第405話 タロとヒメが、海で、泳いだ
昨日は遅かったけど、特に疲労したのは朝の荒焚きとの並行だけだったので、夜明けちょっと前には目が覚めた。テントを開けて、空を見る。三月二十九日は晴れ。海に来てから、晴れが多い。もう少し暑くなったらスコールみたいなのが降るのかな。
焚火の方に向かうと、後番はティアナだった。
「おはよう。タロとヒメの食事が欲しいのだけど」
「鹿の枝肉がまだ在庫が有るわ。切り出すわよ?」
「いや、自分でやるよ。後、昨日散歩に連れていっていないから、朝の内に走らせて来るよ」
「朝ご飯までは時間が有るから、良いと思うわよ。いってらっしゃい」
ティアナが優しい顔で微笑む。
食材置き場から、枝肉を取り出し、ざくりと切り出す。
テントに戻り、皿に分けて、深く寝ているタロと、ヒメをそっとテントの外に出す。クンクンと鼻が動き、ぴくぴくと瞼が動き、涎が流れる。きっと美味しい物を食べている夢でも見ているのかな。撫でて、二匹を起こす。目の前に肉の塊が有り、驚きと喜びでしっぽを振る。待て良しで食べさせる。その間に敷布の交換と洗濯をしてしまう。干した段階で、食べ終わって皿を舐めている二匹。皿に水を生んで、水分補給も済ませる。
荷物から首輪を取り出すと、朝から散歩まで付いているんですか?お得なセットですね的な喜びで周囲を駆け回る。
首輪を嵌めて、入り江側に歩き始める。犬の散歩コースと言えば、何と無く海岸線のイメージが有る。昔、一回だけ自転車で散歩に連れて行ったが興味の赴くままに引っ張られて思いっきりこけて、もう二度と自転車で散歩はしないようになった。
入り江はまだ朝早いと言うのに、活気づいていた。早朝暗い内から、網を出している人魚さんも多い。プールには新鮮な海水が満たされ、乳幼児、幼児達が数名のお母さんに見守られながら、すいすい泳いでいる。
「そう言えば、排泄物の事まで考慮していなかったんですが、大丈夫ですか?」
近くのお母さん人魚に尋ねる。
「なんとなく、したそうな子は分かるんです。なので、その子は海の方でさせています。なのでご心配無く」
んー。人間の赤ちゃんだと、ノーモーションでおしっこしたり、うんちしたりなんだが、おむつの無い状況だと、見てわかる物なのかな……。
虎さんはまだ、睡眠中なのか、海岸までは出て来ていない。タロとヒメも海岸の珍しい物をクンクンブルドーザーしながら、進んで行く。そろそろ朝食の時間かなと思って、二匹に戻るかと尋ねると、概ね興味は満たしたので、素直にテントの方に進みだす。足を拭いて、箱の中に戻す。玩具は与えたが、グルーミングの方が先らしい。ヒメが甲斐甲斐しくタロを舐めている。姉さん女房で尽くしてくれるとか、凄く羨ましい。タロ、果報者だな……。
焚火前に向かうと、丁度朝ご飯の準備が整ったところだったらしい。朝の挨拶をして、ご飯を食べ始める。今日も炊きだしで、私は朝、少しだけ製塩所に行って、炊きだしの手伝いの予定となった。
ご飯を食べ終わり、狩りと採取班がそれぞれ、炊きだしの素材集めに走る。私は、製塩所に向かう。
製塩所に入ると、頭含めて三人が緊張した面持ちで待っていた。
「さぁ、記念すべき、三人で作った初めての塩作りの結果だ。楽しみだね」
そう言いながら、乳鉢で砕き、小指の先に付けて舐める。うん、きちんと品質は同じレベルに保たれている。えぐみも苦みも無い。良い塩だ。三人に差し出し、味見をさせる。味わった瞬間、ぱぁっと明るい表情になる。
「塩、出来上がりだね。後はにがりが落ち切ったら、出荷出来る。品質は同程度を担保出来ているから、一回目の塩は一旦『リザティア』に持ち帰って各所で検討する。引き続き、二回目以降の製造は頼むね。人員増と設備増が出来れば、どんどん生産量は増える。踏ん張りどころだよ」
そう言うと、頭含めて三人が苦笑をする。
「ここからは、衛兵の余剰人員が回ってきますので、領主様のお手を煩わす程の事でも有りません。他のお仕事に回って下さい」
頭が言う。隣の村長の方を向いても、頷きが返ってくる。
「分かった。ここからは職人の君達に任せる。美味しい塩を期待しているよ」
そう言いながら、村長と一緒にカビアと共に村長宅に向かう。人員把握と草の結界の状況も把握しておきたい。
農業従事者、塩作り従事者、衛兵関係、村の運営に携わる人間と言う事でリストアップしてもらっていく。
「農業関係者が一時的に余剰人員になっちゃうね。夏になれば雑草狩りとかで忙しくなるけど」
「このタイミングでの余剰人員化は仕方が有りません。それに水撒きや様子見、虫の駆除など、やる事は多岐に渡りますので、遊んでいる訳では有りません」
カビアが冷静に答える。
「んー。そうなるとやっぱり一時的な移動は衛兵からか。村長、防衛に関しては問題無いですか?」
「そうですね。諜報部隊が事前に情報をくれますので、木壁でも防衛、人魚の方々の沖への避難は間に合うでしょう。一回閉めてしまえば、食料と水的にも一週間は持ちます。その間にノーウェ子爵様の軍の力を借りる格好ですかね」
そればかりは仕方ないか。後は細かい運用や、人魚さん達との調整を行って、お開きとなった。
ここからは日常が続く。私は昼間炊きだしの対応をして、夕方タロとヒメの散歩に連れて行くくらいだ。
散歩と言うと、タロとヒメが遂に海デビューをした。どうも人魚さん達が泳いでいるのを見て、自分達もと思ったのか、首輪を外して、海にダイブした。水温的には冷たすぎないし、人魚さん達もフォローしてくれているので安心だ。犬かきで大海原に泳ぎ出したタロとヒメはどこまでも広い海を堪能して、陸に戻ってきた。即座にタライを用意して、お湯で体の海水を流す。
『まま、広いの!!楽しいの!!』
『ぱぱ、沢山泳げる』
興奮して、二匹がじゃれついてくる。
そんな一幕も有りながら、人魚さんの炊きだし、製塩所の確認をしながら、平和な日々は過ぎていく。油切れに伴う揚げ物の中止は人魚さんの悲しみを誘ったが、次回は多目に油を持ってくると言う事で事無きを得た。
虎さんもちょくちょく顔を出しては、人魚の子供と戯れながら、魚を貰って、満足している。ぱおーん君は虎さんが大のお気に入りで、出現すると真っ先に駆け寄ってダイブしている。
楽しい日々はあっという間に過ぎ、四月一日の朝。テントを仕舞い、帰り支度を始める。第一弾の塩のにがり落としが完了したからだ。底の方まで完全に乾いているし、にがりは樽に詰めた。
村の入り口では、村民や人魚さん達、虎さんが朝から来ている。
「皆さん、お世話になりました。また、すぐに来ます。それまではそれぞれが出来る範囲で頑張って下さい。その為の援助は惜しみません。それでは」
手を振ると、皆が手を振り返してくる。馬車が駆けるにつれて小さくなっていく、海の村。
「なんだか、忙しかったけど、楽しかったわね」
ティアナが、ぼそっと呟く。
「うん。良い村だよ。これからはもっと発展していくしね。人魚さんも増えたら、もう少し食料も流さないといけないし、ちょっと大変かも」
そう言うと、皆が苦笑いを浮かべる。領主は忙しい物さ。
お土産に塩とにがり、昆布と、塩漬けにしたワカメも今回増えた。塩漬けワカメは非常に使い道が豊富で『リザティア』に帰ってからが楽しみだ。アレクトリア辺りは飛びつきそうだけど。
天気の崩れも無く、順調に距離を伸ばし、四月四日の夕方には『リザティア』に到着した。さて、ここからまた忙しくなるぞ。