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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第400話 本焚きと塩の花、そして塩の出来上がりとにがり落とし

 テントの外がほの明るく、ふと目が覚める。寝る時間が早かったので起きられたが、この疲労感だと寝過ごしていた可能性も有る。塩作りは体力がいる。太陽は薄雲に覆われて、気温は少しだけ低め。三月二十七日は薄曇り。皆、先に目を覚まして、朝ご飯の準備を始めているようだ。リズが起きたのも気付かなかった。獲物は昨日の夕方、リズとロッサが鹿を仕留めていたので、それをソテーにする。昨日の晩、今朝続けてタロとヒメはモツが食べられて大満足のようだ。


『おおきいの、くるの?』


『おおきいの、すき』


 二匹共、虎さんが気に入ったようだけど、虎さんはどうなんだろう。海魚が食べたければ、入り江の方に来るはずだけど。

 仲間達は、人魚さんへの料理の準備を始める。リズとロッサは今日も鳥を狩りに走って行った。タロとヒメは皆に任せる。


 私は、本焚きに向かう。製塩所の方では、既に作業員の人が薪の準備等を終わらせてくれていた。


「おはようございます。用意の方ありがとうございます」


 そう声をかけると目礼が返ってくる。


「領主様にはいつもお世話になっておりますので。せめてこれだけでもと」


 そう言いながら、火の準備を始める。


「では、ここから約十六時間。頑張って、焚きます。並行して、荒炊きの方はお願いします」


 私は本焚きの方に付きっ切りになる。荒焚きは昨日、一昨日の経験者に任せる。私と一番の年配者で本焚きを進める。この年配者が作業員の(かしら)になる予定だ。一緒に細かい説明を進めていく。ただ、序盤に大きな動きは無い。本格的に動き始めるのは十時間を超えてからだろうと見ている。


 濾過槽からはもう滴下していない。若干赤茶けた海水を確認し、火にかける。暫く待つと、沸々と気泡が上がり徐々にぼこっぼこっと大きな泡になる。この辺りを維持し続ければ良いか。火を均して温度の調整をしていく。熱し過ぎると、塩が不味くなるとは聞いているので、少し温度が低いくらいを目指す。


 荒焚きと本焚き双方の熱気が部屋に籠もり、流石に窓を開けた。温度調整とか言っていられる余裕は無い。熱で死ねる。窓際に立ち、爽やかで涼やかな空気に喘ぐ。広めに設計したが一回熱が籠もり始めたら、少々広くても関係無い。工場レベルのサイズなら換気扇程度でどうとでもなるかも知れないが、こんなの無理だ。それぞれ、時間を決めて、順番に立ち替わり、薪をくべていく。この時間から始めれば、荒焚きは昼までには終わる。そのタイミングでお昼かな。でも、湿度と温度の所為で若干バテ気味だ。周囲の作業員に聞いてみるが、食事等は普段通り取れているようだ。ロスティー領からの人間が殆どで皆、暑さに慣れていない筈だが、冬の厳しさを経験しているとこの南国が天国のように思えるらしい。暖かい。それだけで幸せなようだ。

 窓を開けても、延々釜から上がる蒸気と竈の熱で汗だくになりながら火の調整を続ける。荒焚きの方も確認しながら、火の調子が強ければ、薪を抜いたりしながら昼までこの地獄を続ける。


「そう言えば、うちのが昼をお世話になりまして、ありがとうございます」


 雑談をしていた頭が唐突に礼を言ってくる。


「ん? ごめんなさい。話が見えない」


「人魚の娘です。昨日はお昼をご馳走になったそうで。油で揚げた物? ですか。それをえらく気に入ったようで」


 んん?この人、あれか、人魚の旦那さんか!!


「なるほど。婚約の腕輪が早く欲しいと聞いていましたが。お頭さんもですか?」


「はは。そんな話が出ていましたか。はい。まだ出来立ての村なので気の利いた雑貨屋も有りません。私も始めは、あんな娘っ子がいるなんて。思いもしませんでした。同じ領民だと聞いて、驚きました。でも魚を持って来てもらって、一緒に過ごしている内に、一緒になるのも良いかなと。領主様に話すのもあれですが、ここぁ、給料が良いですから。嫁一人くらいは全然支えられます。なので、決心しました」


「そうですか……。それは嬉しいです。同じ領民として仲良くなってもらえればと思っていましたが、こうやって実際の例を見る事が出来て幸せです」


「はは。ちょっと恥ずかしいですが。それでも、添い遂げるとは決めました。なので、嫁が嬉しそうに話す姿が眩しくてね。その眩しい笑顔を下さった領主様には感謝なんです」


 少しだけ恥ずかし気に、ちょっとだけ誇らしげに頭が言う。そんな話をしていると荒焚きの人間も混じってきて、結婚談議になった。どうも、他の二人も意中の人間がいるらしい。人魚さんも積極攻勢を仕掛けているらしく、ちょこちょこと魚を持って行っては一緒に食べているらしい。材料を持ち込んで、料理を教えてもらうと言うのがこの村の婚活になるのは間違いなさそうだ。皆、嬉しそうに笑っているのを見ると、本当に幸せになる。


 そんな雑談を交えながら、荒焚きの方が完了になる。しかし、かん水槽を見ていると、かなりの量の海水が停滞している。一日以上経ったかん水はそのまま廃棄している。この規模の枝条架なら九ラインか十二ラインを並行して運用可能だ。人員増と設備の増設が急務だな。今回の塩の実物をノーウェに持ち込んで合否を判断してもらい、問題無ければ増設だな。日産一トンあたりがまずの目標かな。日本の塩の消費量も大体一人年間十キログラム程度だ。三万五千人は賄える。枝条架そのものを増やして、生産量を増やしても良い。排出するのは木灰とにがりだけだ。にがりはそのまま海に廃棄可能だし、木灰は畑に石灰の代わりに撒ける。

 この辺はノーウェと相談だな。塩ギルドを向こうに戦うなら、十棟ではちょっと足りないかな。ただ、輸出は十分可能な量になる。一旦その辺りで生産を止めて東の国に流すか……。


 考え事をしながら火の調整をしていると荒焚きの二人がこちらに向かってくる。後片付けも終わったようだ。


「領主様、お昼に行って下さい。こちらは三人で回します」


 にこやかにそう言ってくれるので、甘える事にする。扉を開けると別世界のように涼しい。太陽は薄曇りのままで今日はそこまで気温は上がっていない。それでも春と言うより初夏くらいの気温は有る。


 入り江に向かうとやはり列が出来ている。揚げ物は人気のようなので、海鮮焼きで良いかなと、鉄板の前の列に並ぶ。


「ティアナ調子はどう?」


 列が進み、最前列まで来たので、料理をしているティアナに聞いてみる。


「忙しいわね。でも、料理人になれそうな気分よ。大分上達もしたわ」


 苦笑を浮かべながら、皿に海鮮焼きを盛ってくれる。村のパン焼きギルドもこちらに在庫を回してくれているので、そこでパンを貰って一緒に食べる。

 確かに強火でざっと炒めてから、弱火でじっくりと焼き上げる。海産物は縮まずふっくら仕上がっているし、鳥も瑞々しい。はは、ティアナも立派な料理人だな。そんな事を考えながら、エビのぷりぷり感に舌鼓を打つ。パンも若干塩気の有るパンで海鮮焼きと合う。水分が欲しくなるかなと思ったが、海鮮焼きそのものが瑞々しくそこまでスープが欲しいとも思わなかった。ティアナには感謝だな。


 昼ご飯を終えて、製塩所に戻ると入れ替わりで頭が昼に出て行く。奥さんと一緒に入り江のご飯を食べるのを楽しみにしていたようだ。他の二人も意中の人間と約束しているらしい。何か羨ましい。羨ましいと言うと、別嬪の奥さん捕まえて何を言うかと返された。まぁ、その通りなので何も言えない。でも、偶にはゆっくりとデートもしたいし、昼食を一緒に食べたいと言うのは有る。


 そんな感じで、皆が昼食を食べ終わり、気合を入れ直して、火の調整を続ける。日が沈みそろそろ十二時間が経つが変化は無い。ただ、水分量はかなり減ってはきている。釜の周囲には蒸発する際にこびり付く塩が有るので大体の減った量は目に見える。日が沈み、暫く経った頃だろうか、白い、もろもろとしたものが浮き始める。


「皆、結晶化し始めた。塩だよ」


 四人で釜の中を覗き込む。初めは見つけるのも大変だった結晶はどんどんと増えて行き、表面を覆うようにぼこぼこと丸く膨らむ。


「これは……壮観ですね……。これが海水塩ですか」


 頭が呆然と呟く。


「まだ、早い。ここはまだ初めの変化。ここから徐々に変化していくから、注意して見ていて」


 時間が経つにつれて、ボールのようにぼこぼことしていた表面が、花のように模様を描く。


「この花みたいな模様になったら、もう少し……」


「綺麗……ですな」


「はは。塩の花なんて言われるしね。さて、ここからは火加減に注意して。ここで失敗したら最悪だよ」


 今まで以上に細心の苦労をしながら、火加減を調整し続ける。ここまで全くの手探りだ。でも、ここまで来た。後は仕上がりを待つ……。


 そこから、もう暫く焚いていると、結晶が大きくなり、形が維持されるようになる。花のような複雑な模様が無くなり、盛り上がって弾けてそのまま固まる。尖がった山の様になる。


「これ、この尖がった山みたいになったら、完成! 火を掻き出して。余熱で三十分程乾かす!」


 皆に指示を出し、竈の火を掻き出して消火する。

 釜の熱で沸々と塩の山が立ち上がり、崩れるを繰り返しながら、蒸気を上げて、少しずつ落ち着いてくる。


 時計を見て三十分が経過したのを見て、塩の回収を始める。釜の蒸気は薄く立ち上るだけになる。釜自体はまだ熱を持っているので、注意しながら桶に塩を掻き集めて布を敷いた塩床に移す。下は大きなタライになっていてにがりを回収出来る。大豆が生産出来たら、にがりを持ち帰って豆腐も良いかな。それまでは温泉宿で化粧水として使ってもらおう。

 塩床に移し終わって、皆でほっと一息をつく。


「どうだった、塩作りは?」


 燭台に点されたろうそくの明かりの中、熱に浮かされたような三人の顔を覗き込む。


「感動しました。生き物のように変化するその様は美しい……。本当に、尊い仕事だと感じます」


 頭が代表して答える。他の二人も激しく頷く。


「良かった。誇ってもらえる仕事だよ。これから、塩はここで大量に作られ、町に、国に、世界に広まっていく。それを担うのが君達だ。これからもよろしく頼む」


 そう言って、頭を下げると、皆が感激した面持ちで、何かを堪える。若い二人は泣いていた。自分の仕事の結果が世界につながる。職人冥利だよね。


「領主様、後片付けはお任せ下さい。もう時間も遅いです。お戻り下さい」


 頭がそう言ってくれるので甘える。


 ランタンを片手にテントの方に戻ると、前番のリズが焚火の前で待っていてくれた。


「お疲れ様。終わった?」


「うん。第一回目の塩作りは終了。疲れたー」


「ふふ。すごく嬉しそう。あ、食事まだでしょ。用意するね」


 そう言うと、リズが焼いた鹿肉を串に刺し、焚火の遠火で温め直してくれる。


「タロとヒメは?」


「ご飯も食べた。今日はヒロがいないから、お風呂無しって分かったら寂しそうに寝てる。明日構ってあげて」


「そっか。寂しい思いさせちゃったね」


「夕方は散歩に連れて行ったから、喜んでいたけど。虎も来ていたわよ。人魚の人に魚を貰って喜んで食べてたよ」


 あぁ、虎さん、今日も来てくれたのか。仲良くやってくれるならありがたい。


「リズ、お湯入れるから、お風呂入る?」


「良いの?」


「どうせ食事は温めるだけだし、前番でしょ。私が見ているから、入っておいで」


「嬉しい、ありがとう」


 そう言うと、花が咲くように笑顔を浮かべる。焚火に照らされて、幻想的に感じる。

 もう馴染んだと思ったけど、まだまだ新鮮な一面って有るものだなと思いながら、樽を用意して、お湯を生む。


「ん。準備終わった。入っておいで。その間に食事食べておく」


「はーい」


 そう言って、リズがテントに荷物を取りに行くのを見送りながら、食事を進める。流石に一回焼いた鹿を温め直した物は硬かった。けど、噛めば噛む程味が出てきて、これはこれで美味しいのかなとパンと一緒に頬張る。食事を食べ終わる頃にリズが戻ってくる。


「ありがとう、ヒロ。代わるわ。お風呂入って寝ちゃったら。遅かったし、疲れたでしょ」


「うん。そうする。先に寝るね。番、大変だけど頑張って。それじゃ」


 テントに戻ると、タロとヒメが寝ている。最近暑くてちょっと距離が空いていたのに、寂しかったのか寄り添い合っている。悪い事しちゃったなと思いながら、下着と服を取り出す。


 樽のお湯を入れ替えて、頭と体を洗う。もう汗だくで、服を脱ぐのも億劫だった。


 湯に浸かり、塩作りに思いを馳せる。昔、製塩所で見た、昔ながらの塩作りの状況、そのままだった。これで海水塩は出来た。味見は明日だが、一旦は区切りが付いた。

 しかし、システムエンジニアが塩作りか……。改めて現実を思い直して笑いが込み上げてくる。今まで散々色々やってきたが、こう言う原始的な作業をやっていると本当に人間の営みってやつを肌で感じる。塩の変化は美しかった。うん、感動した。やっぱり作業って楽しいな。ぱしゃっと顔をお湯で洗い、汗を流す。

 さて、にがり落としに四日程度か。一回目の生産品は持ち帰って、各所へとばら撒いて調整だな。アレクトリアは喜びそうだな。そう思うと、苦笑が浮かぶ。


 考え事をしていると、茹りそうになったので、樽から出て、後片付けをする。ほこほこ状態を、風に晒してある程度汗が引いてから、テントに戻る。


 布団に潜りこみ、明日の味見が楽しみだな。そんな事を考えながら、意識を手放した。

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