第419話 温泉宿の為に現代日本へ帰還します
そろそろ日も落ち始めた中、馬車に乗って『リザティア』まで戻り、てくてくと領主館に戻る。タロとヒメを散歩に連れて行かないといけないけど、結構歩いた気がする。今日は、町の外で好きに走らせるか……。部屋に戻ると、リズはまだ帰ってはいなかった。二匹の状況は偶に使用人達が見てくれているので、問題は無い。水が切れていたら足してくれたりする。紹介した使用人からの食べ物と飲み物は摂取して良いと言う形で二匹には憶えてもらった。
そっと軽くノックしてそっとドアを開けたので、二匹はこちらに気付いていない。二匹共お昼を食べて睡眠も取ったのか、起きてグルーミングの最中だ。タロが箱の中で丸まっているのを甲斐甲斐しくヒメがペロペロと舐めている。タロも舐めやすいように体勢を変えたり、ヒメを舐めたりしている。
『散歩に行く?』
『あ、ままなの!!』
『ぱぱ、さんぽ、行く!!』
『馴致』で聞いてみると、ばっと跳ね上がり、はふはふとしっぽを振り、舌を出して興奮する。首輪とリードを持って来て、二匹に嵌める。領主館から出て、広場を抜けて、東門から、町の外に出る。広い道や建物に非常に興味が湧いているようだが、埒が明かないので、またと言う事で、取り敢えず門まで辿り着いた。門衛に事情を説明し、外に出る。東門は東の国への道と森、川しか用が無いので、商家の人や猟師や漁師の人の出入りが中心だ。道から離れ、川の方の平原でリードを外す。
『あまり遠くまで行ったら駄目だよ』
『馴致』でそう告げて、放すと二匹が連れ立って、平原をクンクンブルドーザーで進んで行く。そろそろ狩りも本格的に覚えないといけないので、獲物を見つけたら、自由に狩って良いと許可は出している。『警戒』で様子を見ながら、持ってきたグレイブを振る。中々訓練の時間も頑張って捻出しないと見つからなくなってきた。少しずつ日が暮れていく中、二匹がじゃれ合いながら、平原を駆け回るのを見ながら、グレイブを振り続ける。一時間程で汗だくになったので、座り込む。東の川の方から、涼しい風が吹いてきて心地良い。川の方で火魔術を使っていると、二匹が何かの獲物を見つけたらしい。
タロが身を低くして、じりじりと進む中、ヒメは大きく迂回して、獲物の背後に回り込む。何を狙っているのかなと調べようとすると、たっとタロが駆け出す。その前をちょろちょろと小さな生き物が必死で走っている。野ネズミか何かかな?ヒメが挟み込むように走り込むと横に逃げようとするが、タロが最短距離を斜めに走りカプっと噛みつく。そのままガリっと噛むと、ぴくぴくと悶え、動きを止める。近付くとヤマネか何かみたいだった。ウサギ程素早くも無いし、苦も無く獲れたようだ。タロがまたヒメの前にぽとりと落とす。ヒメが確認するかのように何度か頭を下げるが、タロも頭を下げる。ヒメが前脚で固定して、綺麗に皮を剥ぐとパクリと一口で食べてしまう。それを見て、前のウサギの時のように分けてもらえると思っていたのか、タロがちょっと悲しそうにキュンと鳴く。でも、あまりに小さいから、分けられない。一口サイズだ。ヒメもコリコリと噛み砕き、飲み込む。ちょっと切なそうなタロの顔をペロペロとヒメが舐める。ヒメは夕ご飯、ちょっと少な目だな。
タロは自分も食べる為にそこら中をフンフンと嗅ぎながら、次の獲物を探し始める。また、獲物を譲られたヒメの好感度はさらにアップして、斜め後ろで付き従っている。まぁ、きっと物欲センサーが働いて見つからないんだろうなと思いつつ、散歩兼運動になるならそれも良いかと思う。
タロも先程の遠くに行くなと言うのはきちんと覚えているらしく、円を描くようにフンフンクンクンと獲物を探す。しかし、いつしか飽きてきたのか、興味の物を見つけてはヒメと一緒にクンクンと嗅いで楽しみ始めた。何だ、あの、リア充っぽい動きは。狼に嫉妬してもしょうがないが、何故かこう、心の中でもやっとする物を感じる。
取り敢えず、過剰帰還が来るギリギリくらいに設定して規模だけ大きな火魔術を発動して、大魔王ごっこをしたりしながら、日暮れまで訓練を続ける。グレイブも槍もスキルは現状維持が出来ているので良いかなと。ただ、ついに片手剣が0.01になった。確かに片手剣は使った事が無いがここまで下がると振った時に如何なるのか、逆に興味が出てくる。
十分に運動し終えたのか、タロとヒメが足元に擦り寄ってくる。疲れた、抱っこの愛玩攻撃だ。しょうがなく、抱き上げると、嬉しそうに髪を食んだり、耳の後ろを舐める。左にヒメを抱えているが、そちらの方は血生臭い。汗もかいたし、先にお風呂に入っちゃうかなと思いながら、東門に戻り、手続きを済ませて、領主館に向かう。丁度、朱雀大路でばったりと皆に出会ったので、少し早いお風呂を提案すると、喜ばれた。訓練で汗をかいているので、女性陣は、早く流したいらしい。
わいわいがやがやと領主館に戻り、浴場の湯船にお湯を生む。リズに頼んで、女性陣に先に入ってもらう。
部屋に戻ると、二匹が水を飲み終えて、寛いでいる。よく遊んで疲れたかなと思って、タロを引っ繰り返し、肉球をモミモミすると、嬉しそうにひゃうひゃう鳴く。じっとヒメがそれを眺めて、次は私の番だと言う目で待っている。全ての肉球を揉み終えて、次はヒメかなと思ったら、タロがお腹を出したまま脚を高く上げている。もっと揉んで欲しいらしい。取り敢えず無視して、ヒメの肉球も揉みだすとウォ、ウォとちょっと高めの溜息みたいな声をあげる。ヒメの肉球も揉み終わって、よし終わったと満足感に浸ろうとしたら、二匹共が天高く脚をあげて、もっとと言う顔でこちらを見ている。あまりにも可愛すぎて、無防備なお腹をわしゃわしゃと指を立てて撫でてあげると、悶えながら、逃げるように体を捩る。ある程度撫でたら満足したのか、二匹がくっついて箱の中で丸くなった。
二匹と戯れていると、お風呂を上がったのか、リズがホカホカとした状態で出てくる。
「ふわぁ、さっぱりした」
「皆、上がった?」
「うん。こんな気持ちの良い状態で夕ご飯を食べられるって幸せだね」
「はは。喜んでもらえて嬉しいよ。さて、私達も入ろうか」
下着と部屋着を持って、二匹を抱えて、浴場に向かう。お湯を張って、タロを揉んでいると、ロット達が現れる。
「訓練の方は順調かな?」
「実技の方は軍の方と一緒にやっていますので、着実に伸びていますね。『警戒』の範囲もお聞きした通り、徐々に伸びている感じはします。また、詳細かつ個別に気配を把握出来るようになってきました」
ロットがそう言うと、レイも頷く。昔はそうやってレイも訓練したのかな。
そんな事を思いながら、タロをお湯から上げて拭ってブローする。くすぐったそうに逃げるが、固定してきちんと乾かす。もこもこの一丁上がりだ。
『まだ、ねないの』
食事前だからか、強気にふふんと言う顔で浴場の方にクンクンブルドーザーをしに向かった。タライのお湯を変えて、次はヒメを浸けて揉む。肉球を揉まれて、全身を揉み洗われると言う事でかなりご機嫌だ。顎を縁に乗せて完全にリラックスした状況で浮かんでいる。くにゅくにゅと揉み洗い終わり、ざぱっとタライから上げて拭う。ヒメもブローされるのはちょっとくすぐったいのか逃げようとする。同じく固定して、完全に乾かして放すとタロの方に向かう。二匹共湯船の方で、流れ出したお湯から逃げるゲームをしながら遊んでいる。
「お疲れ様だな」
ドルが苦笑を浮かべながら、湯船の中から、言う。
「日課だからね。入れないと拗ねるし。機嫌が良ければそれで良いさ」
「そうか。女子供と一緒だな」
「もう、子供みたいなものだしね」
そう言いながら頭を洗い、体を洗う。二匹が石鹸に興味を示さないように、洗っている最中は離れているように伝えている。
流し終わり、湯船に浸かると、二匹が近付いてくる。
『ままも温いの』
『ぱぱ、温まるの』
湯船の端からお座りして、じっと見ている。何か、楽しいのだろうか。
男性陣と訓練の様子や町の生の様子を聞き、風呂を上がる。二匹も濡れないようにひょこひょこ着いてくる。
体を拭い、少し涼んだら、浴場の扉がノックされる。返事をすると、食事の準備が整ったとの事だ。
二匹と一緒に部屋に戻り、箱に戻し、皿に水を生む。
リズと一緒に食堂に向かう。夕飯は鶏のソテーに、サラダとオートミールだった。オートミールは鶏の出汁で延ばされていて少し中華粥を思い出した。
タロとヒメの夕ご飯を預かり、部屋に戻る。皿に分けて、待て良しで食べさせる。予定通り、ヒメの方は少し少な目にしている。太られても困る。
食べ終わると、疲労と満腹感、お風呂疲れが出たのかくわっと欠伸をして、丸くなる。結局寝ちゃうんだから、可愛い物だ。
「そう言えば、海の村で貝殻とか何だか枯れた海藻とか持って帰っていたけど、あれ、何に使うの?」
リズとの雑談の際に、前の海の村の時のお土産の話になった。
「石鹸作りを少し変えようかなと思って。材料になるか試したかったんだ」
「ふーん。どう変わるの?」
「まだ確実じゃないから。でも、もう少し香りが良い物は出来るかなとは考えているよ」
そう言うと、リズが微笑む。女性としては、より良い石鹸が出来るのは嬉しいか。
「さて、そろそろ寝ようか」
「今日もお疲れ様だったしね。早く寝ちゃおう」
リズもそう言うので、蝋燭を魔術で消す。抱きしめ合い、温かさを感じながら、瞳を閉じる。暫くして、リズが寝息を立て始めたのを確認して、ベッドから出る。
人魚の子供達など、気になる点はあるが、そろそろ温泉宿のオープンも近い。遊戯室内に置く器材も用意しなければならない。
なので一度日本に戻ろうかと。
目を瞑り、シミュレーターと同じように集中して、世界を移動する。目を開けると、薄暗い路地裏にスーツ姿で一人立っている。カバンの中には破れた包装紙がそのまま入っている。トランプとチェスの分か……。
さて、色々忙しいがさっさと片付けていこう。