第421話 フレンチメイド……では有りません
「うぇひひ……。前川氏でござるか? 安藤と申す者でござる」
まず、着信を先にくれた方に電話をしてみた。キャラ濃いな、おい。若い声なのに、何なんだよ、この子。
「初めまして、前川と申します。連絡を頂いたと言う事は服の件でしょうか?」
「彼には色々世話になっておる故、注文は受けるで御座る。男女の服と聞いた所存でござるが、末尾は6751でござろう?」
そう言われて連絡先に登録した番号を確認するが確かにそうだ。
「はい、そうです」
「彼ならば声をかけるなら、かよちゃんと思ってござった。うぇひひ。知り合いでござるから、一緒に会えば早かろう」
「えと、どの辺りでお会いしますか?」
「吉祥寺の北に西友がござろう。その北に工房を持っておるので、そこで落ち合うと言う流れでござるな。かよちゃんは神田故、明日の方が都合が良かろう。昼過ぎで構わぬでござるか?」
「十三時に西友前で待ち合わせにしますか?」
「分かり申した。かよちゃんにはこちらから伝えておく故、前川氏は明日、現地で落ち合う流れでござる」
「分かりました。よろしくお願い致します」
そう言うと、通話が切られた。本当に濃いキャラだった。リナとか目じゃ無い。
ちょっと疲れながら地下鉄に乗り換えて、ディーラースクールに向かう。結構立派な建物で、ちょっと驚いた。受付で自由講習の話を聞くと、夕方から夜にかけての授業も有るので、大丈夫そうだ。私が知りたいのはルーレットのルールと点数をどうやってさくっと計算するかなのでありがたい。バカラやブラックジャックなどのコースも有ったがルーレット一本に絞った。ルーレット台の購入に関しても業者との仲介をしてくれるらしい。カジノの開業届けに関する相談も受け付けてくれるらしいが、それはいらない。単位制らしいが卒業する気も無いので、ルーレットの授業だけを抽出して確認していく。やはり、全日程をこなすと、四か月弱はかかる。
しょうがなく、味噌桶等の一式を買って帰る。普通に一式で売っている事に驚くべきなのか、未だに家で味噌を作る人口が多い事に驚くべきなのか謎だ。扉を開けると、どさっと本が傾いてくる。昨日の晩に頼んで次の日の昼過ぎには届くんだから、凄いわ、現代日本……。
麹待ちと言う事で、今日は農業本を読みながら、過ごす。流石に種籾はすぐには届かないだろう。
冷蔵庫に入っているもので、適当に夕食を食べて早めに寝る。リズが恋しい……。一人寝にはなれた筈なんだが。強がりだったか。
次の朝冷凍食品で朝を済ませて、近くの西友に買い物に行く。三鷹の南なので近場のスーパーだと西友になってしまう。味噌の材料と食材を買って帰る。
整理をしていると、昼が近付いてきたので、吉祥寺に移動する。駅前で適当にパスタを食べて、そのまま北に進み、西友の前で待っていると、スマホのバイブを感じる。安藤からだ。
「うぇひひ、到着したで御座る。前川氏はそちらでござるな」
そう電話口で安藤が言うと、駅側から女性が二人近付いてくる。スマホを耳に翳しているのはゴスロリ、もう一人は作務衣だった……。なんだ、この組み合わせ。しかも、女子大生くらいの年齢だ……。スマホの通話を切り、二人の方に向かう。
「初めまして、前川です」
「初めまして、藤川かよです。こちらはお話されたと思いますが、安藤千代です」
作務衣の方が申し訳無いような顔で答えてくれる。格好はちょっとおかしいが、常識人の匂いがする。
「さて、アトリエの方に向かいましょう」
藤川がそう言うと、そのまま北の方の住宅街に向かう。少し大きめのマンションのオートロックを開けて中に入る。最上階のワンフロアに扉が一つだけ。嘘、ぶち抜きなの、ここ……。この子何者だよ。
「元々、親のアトリエでしたが手狭になったので、工場を別で建てました。ここはそのまま私達で使っています」
鍵を開けて中に入ると、普通のマンションの廊下が見える。そのまま中を進み、扉を開くと、そこは服飾工場みたいになっていた。そこら中に置かれたマネキンと、端切れとミシン。
「さて、面白そうな話と御伺いしています。詳しくご説明頂けますか?」
作務衣のまま、ソファーセットに座り、若干凄む。
私は、執事服、メイド服、ディーラー服の要件を説明する。
「中世レベルの材料のみですか……。ゴムも無理なのですよね?」
私は首を横に振る。
「使える繊維は綿と麻と毛ですか……。化繊が使えないのはきついですね。染めはどうですか?」
「黒は有るけど、どうやって染めているかは分からないかな」
「なるほど。分かりました。大体のレベルは把握出来ました。黒が染められるなら、中世でも中期から後期レベルでの対応は出来そうですね。マネキンは有りますか?」
「いや、実物は無いと考えて欲しい」
「では、マネキンも設計図と一緒にお渡ししますね。執事服とディーラー服はイメージが湧きます。大分体格の良い方が多い設定のようなので、サイズは少し調整出来るようにして、タックは入れましょう。作業着ですしね。上着は背中で調整出来るようにします」
そう言うと、金具と布を持って来て布を挟み込む。
「若干ですが、ここを引くと服全体が閉まります。逆に緩める事も可能です。ただ、多用し過ぎるとシルエットが崩れます。あくまで微調整です。これなら、中世レベルと言うのでも可能でしょう」
そう言うと、少し考え込む。
「体格が読めないので、三サイズだけでは無く、間を取って大きい方にもう二サイズ増やしておきます。マネキンもそれに合わせて、男女用で十体ほどですか……。女性用の上着は大きい物を調整して着て下さい。胸のサイズだけは調整出来ませんので」
藤川がそう言うと、安藤の方を向く。
「うぇひひ。今度は安藤の番でござるな。メイド服と言えば、フレンチメイドでござろうか?」
にやにやしながら、安藤が言う。
「業務用です。ヴィクトリアンスタイルで結構です」
そう答えると、露骨にえーっと言う顔をする。
「好きそうな顔でござるのに……。まぁ、良い。要件は男性物と変わらぬよ。元々、女性向けに設計されておる故、そこまで面倒はござらぬしな。エプロンもおまけで型紙を付けるでござる」
「そうですか……。では、出来上がりの予定と、お値段の方は如何程でしょうか?」
「マネキンは外注ですし、設計図もとなると、かなりのお値段になります。こちらもサンプルの作成と型紙合わせて、七百万強ですね」
やはり、マネキンの特注と設計図が大分高そうか……。
「振り込み上限が五百万の筈ですので、二回に分けます。振込先を下さい」
「値段交渉はよろしいのですか?」
「紹介された人間を信じない訳にもいきません。あいつの紹介の人間を信じないのも寝ざめが悪いですし」
「ふふ。分かりました。私達も大学が有りますので、ふた月は頂きたいです」
「分かりました。四か月は余裕を見ています。完成までお願い致します」
そう言うと、安藤と藤川が手を差し出してくるので、握り返す。
「商談成立でござるな。しかし燃える話でござるな。中世レベルの材質縛りで一から作るとは」
「論文にも応用出来そうだから助かるわ。では、前川さん、下まで送ります」
「いえ、こちらで結構です。では、皆様よろしくお願い致します」
振込先の書いた紙を貰い、マンションを出る。何か有れば電話がかかってくるだろう。
さて、後は仕事とディーラースクールの両立だな。仕事、またTODO漁りだな……。