第426話 ダーツ遊びと釘の量産に関して
工房の入り口の段階で、むぁっとした熱気が流れ出してくる。炉がフル稼働しているのかな。中を覗いても珍しく誰もいない。いつもならネスが座って、適当に作業してたりするのに。
「こんにちはー。ネスいますかー?」
「おぅ。どうした」
ネスが、奥から、首に布を引っ掛けて出てくる。全身汗だくだ。
「珍しいですね。ネスがそこまで汗だくなのも」
「手前の案件をこなすのに必死なだけだ。あんな小さなねじ切り、きちんと研磨しないと抜くだけで合致なんてしねぇよ!!」
「あぁ、なるほど。と言う事は実物の量産が始まりましたか」
「おぅ。設計図見てる限りは楽な仕事かと思ったが、細けぇ。手作業で延々時間が飛ぶ。周りの鍛冶屋にも手ぇ借りてる」
布で額を拭いながらネスが言う。
「と言う、ネスにもう一案件です」
「おぃ、手前。今、稼働一杯だっつっただろ」
「こっちは釘です。一気に抜いて、削る事も出来るでしょ?」
そう言って、釘の仕様と実物を渡す。
「がー、これも細いな……。しかも頭も小さい……。何に打つんだ、こんなの。余程細かい物作るのか?」
「遊具用です」
「またそれかよ!! 今、必死に作っているのも遊具だが!! この町は遊び場か?」
「まぁ、遊びで金が入る町ですけど」
「そうなんだよなぁ……。遊びだけで金が生まれるんだよな、この町。おかしいよな」
「そう言う仕様ですから。元々サービスだけでも生き残れるように設計しましたから」
「はぁぁ……。良いよ。前に聞いて、分かっているから。でも、この細さだと、連結させるとなると粘度的に鬆が入る。作るなら、一本単位だな」
「数百単位で欲しいんですが……」
「型作りだけで死にそうだな。商工会には話したか?」
「まだですね。ただ、鍛冶職人はそこそこ残っているでしょう? 生活用品の供給が全然足りていないですし」
「その生活用品の生産を遊具が圧迫しているんだがな。鋳型の管理も有るから、一気には増やせんぞ……。釘に関しては少し時間をくれ。今のダーツが出来れば人手が空く。その人員でなんとかすらぁ」
ネスが、腕を組んで天井を睨みながら何か計算をした後に、答える。
「半月以上かかります?」
「いや、そこまではかからん。ダーツ自体が当初予定分で後十日ってところだ。冷えるのを待つ間に型は並行して作れるしな。そこから生産を始めるから、そこさえ過ぎれば、何とかなるだろう」
「流石、ネスです」
「褒めても何も出んぞ?」
「そんなネスにこれを進呈です」
商工会に提出したのと別に持って帰って来た日本製のダーツの的だ。きちんとダブル、トリプルの部分は木枠で覆われている。
「おぉ。これが本物の的か!! って、何だ、この間の細いのは?」
「そこに刺さると、点数が二倍、三倍になります。その代わり、個々の中央の方に刺さっても点数はそのままです」
「ほぉ……。と言うか、内側が三倍ってえげつねぇな。高得点の横は点数が低いし、良く出来てんな……。ん?真ん中の円も二重になってやがる」
「はい。真ん中でも外側は二十五点、内側が五十点です」
「うはぁ、もっと難しくなってるじゃねぇか……。でも良く出来てんな。この木枠の所に刺さった場合は?」
「点数無しです」
「狙うか迷うな……。完成品試すか?」
「お、もう出来ていますか?」
そう言うと、ネスが良い笑顔で答える。
「そりゃ仕様の確認も有るし、製造単位でのばらつきも有る。作っては接合を試しての連続だ。でも、将来的に金蔓だからなぁ。皆、必死だ」
そう言って、工房の中に入り、数十本の単位のシャフトとフライト、バレルを数種類、それにティップを持ってくる。
「ほぉ。バレルも良い感じですね。重みも微妙に調整されていますし」
「同一品の重さはほぼ変わらないように削っている。その辺りの細かいのは親方レベルの仕事だ。腕が上がるって嘆いてるぜ」
ネスが爆笑する。親方衆が職人に混じって作業している姿と言うのも中々シュールだ。
「ねじ切りの精度が悪いと歪む。その辺の削りと重さのバランスも結構面倒だな。皆、腕が上がってるんじゃねえのか。細かい作業と精度を出すには丁度良い」
「規格はどうやって統一しているんですか?」
「初期ロットの重さと秤で調整だな。ここまで細かい重さの調整だと、親方衆でも中々難しい。俺もほとんど勘の世界だ」
バレルの重さ調整は難しかろう。
「んじゃ、遊んでみますか」
そう言ってテスラにも渡す。『認識』先生で『投擲術』のスキルが無いのは確認している。レイみたいな事にはならないだろう。この子は『短剣術』と『軽業』なので、戦闘スタイルとしてはティアナの上位互換な感じかな。
「どのように遊ぶのですか?」
確かにいきなり部品を渡されても分からない。
「この的に向かって、物を投げる遊びだよ」
そう言って、ネスと一緒に、外に出て、木に的をかける。前に歩測した時の線が残っていたので、棒で改めて引き直す。
「この部品がねじになっているから、こうやって回してくっつける」
「こうですか?」
「そう。真ん中の部分が重りになっていて、それぞれ少しずつ重さが違うから丁度良さそうなのを選んで」
そう言うと、テスラが何本かバレルを変えて振る素振りをする。投げ方は教えた。
「この重さが良さそうです」
テスラが決める頃には、私もネスも作り終えていた。
「んじゃ、ネスからで三本ずつ投げちゃおう」
「おぅ」
そう言って、前よりも結構、様になった投げ方をする。絶対に試験とか言って練習していたな。
結局、五のシングル、十二のシングル、五のダブルだ。二十狙いなのがばればれだ。
「二十七かよ……」
「二十を狙い過ぎ……」
「三倍で六十入るんだろ? 狙うさ」
何で仕事は細かいのに、遊びは大雑把かな、この男は……。
「じゃあ、次はテスラ。どうぞ」
「はい!!」
そう言うと、思ったよりきちっと腰の入った綺麗なフォームで投げる。『投擲術』が生えていなくても元々投げると言う事に適性が有ったのだろう。かなり中心にまとまる。
「綺麗に投げるね」
「はい。ナイフの投擲は昔から褒められました」
才能が有ると、逆にスキルが生えないのはやっぱり真実っぽいかな。足掻いて、求めて、その先に有る神の一押しがやはりスキルなんだろうな。
的を見てみるとアウターブル、五のシングル、二十のシングルだ。
「五十だね」
「あ、ネスさんに勝ちました!」
嬉しそうに笑う。負けたネスは納得がいかない顔をしている。
「運も有るから、しょうがないよ」
「次、投げろよ」
慰めると、次を投げたいのか、ネスが催促してくる。
「はい、はい」
そう言って、ダーツを構える。本式に近付いたお蔭でイメージが近い。一投目を投げると結構思った所に刺さる。精度高いな。これなら練習したら、きちんと腕に反映するな。そう思いながら二投、三投と投げる。
「若干左下にまとまったな」
個人的にはブルを狙いながらも左下で堅実に稼ぐのが好きなタイプだ。
「十六のシングル、七のトリプル、十九のシングルで五十六かな」
「あ、負けました」
「中心も二十も無しでその数字かよ」
「左下って結構大きめの数字が揃っているから、ブルを外しても点数を稼ぎやすいんだよ」
そんな話しをしながら、もう一戦、もう一戦と誰かが言いだし、続けていく。まぁ、今日はネスの所で最後だったし、良いかな。徐々に昼下がりから、夕空に変わる頃には投げすぎて腕がパンパンになった三人が、座り込んで、荒い息を吐いていた。
「これ、結構体力いるのな」
「そりゃ、重りを延々投げているんですから、体力いります」
「腕痛いです……手綱捌けるかな……」
タロとヒメの散歩も有るし、そろそろと言う事で辞去して、馬車で領主館に向かう。さて、豚骨スープはどうだろうかな。ちょっと楽しみだ。