第411話 イワナと言えば塩焼きが好きです
領主館に戻り、ノーウェを執事に任せて、私は厨房に急ぐ。
「アレクトリア、いる?」
厨房で叫んでみると、奥の方からひょこっと顔を出す。
「はーい。領主様、なんでしょうか?」
「海の村から、塩を持って帰って来たけど、試す? ノーウェ様、物凄く期待しているみたいだけど」
「え!! 良いんですか? 試します!!」
がばっと食いついてくる。
「んと、鶏って有るかな?」
「はい。朝潰したのが有ります。どうなさいますか?」
「腿を少し貰って良いかな」
「はい、少々お待ち下さい」
そう言って、土魔術で作った大きなトレイと言うか、トロ箱をぱかぱかと開けて、探していく。衛生を考えて表面がつるつるな材質で同一規格の積み上げ可能なトロ箱を作ってみたら、非常に厨房で好評なので良かった。油物でもお湯と石鹸で洗えばツルツルキュッキュなので、安心だ。食中毒とか怖い。
「腿ですよね。どの程度必要ですか?」
「すぐに火が通る程度の同じ大きさで二個切って」
「分かりました」
そう言うと、アレクトリアがまな板の上でざくんと同じような部位で、同じような大きさの腿肉を切り出し、皿に乗せて差し出してくる。
「火が入っている竈は?」
「一番から、三番まで火が入っています。二番と三番はスープを炊いている最中です。一番は火種が残っている筈です」
厨房の端の方に行くと、ちろちろと火が残っている竈が有る。先程の腿肉に同量程度の岩塩と海水塩を振りかける。
「塩だけですか?」
「分かり易いかなってね」
竈に薪をくべて、火魔術で火勢を上げる。ちょっと焼くだけなので、小枝程度の薪を数本だ。質素倹約。
肉を串に刺して、竈の火を調整して、外側を一気に焼き、火の傍でじっくりと熱を通していく。
ぷちゅぷちゅと肉汁と油が流れ出した辺りで、再度少量の塩をそれぞれに振りかける。
きちっと左右別々の皿に置いて、アレクトリアに差し出す。
「どちらの方が美味しいか教えて」
「はぁ……。分かりました」
怪訝そうな顔をしながら、まず岩塩の方を頬張る。
「うん……。美味しいです。焼き加減も丁度良いですし。領主様、何故こう、料理が上手なんでしょうか?」
「色々コツが有るからね。さぁ、もう一個も食べて」
促して、アレクトリアが海水塩の方を口に含んだ瞬間、顔から表情が落ち、真剣な物に変わる。もにゅもにゅと舌を回しながら鶏の腿を噛み、ひゅーっと唇を細くして空気を吸い込む。
「何ですか、これ……。同じ鶏……ですよね。私が切ったんですから……。でも、全然違う。いや、鶏の香りは同じだけど、もっと複雑な味がする……」
「で、どちらの方が美味しい?」
「後の方です……。でも、何故?」
「ほい。こっちが岩塩、こっちが海水塩。舐めてみて」
小皿で差し出すと、アレクトリアが、くんくんと匂いを嗅いで、それぞれを舐める。
「ん!! 海水塩の方にほのかですが香りがしました。海の魚に近いですが微かです。それに塩辛いですが、同時に豊かな味も感じます。でも、表現出来ないです……」
「若干の苦みとうまみってところかな。岩塩は岩塩でメリットが有るけど、海水塩には海水塩のメリットが有ると思わない?」
「素材そのものの味に深みが出ます……。単純な料理の方が向いているのでしょう。細かい差異なので、感じるか感じないか程度ですが、鋭敏な方は分かるでしょう。煮込み料理等では逆に雑味になるかも知れません。特に塩を多量に使う料理だと根本的に見直しが必要ですね……。しかし、面白いです」
「今日の昼の予定は?」
「鶏がそれなりの数運ばれてきましたので、そちらをハーブで串焼きにします。魚はこちらの大きな物が手に入りましたので、ソテーの予定です」
見ると、どう見てもイワナの立派なのがトロ箱に並んでいる。小さなのでも三十センチメートルは超えている。はぁぁ。人の手が入っていないだけに、川も豊かだな……。
「海の村で作った料理が有るけど、知りたい?」
「あぁー!! 領主様ずるいです!! そんなの知りたいに決まっているじゃないですか!!」
「はは。じゃあ、小麦粉と、卵、それと……」
予定は変更して、イワナは塩焼きにしちゃおう。新鮮なイワナの塩焼き。もう、頭の中で浮かべただけで涎が流れる。
それに鶏は天ぷらにしちゃおう。大分に出張に行った時にレシピは教えてもらった。焼酎は無いけど、薬師ギルドのアルコールで良いや。ワインの酒精の分離品と言うのは確認しているので、飲んでも大丈夫だった。ワインだと、水っぽくなるし、香りが付いちゃう。
イワナは塩でヌメリを落として、エラに切れ目を入れて、包丁を固定して、まな板の上で回転させる。そのまま少し引き出して、包丁で固定し、ごっそりとエラを引き抜く。
次に肛門から一気に胸ビレ辺りまで開き、内臓を取り出す。生み出した水で中骨に付いた血合いを含めて、洗い流す。
綺麗になったところで、踊り串を打ち、ヒレに化粧塩を塗り、全体に塩を振りかけ、三十分程寝かす。
鶏は胸、腿含めて、一口より少し大きいくらいに切り揃えていく。部位によって熱の通りに若干差異が有るので、明確に分ける。味も食感も違うので偏らないようにしないと。
ボウルにオリーブオイルを入れて、まず全体に馴染ませる。そしてショウガの擦った物と、塩、砂糖、胡椒、アルコールを加える。このまま二十分程寝かす。
その間に、天ぷらの衣の材料の準備だけをしておく。混ぜるのは揚げる直前だ。薄力粉と卵、塩、アルコール、酢、後は混ぜるタイミングで冷水を生めば良い。
「材料はこれで全部ですか?」
「その筈。イワナの処理の仕方把握した?」
「はい。エラの取り方とか知りませんでしたけど、何故知っているんですか?」
「いや、食べる時邪魔だし。祖父に教えてもらったんだよ」
「領主様、やっぱり謎です」
アレクトリアが首を傾げるのを見て、何だか笑いが込み上げてきた。
使用人に後三十分程で昼ご飯の準備が出来ると皆に伝えてもらう。仲間達も昼までは練兵室で訓練の筈だ。
さて、ノーウェが喜んでくれれば良いけど。