第414話 元軍人さんの再訓練は近代軍事教練です
部屋に戻ると、タロとヒメが箱から出て、部屋の壁に体をすりすりクンクンしている。二匹でじゃれ合いながら、テリトリーを主張しているのだが、何だか微笑ましいやら羨ましいやらと言う気になってくる。良いもん、私にもリズいるもん。
近付くと、こちらに気付いたのか、たーっと近付いて来て、じゃれてくる。首の辺りを中心に指を軽く立てて、かしかしと撫でてあげる。昔、子供の頃は良く分からず撫でていたが、どうも自分の舌で舐められない部分を撫でられると喜ぶらしく、顎の下とかをこしょこしょすると、クテンとお腹を見せてくる。ヒメも同じようにお腹を出させて、二匹同時にわしゃわしゃとお腹全体を掻いてあげる。余程気持ち良いのか、はふはふと言いながら、脚が宙を掻いている。
程々で済ませて首輪を持ってくると、喜びが最大に膨れ上がる。
『さんぽも!!まま、好き!!』
『さんぽ!!』
美味しい料理にデザートまで付いてきた子供のように、しっぽを振って喜びを示す。首輪を嵌めて、部屋の外に出る。部屋はかなり濃いテリトリーに出来てきたようだが、廊下から外はまだまだのようで、随所でヒメ、タロの順番で体を擦り付けてクンクンする。もう暫く経てば、領主館の廊下も完全にテリトリーになるのかな。まだ、おしっこでマーキングしないから良いけど。あれ、幾つくらいからかな……。ただ、しつけでコントロールは出来た筈だから、頑張ろう。箱の中でのトイレもきちんと覚えてくれたし。
じりじりと前に進み、領主館から出る。領主館の周りでもまだ巡っていない場所は沢山有るけど、今日は堀を渡って、広場の方を歩こうかな。その内護衛も必要になるだろうけど、まだ自前の『警戒』で十分だろう。それに見晴らしも良いし。
タロとヒメのリードをクンっと少し引くと意図が伝わったのか、素直に歩き始める。門衛に散歩に行く旨を告げて、門を出る。その間門柱にすりすりしていたのには気付いた。
取り敢えず、教会を目指して歩く。
クンクンブルドーザーはやはり健在で、春が濃くなり緑が萌える広場の全てに興味を取られながら、てくてくと進む。野の花を見つけては嗅ぎ、ハーブを見つけては嗅いでびっくりした顔をしている。その度に二匹が顔を擦り合わせながら、一緒に嗅ぎ合っている。本当に仲良くなった。犬も一回仲が良くなると常にくっ付いていたけど、狼も一緒なのかな。
そんな事を考えながら、教会まで辿り着く。まだ新しい建物に興味を示したのか、二匹が壁にすりすりし始めるのを黙って見守る。
ふと、周りを見ると花壇の所で土の世話をしながら何かを植えている女性を発見した。二匹に大人しくしているように伝えて、近付いてみる。
「初めまして。お忙しい中お邪魔します。何か植えられているのですか?」
「これはご丁寧に。初めまして。はい。折角立派な教会ですので、花でも植えようかと。夏の盛りには咲きます。領主様が折角建てて下さった教会です。出来れば華やかに彩って欲しいです」
老齢の女性が微笑みながら、答えてくれる。
「花ですか。良いですね。夏の盛りと言うと、四か月程度ですか。楽しみですね」
「ふふ。まだお若いのに、花の成長にご興味が? 私も息子が出て行ってしまったので旦那と二人、この町に越してまいりました。元はロスティー公爵閣下の領地でしたが、もうこの歳では寒さが堪えます。この町は暖かです。少しずつ成長する町を愛でながら楽しんでいます。そんな町に少しでも彩りが増えればと思います」
「なるほど。良いご趣味だと思います。因みに旦那様はどのようなお仕事を?」
「農家です。麦に関しては恥ずかしながら造詣が深いので、農業指導の役割で作業に入らして頂いています。なので、私はこのように遊んでいます」
「遊んでいるなど。町の美観も重要です。教会が美しくなれば、神様も喜びましょう。良い事だと考えます」
「ふふ。ありがとうございます。あぁ、お若い方の邪魔を長々しても申し訳無いです。作業に戻りますね」
女性が上品な仕草で頭を下げて、また花壇の世話に戻る。本当に品の良い。ロスティーの領地は農家でもこんなに穏やかで気品の有る世界なのか……。北の方で過酷と聞いていたけど……。本当によく治めているんだな。見習おう。領民の民度はそのまま治世のバロメータだ。
「作業の最中に失礼致しました。お話楽しかったです。ありがとうございました」
軽く目礼し、タロとヒメの元に戻る。二匹は新しい建物の臭いを嗅ぎながら、すりすりと自分の体を擦り付けて、楽しそうに嗅いでいる。私が近付くとあ!!戻って来た!!と言う感じで嬉しそうに二匹が近付いてくる。リードを取って、改めて散歩に戻る。五稜郭の堀の外側も少しずつ草花に彩られ始めている。水路は町の建設の初期に行われているので、植物が繁茂する期間も有ったのだろう。緑のカーペットの上を柔らかく感じながら、穏やかに歩く。血生臭い行為の後なだけに、より心が洗われる。さらさらと流れる堀の中に少しずつ水草が生えて、魚も住み着き始めている。川から流れてきているだけかもしれないが、これも籠城戦の時は重要な食料源なので助かる。
タロは相変わらず、水の中で動く魚に興味を惹かれているがヒメに甘噛みされて、散歩に戻る。ふふ、浮気するなって感じの噛み方でちょっと可愛い。海で泳いでいる時も魚を見つけては犬かきに集中出来なくて、沈んでいたのはタロだ。顔が沈むと怖いのか、必死に浮かび上がっていたけど。
教会を基準に数周、領主館の堀に沿って散歩をすると二匹が甘えてくる。もう良いのかな。空も少しずつ赤みが増してきている。ひょいっと抱き上げて二匹を抱えると、耳の後ろ辺りをクンクンと嗅いでは嬉しそうに頬をぺろぺろと舐めてくる。ちょっとお昼にあげた鶏のモツの生臭い匂いが残っているのが複雑な気分だけど、まぁ良いや。夕ご飯をあげたら、歯磨きだな。後、何故か髪の毛をハミハミされる。ふむぅ……。結構伸びてきたのかな。理髪店探そう。
大きく成長して、もう抱えると頭を越しそうな二匹を抱えたまま、門を抜けて、領主館に戻る。玄関で脚を拭くとててーっと二匹で競争するように部屋まで走って行く。扉を開けると箱にジャンプして入って、お座りして舌を出し、ハァハァしている。皿に水を生むと美味しそうにぺしゃぺしゃと飲む。何度か生んで満足すると、グルーミングをし始める。ちょっと前まではすぐに丸くなって寝ていたのに、仲の良い事で。
日が残っている内にと、書類の整理と決裁を始める。確かに、ネスとテディが来ているのか、鍛冶系と宿泊設備系の決裁件数が飛躍的に増えている。しかも、ロルフとテディが一緒になって、風俗系のフォローまでしているっぽい。ご休憩だけじゃ無くてお泊り式のサービスを企画しているっぽい。宿代と風俗代で分けるより、一緒にして割安にする感じかな。それもきちんと宿泊レベルも高くして付加価値を付けるから、面白そうだ。
そんな感じで、署名したり、決裁用の略式紋章や紋章を押しながら、書類の処理を進めていく。日が落ちてきたかなと濃い赤になった窓の外を覗いていると、部屋がノックされて返答の前に扉を開けられる。
「おかえり、リズ。町の様子はどうだった?」
「ただいま、ヒロ。海の村に行く前より活発になっている感じかな。歓楽街の宿泊設備も少しずつ解放されているから、商家関係の人が物凄く出入りしているって、ティアナが言ってたよ。結構名の売れている商家も仕入れや卸しに訪れているって」
「そっかぁ。町開きの前にそこまで活発化してくれるのは嬉しいね。いつまでも訪問者にテントで寝てもらうのも無理が有るだろうし、そう言う意味ではテディが来てくれたのは本当に助かるよ」
「うん。このまま盛況になってくれると嬉しいね」
「はは。それは頑張り次第かな。さて、そろそろ夕ご飯かな。今日は少し疲れたから、早めにお風呂に入って寝ちゃいたいかな」
ハミハミされた髪や、頬がちょっとくちゃい。出来れば早めにお風呂に入りたい。
「ロッサがドル、帰っているって。チャットも帰りの途中で会ったから、皆揃っているよ」
「んじゃ、待っていれば良いかな」
そんな雑談をしていると、扉がノックされる。返事をすると、夕ご飯のようだ。
リズと共に、食堂に入ると、皆と一緒にテスラが座っていた。知らない人間なので、皆も誰?って顔で見ている。
「さて、新しい仲間だよ。元々レイの生徒で、今度新しく御者として配属になったテスラさん」
「テスラです。よろしくお願い致します」
「レイに町の防衛軍は任せる事にしているけど、副将がいなかったから、一旦はテスラさんに入ってもらう事にするよ。テスラ、後で正式に命令書は出すし、契約書も渡すよ」
「はい。頑張ります!!」
そんなやり取りの後は、女性陣がテスラを構いながら、食事が始まる。テスラもはっきりと婚活が目的と言い切り、フィアとティアナとロッサが牽制していたが、どうも穏やか系の男性が好みのようだ。カビアはちょっと穏やかとは違うらしく守備範囲外らしい。
「しかし、防衛軍ですか。若干大袈裟な感じはしますが」
ロットが食事をしながら話しかけてくる。
「んー。軍としては騎士団を貰ったけど、あの人数だと防衛はし切れないから。衛兵や警察機構として雇った元軍人を再訓練して防衛に回せるようにするよ。申し訳無いけど、皆も員数には含めている。そこは承知して欲しい」
そう言うと、何をいまさらと言う顔で頷かれる。
「前衛は勿論、斥候系は防衛戦では生死を分けるくらい重要になる。そう言う意味では、町で訓練してもらっているのも感覚を磨いてもらうのと同時に、町を把握してもらう意味も有るから。フィアみたいに屋台ばかり覗くのは無しだよ」
「あー、リーダー誰に聞いたの!!」
本当に覗いていたのかと驚き、唖然と見つめると、カマかけに引っかかったと気付いたのか、顔を赤くして、フィアがそっぽを向く。それを見て、皆が苦笑を浮かべる。
「皆は直臣扱いになるから。色々模範となってもらう部分は有ると思う。ちょっと窮屈かも知れないけど、その分は返せるように頑張るから、よろしく頼むね」
そう言うと、温かな笑顔で頷きが返る。正直、生活費をこっちが負担している時点で出費も無い。冒険者としての収入源は無いが、予算から、都度都度の護衛費用として払い出されている。正直、普通の七等級の儲けより余程儲けている状況だ。
食事を終えて、風呂の用意をして、女性陣が先に風呂に入る。どうもテスラも初めてのお風呂を体験するらしく、おっかなびっくり着いて行っている。
部屋に戻り、書類の処理の続きをしていると、ほこほこのリズが戻ってくる。
「テスラさん、すごく喜んでた。もうお風呂無しの人生は考えられないって」
「はは、それはまた凄い話だ。リズは疲れていない?」
「うん、大丈夫。訓練もそこまではきつく無いから。騎士団の人も教え方が上手いから分かり易いし」
「そっか。んじゃ、お風呂に行ってくるよ。他に声だけかけてくれるかな」
「分かったよ。いってらしゃい」
タロとヒメを呼んで一緒に浴場に向かう。湯船にお湯を生んでタライでさくっとプカプカスヤァを量産して、脱衣所に寝かせる。
皆が湯船に浸かっているところで頭と体を洗う。
「テスラは副将として使えそう?」
レイに聞いてみる。瞑目しながら、噛み締めるように一言一言話してくる。
「そうですね。建策は若干苦手ですが、実際に策を実行する事にかけては天性の才が有ります。そう言う意味では副将向きな娘ですね。特に再訓練と言う事で自分達の思想で運用を固められます。手足のように扱うと言う意味ではあの娘の右に出る者は中々いません」
レイが殆ど手放しで褒める。
「しかも、男爵様より軍事の指南書を頂きましたが、何と言うか、何と戦えばあのような概念が生まれるのかと首を捻っております。何処までも現実的でありながら、虚実を交えて戦わずして勝つ事を前提とする。恐れ入りました」
あー。孫子やら戦争論やら色々混ぜているし、近代戦争のドクトリンも混ざっている。この世界の重装で突撃なんて、どれだけ来てもどうとでもなる。クロスボウが制式化したら、その時点でどのような戦力差でも覆せるだろう。
「再訓練の計画に関しても、非常に人間の成長、仲間意識の醸成に特化しており、出来れば国側で制式化して欲しい程です。まぁ、もう離れた身なので、この町の為だけに使いますが」
再訓練の内容も、自衛隊の広報で出している訓練内容や、アメリカの軍事訓練を参考に作った。それに伴う設備も北側の空き地に構築を始めている。その内あの一帯は練兵所になるんじゃないのかな。
「持続力の増強など、少しずつ積み重ねる部分は徐々に実施させています。現状では警護範囲が狭い為、非番の率も高いので、訓練に当てられる時間が多いのは機会です」
「分かった。階級含めて、再編は任せるよ。決裁書だけ出してくれれば良いよ。好きに再編して。問題が有れば都度、指示するよ」
「助かります。以後、邁進致します」
レイの邁進とか怖いな。元軍人さん達、大丈夫かな。
はぁぁ、しかし、尋問から始まり、今日も色々有った。中々大変だな、どこでも生きるって事は。ただ、人魚さんの子供達だけは何とかして救出したい。伯爵に任せるしかないと言っても、少し焦る気持ちは有るな……。
そんな事を考えているとふらっとする。いかん、のぼせる。
慌てて湯船から出て、湯を抜く。もう一回、湯を張っていれば、使用人達が順番で入る。ちょっと熱めのお湯を張っておこう。
窓を開けて入ってくる冷涼な風で汗を引かせながら、お湯が流れるのを待つ。流れ終えた辺りで体も冷えたので、湯を張り直し、二匹を抱えて、部屋に戻る。
「おかえり」
ノックするとリズが扉を開けてくれたのでそのまま二匹を箱に戻すとするすると近付いてくるっと丸くなる。眠っているのに、無意識だろう。
ふぅと息を吐きながら、布団に座る。少しだけ肌が恋しく、リズを抱き寄せる。
「何か辛い事が有った?」
「少し、心が荒んだかな……」
「そっか。私が代われたら良いけど、ヒロが背負わないといけない事なんだね……。ん。辛かったね」
「リズに背負わせる気は無いよ。でも、ありがとう。落ち着く」
温もりを感じながら、そのまま瞳を閉じる。思ったより疲れていたのか、耳元でリズが何かを呟いているのは分かるのだが、すぐに意識を失う。