第39話 記念日を忘れる者に災い有れ、彼女は言った
建物のエントランスホールにベンチとテーブルが並んでいる。
偶々空いているのが、4人掛けのボックスだった為、申し訳無く思いながら座り込む。ベンチだけの席が空いたら移動しよう。
座り込んだ瞬間、ほっと息が抜け、肩が下がる。
「パーティーか……」
思わず、声が零れる。
コミュ障を自認している身としては、重い問題だ。
紹介される人が良い人だったら良いな。まぁ、素行調査も有るだろうしそこまで変なのを掴まされる事も無いだろう。
掴まされたら……。
「絶対に文句を言う」
恨みの籠った声が出る。
まぁ、誰に言うか。偉いさんと懇意になっておきたい。
商売はトップと話してなんぼだ。将を云々言うが、馬を探さないと。
その点古参のハーティスは良い中継点だ。近い内に、上へ繋いで貰おう。
ふと顔を上げると、ディード達が扉を開け、建物に入って来るところだった。
意識の端で見ていたのか、丁度良い。お礼をしなければならない。
「ディードさん」
声を上げ、手を振る。
こちらに気付いたのか、ディードとアリエが向かって来る。ワティスが見えない。
「アキヒロさん。今回は本当に助かった」
あー。違和感を感じると思ったら、名乗っていなかったか。顔合わせの時に自己紹介をしないなんて珍しい。
確か、心証が悪くて大分警戒していたな。若干喧嘩腰だった記憶がふわっと思い出される。若干恥ずかしい。
「おはようございます。ディードさん。今回は気を失っている私を搬送頂きありがとうございます。大変だったでしょう?」
「本当よ!重いのに、ぷよぷよして!本当に担ぎ難い……。何度叩き落としてやろうかと思ったわ!」
おぅ。噛みつく様に被せてくる。アリエは今日も元気だ。
「でも……。ありがとう。あんなになってまで助けてくれて」
お?殊勝モードだ。私のメタボな体重を考えると本当に大変だったろうに、お礼が出るとは。
「あぁ。今回の件は本当に助かった。思わん臨時収入もあったしな」
農民の年収の75%だ。それは大きいだろう。指名依頼で達成料に加増が有って20万だ。パーティーで見て2,3ヵ月分近くの月収にはなるだろう。
「借りが出来た。この礼は何時か必ず返す」
よし。貸しが出来た。社会人の基本は相手に貸しを作って、巻き上げるだ。ギブアンドテイクなんて言うが、相手が貸されたと認識して初めて、貸し借りは始まる。
社会に出ると、この貸しと言うやつは本当に重要になる。借りた方は貸しの明確な額なんて分からない。特に命を助けられた対価なんてどうしようもないだろう。
若干汚い話だが、故にこう言う金銭が絡まない時は貸した方が強い。
「助かります。まだまだ新人で。何も分からないのです。何か有った時はよろしくお願い致します」
遠慮?何それ?美味しいの?
ビジネスの基本は言質だ。言質を取った後はそれを既成事実にする。今回は何かを明確にしていない。本当にどうしようもない時は遠慮無く頼ろう。
「あぁ。ギルド間でカードを読み取った所在と時間までは相互で確認が出来る。遠方であれば、手紙を寄越してくれ。駆け付ける」
おお。所在の把握が出来るのか便利だな。冒険者家業はまだまだ続けるみたいだし、4人の生活費を稼ぐんだ。依頼を受ける頻度は高いだろう。
そこまで話していて、所在無さげにしていたアリエの腕輪に気付く。細身の金の腕輪だ。冒険者の宝飾品としてはどこか違和感を感じる。
「アリエさん、その腕輪、可愛らしいですね」
言った瞬間、アリエぼっと真っ赤に染まる。
ん?何か特別な道具だったのかな?魔道具とか。
「あ……あ……あの、これ。ディードとの婚約の腕輪なの。あ……ありがとう。褒めてくれて嬉しい」
どうも、話を聞くとこの大陸の文化だと婚約すると男性が女性に証として腕輪を送るらしい。まぁ、自分の物だから手を出すなと言う意味だ。
で、結婚の際には、この腕輪を溶かして、2人の指輪に作り直すとの事。ちなみに、複数の女性と結婚する際は取り敢えず序列を決め第一夫人が左手の薬指との事。
ここまで聞いて、顔から血の気が引いてきた。
やばい……。リズに贈っていない。
知らないとかお金が無いとか関係無い。女の子は記念とか約束が超重要なのだ。
昔付き合っていた彼女の誕生日を知らず、おもいっきり罵られた思い出。結婚してからは、結婚記念日を忘れていて、それを言った瞬間蔑んだ目で見られた後黙って1人で寝室に行かれた苦い記憶が蘇る。
「そうなんですか。どれどれ」
近づき、詳細を確認する。本当に細い金の腕輪で、細工もそこまで細かくない。ワンポイントが刻まれている程度だ。石も無い。
裏にディードとアリエの名前が刻まれている。
よし、仕様は確認した。
「細工も可愛らしいですね。綺麗です」
アリエはますます顔を赤らめるが正直知った事では無い。最優先事項が生まれた。
「あ……あ……ありがとう」
「さて所用を思い出しました。ディードさん達はこの後はどうされるんですか?この村に留まられます?」
「あぁ。そこそこ規模の大きい村だ。北の森も近い。町もそう遠くない。何より7等級が我々しかいないので、移動の際はギルド側から要請が出るだろう」
「なるほど。実力者の辛いところですね。では、またの機会に」
「おう。またな」
「またね」
ディードとアリエから声をかけられるが殆ど聞いていなかった。
靴?槍?そんなもの後回しだ。槍にしても以降としか言っていない筈だ。
腕輪、腕輪。細工屋?見た事が無い。
宝飾類は何処かで見た記憶が……。
雑貨屋か。カウンターの後ろに宝飾類を並べていた。
細身の腕輪なんて、飾りとしても単純で何に使うか分からなかった。
急ぎ立ち上がり、建物を後にする。
腕輪、腕輪。