第401話 始まる塩の歴史
久々に夜更かしした朝の重い頭で目を覚ます。この世界に来てから基本的に健康的な生活ばかりだったので、流石にちょっとくる。夜番をしていれば寝不足と言うのも体験するが、延々作業で寝不足と言うのとは疲労感の残り方が違う。体中が心地良い疲れに満たされている。このまま朝寝が出来れば最高だが、そうも言っていられない。横では前番をしていたリズが眠っている。タロとヒメも昨日と同じく寄り添っている。テントの外を見ると、快晴だ。キラキラと海の方からは光が上がっている。もう、夜明けだ。春も本番の三月二十八日。四月ももう目の前だ。
焚火の方に向かうと後番のロットが手を振ってくる。
「異常は無し? タロとヒメの食事をもらいに来たけど」
「大丈夫です。肉は昨日の夕方仕留めた鹿が有ります。モツも残っていますので、そちらをお使い下さい」
「ありがとう。食事を与えたら、番を変わるよ」
「助かります。今日の朝の当番はティアナとドルですね。休む前に起こしておきます」
「お願いするね」
手を振って、食材置き場から、鹿肉とモツを切り落として、皿に乗せる。そろそろ腐敗対策をしないと駄目かな……。夜、氷を出すだけで良いかな。昔の氷式の冷蔵庫開発しようかな……。
そう思いながらテントの前で、タロとヒメの皿に肉とモツを分ける。
テントに潜り込み、リズを起こさないようにタロの首元を両手でこしょこしょとする。うにゅーっとにやけ顔になってぱっと目を覚ます。
『まま!!ままなの!!』
昨日寂しかった反動かばっと立ち上がり飛びかかってくる。それを抱きとめて、全身を撫でる。そのままテントの外に出す。タロの挙動で目が覚めたのか、ヒメもこちらに飛びかかってくる。
『ぱぱ!!ぱぱ!!』
「よしよし。寂しかった、寂しかった」
全身を撫でて、外に出す。外ではタロがしっぽを力いっぱい振りながら、皿の前で待っている。ヒメも同じく皿の前で待つ。待て良しで食べ始める。
焚火の方では、ティアナとドルが起き出して、食事の準備を始めている。ロットの動きの方が早かった。番は変わらなくても大丈夫かな?
食事を食べ終わると二匹が頻りに寄り添ってくる。寂しそうだったと聞いたが、確かに時間が無かったのも事実だ。朝ご飯にはまだ時間がかかりそうなので、歯磨きでもしてあげるかなと。歯垢が歯石に変わるまでに歯磨きをしておかないと虫歯になる。骨を噛んでいれば大丈夫な部分は有るけど、歯磨きをすると嬉しそうなので、それもまたスキンシップだろう。歯磨き用の布を荷物から取り出すと、二匹共目的に気付いたのか、嬉しそうにはしゃぐ。布に水を生んで含ませると、タロが率先して胡坐の中に入って腹を向けて口を開ける。学習したなぁ……。各牙を布で擦り、汚れを落とす。歯ももう生え揃ったし、時期的には永久歯に生え変わる時期だ。ただ、どれが永久歯かって見分けがつくのだろうか?そんな事を考えながら、歯磨きを進める。タロの歯を磨き終わって、次にヒメを磨き始める。ヒメも歯は生え揃ったようだ。臼歯辺りまで生え揃えば、骨を噛み砕く事が出来るので、余程尖った物でも無い限りは大丈夫だろう。熱した鳥の骨は引き続き危ないのであげないけど。
歯を磨き終わると、暑いのに二匹がひしっとくっついてくる。
『まま、すきなの』
『ぱぱ、すき』
はっはっと荒い息を吐きながら、ぺろぺろと両手を舐めてくる。頭を撫でて、首筋をマッサージするように撫でる。
『今日もちょっと忙しいから相手は少ししか出来ないかも。でもなるべく時間は取るね。虎さんも来ると良いね』
『おおきいの!!』
『とら、くる!!』
タロとヒメも虎さんが来ると喜ぶ。でもお別れも近い。ちょっとそれが切ないかな。また、近い内にここまで来れたら良いな。
皿に水を生み、綺麗にした箱に戻すと嬉しそうに水を飲み、丸くなる。
ちょこちょこと作業をしていたら、リズが起きてしまう。
「ごめん、起こしたかな」
「ううん。大丈夫。そろそろ朝ご飯だろうし。二匹共元気?」
「うん。元気。機嫌も良くなった」
「そっかぁ。良かった。さて、用意して、朝ご飯かな?」
「じゃあ、外で待っているよ」
リズに声をかけて、テントの外に出る。洗濯場所で敷布を石鹸で洗って干す頃には、リズも用意が済んで出てくる。
ほとんど消えかけた焚火跡を囲み、朝ご飯となる。
「塩作りは最終工程まで進んだから、後は確認だけかな。今日は人魚さんの炊きだしに回るよ」
そう言うと、皆が頷く。
「でも、ヒロ、ずっと働きづめだし、少し休んだら?」
「働くって言っても、火の番だけだし。人魚さんが喜ぶ顔が見たいかな」
そう言うと、リズが苦笑を浮かべる。
「うん。ヒロらしいよ。じゃあ、準備はしておくから、忙しそうな所を手伝って欲しいな」
リズがストレートに要望を投げてくれる。こう言う仲は本当に嬉しい。頼ってもらえてる気がする。
「分かった。朝は塩の様子を見て、昼から手伝うね」
その後は今日の炊きだしの打ち合わせをしながら、朝ご飯を終える。
私はカビアと一緒に製塩所に向かう。入り口前で村長と合流し、中に入ると、頭を始めとする作業員が揃っていた。
「今日は結果の確認からしようか」
塩床に向かうと、表面はにがりが落ちて乾燥していた。結晶を割り砕き、乳鉢で擦る。これ水車を使って、石臼か何かで細かく砕く環境作ろう。面倒臭い。
十分に粉末状になったところで小指の先を押し当てて、口に含む。舌先にぴりっと感じる塩辛さと、豊かなうまみ。日本で良く買っていた、高級塩と同じ、あの味だ……。
カビアや村長、頭、作業員に差し出す。皆、小指を当てて口に含む。味を感じた瞬間、はっとした顔になる。
「これは……塩……ですよね。これ自体に味を感じる」
頭が絞り出すように呟く。
「味と言うか、美味しいと言う感覚だけが強く感じます」
カビアが冷静に評価する。
「海水塩と言えば、苦くてえぐいと言う評価でしたが……。これ程の物ですか……。岩塩にはこの豊かな味は有りません……。売れますな」
村長がこちらを向き、しっかりと頷く。私も頷きを返す。
「岩塩は長い年月でこの美味しい部分が削り落とされた物だよ。塩の辛さは有るが、美味しさは無い。海水塩は工程さえ間違えなければ、この美味しさを保ったまま塩として成り立つ。君達がこれから作るのはこの美味しい塩だ。岩塩など、敵と考えるな。私達の塩こそ、世界に愛される塩となるのだから」
皆に向かって力強く告げる。ここで自信を持って、立ち向かってもらわなくては困る。これから塩ギルドとの戦いが始まる。塩の専売なんて、歴史上汚職の温床だ。そんな所に喧嘩を売るんだ。生半可な覚悟では対処出来ないだろう。だからこそ、作業員、いや職人の皆には自信を持って前に進んで欲しい。自分達が世界の最高を作り上げる。その意志と誇りを持って、塩を作って欲しい。
その意気込みを感じてくれたのか、頭と職人達が真っ直ぐな目でこちらを見返してくる。
「分かりました。これより我々は、国で最高の、いや、世界で最高の塩を作り続けます!!」
頭がそう叫び深々と目礼をする。後ろの職人達も合わせるように目礼をしてくる。
「信じているとも。君達は後世にこう記されるだろう。世界で一番美味しい塩を作り続けた者達ってね。歴史に名を残そうじゃないか」
そう言うと、ふわっと熱気を感じる。あぁ、職人の技が後世で称えられるのは、やはり誇りか。こればかりは、どの世界でも一緒だ。だからこそ、信じられる。だからこそ、任せられる。
「さぁ、始めよう。寝かした分の本焚きと荒焚き。一度その目で見たんだ。根性入れて品質合わせてくれよ!!」
「はい!!」
皆が唱和し、作業が始まる。さぁ、ここから始めよう。