第420話 バガテル始めました
取り敢えず、そのまま玩具屋に逆戻りして、スライディングブロックパズルを買う。これに関しては、大工が木端で作る事が出来る為、持ち込もう。領主が敵を蹴散らして凱旋する遊びみたいな紹介で良いだろう。木製の物を選んで購入する。
そのまま中央線に乗り、三鷹まで戻る。自転車置き場から、自転車を取り出して、アパートまで向かう。自転車は開発したいけど、チェーンの部分が難しいなと思いながら、アパートの階段を上り、家のドアを開ける。これでまた真っ白な空間なら笑えたが、私の家だ。早速PCを立ち上げて、友人と連絡を取る。訳の分からない人脈が有る為、こう言う時に頼りになる。
「よう、元気か。今、話せるか?」
スマホを久々に家の充電ケーブルに差し込む。充電速度が全く違うのが分かる。あぁ、良く持ち堪えてくれている。
「んあ? 久しぶりだな。どうした?」
眠そうな声が返ってくる。流石金持ちニート。
「バガテルを改良開発出来る人間っているか?」
「バガテル……バガテルって何だ? んぁ!? あれか、玉飛ばして釘で弾いてどこかに落とす。あれの事か? 子供の頃に作ったぞ」
「あぁ。それをちょっと改良した物を作りたくてな。設計が出来て、釘の配置がきちんと出来る人間を探している」
「釘師か……。あー。中野の方に居たな……。もう九十近い爺さんだった筈だが……。ちょっと切るぞ。連絡入れてみる」
時計を見ると、二十時を少し過ぎた程度だ。しかし、九十の爺さんがその時間帯に連絡を入れて不機嫌になったりしないか、そっちの方が心配だ。時間がかかりそうなので、冷凍の焼き飯を皿に出して、ラップをしてレンジに入れる。時間をセットしてスタートボタンを押した途端、電話が鳴る。
「連絡付いたぞ。今から言う番号に電話してみろ」
友人がそう言うと、携帯の電話番号を伝えてくれる。しかも最近の番号だ。買ったばかりとかなのか?見守り系のケータイとかな気もする。
言われた番号を押している間に、背後でレンジの音が聞こえるが、無視する。
呼び出しボタンを押すと、二コール程度で相手が出る。
「夜分遅く失礼致します。初めまして、前川と申します」
「いや構わん。津川と言うが、奴とはどういう関係だ? 連絡も久々だが、言うに事欠いてバガテルの改良がしたいとか言いやがる」
「はい。それは私がお願いした事です。少し事情が有りまして、設計が出来る人間を探しています」
「ふむぅ……。まぁ、色々世話になった相手の紹介だからな。無下には出来んな……。何処に住んでいる?」
「三鷹です」
「近いな……。あー。間を取って吉祥寺辺りで会うか。あの辺なら喫茶店も何軒か有るだろう」
「分かりました。スケジュールとしてはいつ頃がよろしいでしょうか?」
「明日は土曜だろ。明日の朝9時でどうだ? サラリーマンなら土曜の朝はきついか?」
「いえ。土日も通常通り起きますので。店は……」
そう言いながら、会う店を決めて電話を切る。良く分からないが人材はゲット出来たっぽい。まずは一件の端緒は付いたと。
そのままPCでディーラー育成教室を探す。出来れば近場がありがたいんだがと思っていると、会社の近場に有ったので、そこに通う事にする。でも四か月程度はかかる計算か……。それまでリズに会えないのはきついな。しょうがない。単身赴任と思って諦めよう。偶に戻って……いやいや、そんな事をしていたら、果てが無い。
後は就農指導に関しても調べる。が、どれも農大系か、がっつりと就業指導系なので、仕事をしながらでは不可能だ。しょうがないので、種籾だけ買って一から育てる事にする。
稲作系の指導書は結構出ているので、購入しておく。
味噌と醤油に関しては、麹を買えば良いか。しかし、味噌でも四か月、醤油は一年を見ないと駄目か。自分で使う分くらいは持ち込みたい。常温保存が可能な味噌だけでも持ち込もう。醤油は、時間が経つと美味しく無くなる。
後は、執事服とメイド服とディーラー服か……。この辺りは服飾系の型紙を作るところに頼もう。縫製済みのS、M、L辺りを作ってもらって後は型紙に合わせて直してもらえば良いか。素材を考えるときちんと話が出来る相手を探すしかないか……。これもあいつに頼むか。
焼き飯を掻き込みながらそんな事を考えていると、もう12時近くなる。いかん、明日が有る。そろそろ寝よう。
一人で布団に潜りこむと無性に寂しく感じる。リズが恋しい。でも、頑張って色々揃えて、帰りたい。もっと幸せな町の為に……。目を瞑っていると少しずつ、意識を失っていった。
朝起きてさっと用意を済ませて吉祥寺の指定の店に向かう。
「あ、すみません。人と約束しているのですが津川さんはいらっしゃいますか?」
店員さんに聞いてみるが、約束の三十分前だ。流石にいないだろうと思ったら、もう待っているらしい。誘導されて席を見てみると、モーニングを食べている九十には見えない紳士が三つ揃えで座っている。
「初めまして。お食事中失礼致します。前川と申します」
「おう。丁度良いと思って、先に来て飯食ってた。津川だ。よろしくな。まぁ、座れや」
言われるままに席に着き、コーヒーを頼む。朝はサンドイッチをぱくつくだけで十分足りる。コンビニのサンドイッチを食べたので、十分だ。
「と言う訳で、奴に言われたからまずは会ってみたが。何が有った?」
「事情は少し説明し辛いのですが、結論としては、中世の技術レベルで、バガテルを作りたいなと思いまして。これが企画書です」
朝起きて、さくっと要件と仕様、簡単なポンチ絵を描いてまとめた。
「ちょっと待ってくれ。読むから」
津川は食事をさっと終わらせ、企画書を読み、ポンチ絵を見て、溜息を吐く。
「これ、スマートボールって感じでも無いな……。本当にバガテルか……。しかも何だよ、この半自動で玉が出る機構って。引っ掛けて、役が出来たら飲み込んだ玉をバックに落とし込むのか。この機構の部分は面倒臭いな……。って、でかいな、これ。縦で一メートル半は無いか?」
「工具も無いですし、工作精度も悪いです。この半自動の機構を組み込むとなったら、大きくなるかと思いまして」
「言っている事は無茶だが、その辺りは真面目に考えるのかよ。配給機構は手動で良いのか。これ、カーテンか何かの後ろで人が延々玉を入れる寸法か?」
「はい。外れ玉は下まで落ちて流れますし、当たり玉は監視役が監視しつつ、途中で止めた場合は手動で取り除きます」
「これだとガラスも無い設定だろ。不正対策はどうする?」
「人が常時一人はつきます。その人間が監視します」
「どこのお大尽だよ……。穴のサイズを考えれば五センチから七センチの玉か。材質は、鉄じゃ精度が出ないか……。それにこの大きさなら釘の方がいかれるか……。木の真球なんて量産難しいぞ? 材質によって跳ね方も変わるし」
「そこは木材の種類を統一してなるべく差が出ないようにはするつもりです」
「木にも個性が有るから、差は出るがな……。どちらにせよ、研磨機もいるのか……。タコ焼き器はわかるか?」
「はい。関西人なので」
「そうか。ざっくりいうと、タコ焼き器の穴一個を上下で逆回転させてやすりがけさせる。そうすれば、真球は出来る。手動はきついが何か動力は無いのか?」
「水車は有ります。歯車とクランクは有ります。丸砥石で鉄を研ぐ程度の馬力は有ります」
そう言うと、津川が呆れた顔で額に手を当てる。
「水車ときたか。本気で中世風を狙ってやがるか……。あー。やっぱり両方を回転させないと、木が片寄るな。等速で回転させるのは歯車とクランクの調子合わせで出来るな……。鋳造は可能か?」
「はい。鉄の鋳物は生産可能です。比較的均質に鋳抜けます」
「うーむ……。全部でこんくらいだな」
そう言って掌を広げてくる。
「五千万ですか?」
そう言った瞬間、含んでいたコーヒーを吹きだしそうになりながら、津川が叫ぶ。
「ばっ……馬鹿か、お前。何だよ、その金額。五百だよ、五百。型を作ってもらうのに百万ちょっとかかる。それが二個。釘もあれだろ? 中世品質じゃなきゃならんのだろ? その調査もしないといけない。それに排出機構の設計と現物の試作だな。後は二か月の拘束料金。合わせて五百ってところだな」
「分かりました。即金で払います」
「お前……。疑う事を覚えろよ……。まぁ、奴の紹介だからな。騙す気は無い。即金ならありがたいな」
「じゃあ、二時間ちょっとお待ち下さい」
「あ、おい」
津川が後ろで何か言っているが、聞かずに伝票を持ってレジに向かう。カードで支払い、そのまま近くのタクシー乗り場に向かう。土曜でも赤坂の方は窓口が空いている店舗が有った筈だ。タクシーを待たせたまま、通帳から五百万を下ろす。即時に渡せる程のお札が無いらしく少々待たされた。その間に残高を確認した行員が目を見開き、預金の分割や商材の説明をしたそうにしていたが聞く気は無い。お金を受け取って、タクシーに乗り、さっさと先程のお店に戻る。
「こちらでよろしいですか?」
文庫本を読みながら時間を潰していた津川にそう言って、銀行の封筒五冊分を渡す。枚と数えるべきだろうが百万円の束なので、どう見ても文庫本の厚みだ。
「ここで数えんのかよ。しかも五百枚も……」
「いえ。持ち帰って数えて下さい。足りなければ仰って下さい。また、予想以上にまだかかるようであれば仰って頂ければ出します」
「こえぇよ。奴の知り合いってこんなんばっかりかよ。進捗の連絡はするし、釘の打ち方はコツが有る。その説明もするからな。その時は時間をくれ」
「土日になっちゃいますけど、良いですか?」
「構わんよ。スケジュールは事前に抑えるようにする。しかし、面白い仕事が舞い込んだもんだ。長生きはするもんだな」
津川が苦笑を浮かべると、手を差し出してくる。その手を握り、その場で分かれる。
ディーラースクールに申し込みに行くに当たり、駅に向かう。職場近くまで一回出ないといけない。歩きながら、また友人に電話をかける。
「朝、はえぇよ。何時だよ。ぎゃー。まだ十一時前じゃねぇか」
「通常、昼前だぞ? 次、中世の服飾レベルで仕事が出来る裁縫屋。型紙が描ける人間を紹介してくれ」
「コスプレか何かか?」
「離婚した男が何でそんな物いるんだよ」
「着るのか?」
「着ねえよ!!」
「あー。それなら、個人のオーダーメードだな……。何人かは知り合いはいるが……。女性物か? 男性物か?」
「一般的な執事服、メイド服、ディーラー服の男女分だな。あ、ブラは無い。さらしだ」
「何だよ、その付帯情報。んー。二人紹介だな。男物を専門に作っている子と女物を専門に作っている子がいる。連絡はつけておく」
「女の子なら、メールとかの方が安心か?」
「いや。仕事の話だろ。前川は信頼出来るしな。連絡取るように言っておく」
「おう。これから、ちょっと電車乗るから、後でかけ直すかも」
「分かった。その旨含めて伝えておく」
丁度駅に着いたので、電話を切り、中央線に乗り込む。さてとさくさく終わらせていかないと。電車に持たれながら、農業本の発送状況と、麹の発送済みメールを確認する。
んー。ディーラースクールが四か月なら、味噌は作れるか……。ちょっと試してみるのも有りか。
そう思いながら、電車に揺られる。駅に着くまでに二度電話が鳴ったが、取らずに、駅を待つ。さてさて次はどんな人なのだろう。