第425話 メイド萌えの誕生でしょうか……?
「こちらを……百着で……でしょうか?」
レイが訓練で忙しそうだったので、テスラに頼んで馬車に乗せてもらった。まだ本格的に訓練には入っていないので、ささっと用意して出してくれた。斥候団時代の話などをしていたら、すぐにデパートに到着する。そのまま荷物を持って、階段を上り、服飾屋に向かう。折角色々便宜を図ってもらったお店だ。色々吸収して、良い物を作って欲しい。後、安くしてくれるとありがたい。予算はガバガバだけど、締めるところは締めないと。
「はい。サイズ毎に百着ですね。それもまだ試用なので、制式化した場合は、もう五倍は作ってもらう必要が有ると考えます」
店主が額に汗を浮かべながら、型紙を覗き込む。
「数もそうですが……この型紙は……。素晴らしい。すまない、店を少し任せても良いか? 陽光の下で確認したい」
薄曇りでも蝋燭よりは全然明るいか。店主と一緒に、階段を上りあのガレットの喫茶店に入る。頼むのはハーブティーだけだ。レストラン階も少しずつ埋まってきている。ティアナやチャット、ロッサが町で話を聞く限りはかなり評判らしい。官庁の人間が兎に角、足繁く通うし夕方も食べて帰ると言う人間が多いので大繁盛らしい。結構高いが給料も高いので、食事に少々お金を使っても美味しい物が食べたいのだろう。
明るい窓際のテーブルで店主が、型紙を広げる。
「これをどなたが描いたかは詮索致しません。しかし……これは、根本的に服飾の常識を変えるかも知れません」
「はぁ。そんなに凄いですか」
中世レベルでと頼んだので、そこまで物凄い物が出来ているとは思っていなかった。現代日本の常識、異世界の非常識って感じなのかな?
「そうですね。まず、肩口ですが、女性はどうしてもすとんと落ちて詰め物を入れるドレスに比べてシルエットが美しくありません。それをエプロンの方で補うと言う発想は有りませんでした。しかも、絞りをいれるだけで、このシルエットを作り出す。肩口に余裕を持たせると共に、上半身の比重が高くなります。そして、腰側までのラインと腰からのライン……。美しい……」
メイド服、超お気に入りなんだが……。あれか、メイドフェチとか生まれるのか?もう良い歳なのに、夜な夜なメイド萌えーとか嫌だぞ?
「それにこの男性物のシルエットも美しいですね。締めるのではなく絞る事により、余裕を持たせながらも、逆三角形を描く……。人により、どうしても筋肉の付き方に違いが出ます。その調整をこの後ろの金具で調整すると……。この手の対応はオーダーされた人間に合わせて服を作り、その人に合わせて調整をしてきた私達には無い発想です……。このような情報を頂いても良いのですか?」
「色々お世話になっていますし、これから繁盛して頂かなければなりません。それに服飾上の特許の取り方が良く分かりません。王国法も商法も調べたのですが、服の意匠に関する特許が存在しないのです」
「あぁ、なるほど。服に関しては大きな変革が無い為、明確には存在しません。作り手は見れば分かりますし。型紙とデザインの世界ですので。こういう服をデザインしたいと作り、それを型紙に起こす。その繰り返しです。その為、デザインそのものに特許は有りませんし、似た服は有りますが、同じ服と言うのは無いのです」
店主がハーブティーを含み、答える。
「ただ、この型紙を見ていると、服にも本当の意味での既製品と言う概念が生まれそうです。その最先端に自分がいる。その事が、非常に嬉しいです」
あぁ、古着屋でも似た服は有ったけど、全く同じものは無かった。既製服と言っても、デザインは似ているけど、サイズの調整がちょっとずつ違う印象だった。その調整を服側で行う事が出来るようになるので、同じ規格で大量の服を作る事が出来る。
「では、お願い出来ますか?」
「はい。伝手を当たり、何とか作ります。これは同じ仕事が続きますので、段階的に針子の技能を上げるにもうってつけですし。このようなお仕事を頂ける事にどのように感謝すれば良いかと……」
「良い物を作って下さい。それにまずは試作です。実際に運用が始まれば、あらゆる侍従、執事、侍女達が統一された物を着ます。その数は……分かりますよね?」
そう言うと、店主がごくりと喉を鳴らす……。
「洗い替えも含めれば、膨大な数が必要となります。オーダーメイドはオーダーメイドとして残しつつ、大量生産が出来る体制を作って下さい。フェンとも相談して、鍛冶のように工場化して部品単位で作るのも良いかもしれないです。型紙を見ないと製品の完成図は理解出来ないように、主要な箇所は身内に作らせて、その他の箇所は外部に委託すると言うのも有るでしょう」
「なるほど……。確かに同じ物のみを作るので有れば、別にうちの者でなくても良いですね……。調整部分などの隠したい所だけ内製すれば良いですか」
「はい。最終的には広まるかも知れませんが、その頃にはお店の名は不動の物になっているでしょうし」
「カジュアルにも強いと自負しておりましたが、侍従御用達ですか。家に合わせて、紋章などの刺繍も入れやすいデザインですし、本当に何もかもが良く出来ている品です」
「では、お忙しいと思いますが、お願い致します」
「はい。時間は捻出しますし、フェンさんと一緒に調整して何としてでも短期間で仕上げます。まだ見積もりも出せませんので、一旦試作の後に、単価と製作日数をお伝え致します」
「楽しみにお待ちしております」
そう言って握手を交わし、デパートの駐車場に戻る。テスラが馬の世話をしながら待っててくれたのでそのまま乗り込み、商工会に向かう。カビアに頼んでアポは取ってもらったから、居る筈だけど……。
「おぉ。男爵様。ご無沙汰しております」
「中々顔も出せず、申し訳無い。時間大丈夫かな?」
「はい。お話は伺っております」
「服飾に関しては、別に話が来ると思う。東側に大きな工場が何件かまだ空いていたよね。あそこを服飾の工場にしたい。一旦領主として買い上げた方が良いかな?」
「いえ。商工会として担保します。伺っている話ですと、永続的に続きそうですし、商工会として税収含めて代行致します」
フェンが自信たっぷりに答えてくれる。手間が減るのはありがたい。
「では、大工の件だけど、結構細かい作業が必要になるし、ある程度数がいる。当てって有るかな?」
「建築が終わった者で町を出たくないと相談してくる者が多いです。その者を当てていけば良いかと考えます。将来的には町の設備の拡張もお考えかと思いますので、なるべく遊ばさず人員は残しておきたいです」
「んー。分かる?」
「中央の大通りと建設済みの建物を考えればまだまだ町に余地が残っているのは明確です。今でも二割程度の完成度でしょう。最終的には十万を超える町とお考えであれば納得です」
「その話はしたっけ?」
「カビアさんの出してくる計画書の最終的な規模感を考えれば、大体の数字は予測出来ます。ただ、まだ先の話でしょうが」
「そうだね。人とサービスは先行出来るけど、農作物、畜産は増える数が決まっているから。そこは徐々に増やすしかないよ」
流石に小麦を握ったら無尽蔵に湧かすような奇跡は使えない。
「それでも普通の男爵の町と比べては申し訳無くなる規模ですが。はい、そこは調整はします。アパートと仰いましたか? 集合住宅でも修復可能な範囲で使いやすいように工事を希望している案件も有りますので、大工の需要は無くなりません。戸建て住宅も『リザティア』側ではまだまだ盛況ですし」
「結局、大工が帰る理由、無いんじゃないの?」
ちょっと目を細めて睨む。
「人材は無限では有りません。もう少し早めに企画を頂ければ、柔軟に対応可能です。男爵様は少し、唐突に御座います」
フェンが肩を竦める。
「はいはい。悪かったよ。でも、サービスなんて、機を見て投入するから最大限の効果を発揮するしね。中々計画からって言うのも難しいよ」
「遊戯関係は元々計画の中ですよね? ご趣味の言い訳に仕事を使わないで下さい」
「ばれたか」
そう言うと、フェンと一緒に笑い合う。向こうも本気で人材の心配はしていない。大分余裕を持って運用してくれている。だから、こんな無茶も可能だ。有能な人間はこう言ういざと言う時の余地を無駄にせずに残すのが本当に上手い。こればかりは計画を幾ら練っても、それだけでは補えない。天性の嗅覚みたいな物だ。
「じゃあ、これが設計図。実物は温泉宿の遊戯室に後で置くから、その時に視察と言う形にしようか?」
「分かりました。実動確認が必要な部分も有るかと思いますが、まずは部品から手を出しても良いでしょう。視察日程はカビアさんにお申し付け下さい。調整致します」
「色々別にも作ってもらっているし、その辺りがまとまれば温泉宿の設備は一旦完了かな。テディの教育が終われば温泉宿の稼働も可能になる。そうなれば本格的に町開きかな」
「予測ではいつ頃でしょうか?」
「んー。五月初め予定かなロスティー公爵閣下、テラクスタ伯爵閣下、ノーウェ子爵様辺りで良いよね、お呼びするのは」
「そうですね。時期的にはそろそろ、ご案内をお送りしなければ失礼に当たるかも知れません」
「もうひと月切っちゃったしね。カビアと調整するよ」
「私共の悲願です。存分に見せつけて頂ければと考えます」
「はは。ロスティー公爵閣下とノーウェ子爵様直々に人材を頂いたんだ。そんじょそこらじゃ申し訳無いよ」
「はい。その意気です」
フェンがそう言うと、手を差し出してくるので、握手を交わし、辞去する。
そのまま馬車に乗って、ネスの元に向かう。あー。昼下がりなのに、まだ食べていない。ばたばたしててお腹が空いていなかった。
「テスラお腹空いた?」
「非常に言いにくいですが、空きました」
「ごめん」
主人にお腹空いたなんて言えないよね。本気で悪かった。職人街の入り口の屋台街で何かを食べようと言う話になった。串焼き肉をパンに生野菜と一緒に挟んだハンバーガーもどきを買って、テスラに渡す。
「本当に、こんな屋台の一つでも美味しいですね……。この町は本当に良い町です」
しんみりとテスラが言う。確かに焼き加減と良い、美味しい。鳥なのにパサつかずジューシーで野菜の水分と一緒にパンとよく合う。
「王都はそんなに駄目だったの?」
「見た目は良いのでしょう。しかし、中身は無い町でした……。少なくとも私にとっては、そう言う印象でしたね」
「そっか……。また、ゆっくりとその辺りも聞かせて欲しいかな。王都の情報は欲しいから」
「分かりました」
食べ終わって、水を生んで手を洗い、貰った端切れで手を拭い、ゴミ箱に捨てる。ゴミ箱の設置は義務付けた。屋台が出したゴミは屋台が処理する事。美化運動に関しては商工会に口が酸っぱくなるまで言い続けている。綺麗な町に綺麗な心は宿る。精神論じゃ無く、美観を維持しようと考えなければ、愛情が湧かないからだ。
さて、ネスは新作を喜んでくれるかな。ダーツ板も日本から持ち込んで設計図も先程渡した。ダブル、トリプルが有ればゲーム性も一気に上がる。喜んでくれれば良いけど。
そう思いながら、短い距離をぽくぽくと馬車に揺られながら進む。