第417話 サービスは結局マニュアルとその奥に有る魂によって構成されます
てくてくと町の東から西門に向かって歩き、そこから馬車に乗る。東側から西側まで歩くのはきつい……。早めに中央から東、中央から西への定期馬車を運用させないと、それなりに遠い。運動不足はそれなりに解消されているが物臭なのは解消されていないので、早めにカビアに相談しようと思う。
歓楽街の門で、門衛に手続きをしてもらい、中に入る。建物もほぼ建設が終わり、大分活気づいてきた。商家の人間はここの宿で泊まるので、町が開いていないと言っても、それなりに人通りは有る。色々荷車や馬車での行商の人間が、他の商家の人間と話しながら商談をまとめたりしている。見た感じ、ちょっとワラニカっぽくない服の人間が多いので、東の国の人間もそれなりの数が通ってきているのだろう。
そのまま、温泉宿まで周囲を確認しながら進む。おっかなびっくり足湯に浸かっては、足を揉んでいる人間なども見られてちょっと嬉しい。きちんと活用してくれているようだ。
温泉宿に入り、フロントでテディの名前を出すと用意をすると言う事で、応接室に誘導される。一番良い応接室に誘導されたけど、話をするだけなんだから、会議室でも良いんだけどね……。
出されたお茶を飲みながら、この後の予定を考える。ここまで来たら、競馬場で訓練している騎士団の団長にも会っておくか……。就任の挨拶で話はしたけど、それ以降は訓練メニューを渡して任せきりの部分が有る。全員騎兵なので、最終的には伝令や追撃の際に出てもらう事になる。それに領主館の訓練室でも、皆の訓練に付き合ってもらったりと結構手数をかけているので、気は使っておこう。
そんな事を考えていると、扉がノックされる。返事をすると、テディが入ってくる。
「お久しぶりです。テディ。体の調子は如何ですか?」
「本当に健康そのものですよ。温泉ですか? あれが良いです。疲れた日もゆっくり温まって寝てしまえば、次の日も快適です」
お互い笑顔を浮かべながら、席に着く。
「温泉宿や他の宿泊所の運営は如何ですか?」
「マニュアルと呼ばれていましたか? あの手順書、手引書のお蔭で実務の部分は概ね問題は無いですね。ただやはり何故するのか、どうしてこうなるのかと言う部分は伝わっていないので、その部分を詰めている最中です」
あぁ、マニュアルの弊害か。どうしても、whyの部分は抜けると言うか、実感しないと分からない。それに読む側もそう言う欠損が有る事を前提に書かれた通りにやるだけでは無く、何故それをやるのかを考え続けないと意味の無い、陳腐な物に成り下がる。
「そうですね。誰でも出来るようになるんですが、何故それをするのかが分からないままではお客様に感動を与える事は出来ないですから」
腕組みをし、少し瞑目しつつ伝える。
「はい。私が出来るのはサービスでしたか? お客様に提供するサービスに魂を籠める事ですね。それを今、温泉宿の従業員と協議している最中です」
「なるほど。稼働そのものはいつ頃を想定すれば良いですか?」
「あと半月程は必要かと考えます。食事に関してもアレクトリアさんの教えを噛み砕くのにまだまだ時間がかかります。いや、宿の設備、風呂、食事と素晴らしいです、ここは」
「喜んでもらえて何よりです。ちなみに、温泉宿以外の宿に関しては如何ですか?」
「そちらもマニュアルでの対応は出来ておりますので、一定水準のサービスが提供可能です。他の町や村の宿屋に比べれば雲泥の差と考えます。また、温泉宿で学ばせた人間を派遣して行っていますので、全体的なサービス向上も見込めます」
あぁ、もう派遣までしてくれているのか。
「なるほど。外でも商人達が幸せそうでしたが、確かに宿が良ければ旅は楽しいでしょうね」
「はは。そのような些末事にまで目が届きますか。はい。評判は良いようですね。後は本番のこの温泉宿を迎賓館としての段階まで高めるのが仕事ですね」
「分かりました。後は、風俗周りとの業務提携と言うのもお聞きしましたが」
そう言うと、テディが少し難しい顔をする。
「護衛の方等は結局風俗を利用して、宿と言う流れになります。割高なのですよ。なので、宿泊と一緒にそう言うサービスも付けると言う形を取るようにしています。もし問題が発生しても風俗店の店舗内で収められますし、娼婦、男娼の安全は担保出来ます。ロルフさんからは好評ですね。落とす金額も変わってきますので。それに娼館に温泉を引いているでしょ。あれがかなり好評ですね。旅の汚れを流せると言う事で、利用客もどんどん増えています」
「と言う事は、歓楽街の宿泊設備に関しては、どんどん稼働が始まっている感じなのですね。後は温泉宿を迎賓レベルまで上げられれば、町としての体裁は整えられると」
「そうですね。リバーシやチェスですか? あの辺りの娯楽をする専門の店舗も出来て、賑わっています。ああ言う娯楽がもう少し増えれば、より活況を得られそうな気がしますね」
「分かりました。その辺りは、私の役目ですね。対応を進めます」
「よろしくお願い致します。男爵様は、この後は?」
「お昼でも食べて、競馬場に顔を出そうかなと思っています」
「あぁ、騎士団の方ですか。良いと思います。では、ご一緒にお昼でも如何ですか? 丁度調理も始まった頃ですし」
「もしよろしければお願いします。まだ、歓楽街の美味しい物巡りなんてする暇も無いですから」
「ははは。その辺りは旅人の方が詳しい気がしますね。では、少々用意をして参ります。お待ち下さい」
そう言って、テディが席を立つ。
しかし、若返った。何と言うか、元々紳士と言う感じだったが、今はエネルギッシュに溌剌としている。ああ言う人はやっぱり責任ある仕事を任せると一気に化けるんだろうな……。
そう思いながら、お昼なんだろうと少しだけ空いたお腹をさすりながらお茶を含んで待つ事にする。