは違った粘ったうまみを強調してくる。

 再度アレクトリアに小皿を差し出す。

 こくっと小皿を空けた瞬間、目を見開き口元をわなわなさせる。


「これ……何ですか? 骨を長時間煮ただけですよね? こんな味知りません。塩が」


「中々薪の調達と言うのも難しいしね。大人数用でも無ければ採算合わないし。そもそもうまみの概念が無い状態で試そうとも思わないかな。料理の先生とかに習わなかった?」


「煮炊きは習いましたが、長時間手間をかけるような調理法は習いませんでした……。薪代と言うのも有るのでしょうね」


「頭割するとそこまで損はしなくなるから。大人数だから出来る料理って感じかな。油は蝋燭や石鹸に、骨も食材に。さぁ、捨てる場所無いね」


 そう言うと、アレクトリアがほのかに笑う。


「そうですね。骨なんて捨てるだけですから」


「まだまだ色々使える食材って有るよ。勿体無い、勿体無い」


 お道化(どけ)て言うと、アレクトリアが尚、笑う。


「さぁ、スープのベースは良いかな。後、イノシシは薄切りにして……。あぁ、肉貸して」


 そう言って、脂身と赤身のコントラストが美しい肉を出してくる。脂の部分を削いで上部に残る程度にする。


「この肉をこうやって薄切りにしていく」


 真ん中を丸めて、大きな平皿の周囲に広げて盛っていく。


「綺麗……です。花みたいですね」


「目でも楽しむと言うのは大事かな。これで美味しければ印象に残るでしょ。食は味だけじゃ無くて、その前や盛り付けにも心配りをするともっと美味しくなるよ。さぁ、続きはお願い。後、野菜はどうかな?」


「はい。煮物系の野菜は用意しています。癖の無い物を選んでいますので、何にでも合うと思います」


「分かった。じゃあ、量を用意するから、食事の時にアレクトリアも混じって。きちんと味見しておこう。今日のあの調味料がどう変わるか。体感して欲しい。さぁ、用意よろしく。私は先にお風呂に入ってくるね」


「分かりました。ご指導ありがとうございます」


 アレクトリアが深々と頭を下げるのを背に手を振り、部屋に戻る。タロとヒメの食事をもらったので先に食事をあげる事にした。食べてすぐにお風呂だけど大丈夫かな。まぁ、お腹を刺激しなかったら大丈夫かな。


 嬉しそうにイノシシの肉とモツをがつがつと噛み千切る姿を見ながら、皆が味噌をどう思うのか、少しの不安と、喜んでもらえた時の期待に胸を膨らませる。さぁ、牡丹鍋だ。

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