第407話 人間至上主義者の蠢動
「人魚達の件、調査を進めてたでしょ? あれ、どこかが大体分かってきた」
あれ?襲撃の件じゃ無いのか?
「はぁ……。子供を取り上げると言う話でしたか」
「んー。本人達の口からはそんな風に言われているよね。実態はもう少しあくどい。言うのも嫌だ。聞かない方が良いし、君はそんな事をしないだろうから教える意味も無い。まぁ、下種が存在すると言う事だ。で、これが、んと、ここ。テラクスタ伯爵領の西に男爵領が有るでしょ。ここが最近大々的にやっている」
ノーウェが懐から地図を取り出し、テラクスタ伯爵領の西を指し示す。
「内容は分からないですが、そんな非道を行って、大丈夫なのですが? 王国法を読んでいても、人権は存在しますが」
神様の薫陶か、人権意識は高い。少なくとも人間が最低限の尊厳が守られて、生きていけるように法律は制定されている。
そう言うと、ノーウェが額を押さえて、首を振る。
「うん。王国法もそうだし、慣例的に人間以外の人達も人間と同様に扱うのは当たり前だね。同じ人間なのだからね。でもね、それが出来ない馬鹿もいるんだ」
出来ない?
「人間至上主義者って言っていたかな。エルフもドワーフも獣人も人魚もその他種族を人間と認めない人間が保守派の中に相当数いる。全員じゃないよ。後は親に言われて仕方無く方針を変換している貴族もいる」
人種差別なんて、やる価値は殆ど無い。明らかに損の方が大きい。エルフは狩りに、ドワーフは鍛冶に、獣人はそれぞれの獣相に有った特技を、人魚は海で、それぞれにアドバンテージが有る。人間が覆す事が出来ないアドバンテージだからこそ、一緒になって頑張るメリットが存在する。それを差別して、どうしようって言うんだろう。
「この概念がいつ頃から存在するのか分からないし、根は深い。でも、表面に出る事はほぼ無いね。殆どは些細な差別程度だ。でもね、厳然と存在するんだよ」
ノーウェが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「で、この男爵だけど、生粋の人間至上主義者っぽい。親の伯爵もそう。前に人魚の人達を保護してもらって助かったって言ったでしょ。あれ、本当。下手したら、国が人魚の人達に莫大な賠償をしないといけなくなっていた。それすらも分からない馬鹿がいる」
「はぁ。事実は分かりましたが、今回の話とどう結びつくんですか?」
人間至上主義者が何をしようが私に関係しないなら、特に気にしない。保護すべき人間を保護すれば良いだけだから。
「手紙を受け取った後、即座に町と村、『リザティア』の貴族関係者の出入りを調べさせた。この短期間で調査を終わらせたんだから、褒めても良いよ。で、この間の開明派以外で出入りが有るのがその男爵の手の者と問題の伯爵の手の者。怪しいよね。他の保守派なんて、全く興味も無い『リザティア』に人間を紛れ込ますなんて」
各ギルドのカードが有るから所属は調べれば分かる。調べるのが大変なだけで。
「該当者は襲撃事件の容疑者として拘束している。情報は漏洩していないから、上役に情報が行く事も無いしね。と言う訳で、明日以降は聞き取りが主体になるかな」
ニコニコしているけど、聞き取りの真の意味を間違う程、甘くは無い。拷問をしてでも情報を引き出すつもりだ。でも、私もこの件に関しては特に良心の呵責は無い。私達が遭遇したから良かったけど、下手な商隊が襲撃を受けていたら死人が出ていた。死人を出す覚悟が有るなら、自分が死人になる覚悟も有るだろう。有ると想定する。
「この場合、無実の罪で拘束されていた場合はどうなるんですか?」
「あぁ、大丈夫。既に両者とも収賄罪で立件可能な証拠は揃えている。保守派って脇が甘いからね。別に縛り首にしても良い馬鹿だよ、二人共」
早いよ、ノーウェ。しかも、ちょっと黒いし。しかし、聞けば聞くほど、保守派っている意味無いよね。挙国一致にも邪魔だし。議会制民主主義まで進んでいる訳では無いから野党が必要な訳でも無い。
「保守派って何の為に存在しているんですか?」
「んー? あぁ、簡単な事さ。開明派一色に染めちゃうと腐っちゃうんだよ。だから反面教師として馬鹿を間近で見て、そうならないようにと身を引き締める。その為だけに生かされている憐れな集団だよ。本人達はそんな事知らずにのほほんと悪さばっかりしているけどね」
ノーウェがにこやかに言う。パレートの法則じゃないけど、組織運営にも役に立たない分子を取り込まないと、問題は発生するか。きちんと覚えておこう。
「と言う訳で、明日から尋問室を借りるけど良いかな。流石に親として警察権の上位を持っていると言っても黙って借りるのもあれなんでね」
「はい。問題無いです。お使い下さい」
「それは良かった。尋問には、同行する?」
「領内の問題ですので、付いた方が良いでしょう。早めに終わらせた方が良いですよね?」
「そうしてもらえると助かるかな。こっちも暇じゃないんでね。仕事放ってきちゃったし」
それは大分悪い事をした。ノーウェの仕事なんて、こっちの優先度の比じゃ無い。
「では、面倒事はさっさと終わらせましょう。今日はこのまま領主館でお泊りでよろしいですか?」
「うん。助かるよ」
「温泉宿の方はまだ、貴人の方に泊まって頂けるだけの設備とサービスが充実しておりませんので。そう言えば、お風呂は如何ですか?」
「んー。侍女連中に言われて樽分のお湯を沸かすのは許可したけど、自身ではまだかな」
「浴場を作りましたが、如何ですか? 寝る前にさっぱりしますよ?」
「ふむぅ。用意してくれるのなら、物は試しかな。よしなに頼むよ」
執事を呼び、風呂の手配を整えてもらう。皆ももう上がっているし、掃除もやってくれたようだ。後はお湯を張れば使える。
「では、介添え人を付けますので、何か有ればその者にお伝え下さい。急いで来て頂き、ありがとうございます。本日はごゆるりとお休み下さい」
そう言って、席を立ち、握手を交わして、部屋を出る。リズは部屋に戻らせて、私は浴場に湯を生みに行く。
部屋に戻ると、リズがドレスを脱いで、部屋着に着替えていた。
「可愛い姿、もっと見たかったな」
「いつでも見れるよ。でも、あの虎さん、色々な思惑に利用されていたんだね……」
「気に病む事は無いよ。悪いのは人間なんだから。さぁ、ゆっくりと寝よう。明日は早起きして、面倒事をさっさと終わらせよう」
タロとヒメには部屋の前で貰った食事を渡す。今日はお風呂無しと言ったら、温いの……とか言いながら哀れっぽい仕草でグルーミングをお互いしていた。最近芸が細かい。
暫くすると丸くなって寝ていたので、そんなに機嫌が悪い訳でも無い。
リズと一緒に布団に潜りこみ、このバタバタとした一日にお互い苦笑を浮かべ、手をつなぎ合い、目を瞑る。接待は思ったより体力を削ったのか、すぅっとそのまま眠りに就いた。