第396話 虎さんが到着して、仲良くなりました
差し込む太陽光に目を刺し貫かれ、うっと思いながら、細く目を開ける。テントの隙間から、太陽が差し込んでいる。それが丁度瞼に当たる角度だったらしい。起き上がろうと手をついた瞬間、掌と指の筋肉から、嫌な痛みが走る。うわぁ……。筋肉痛だ。流石に日常的に使っている筋肉だけあって、タイムラグ無く、きちんと翌日にやってくる。これ物を持てるのかな?
痛みと戦いながら、テントを開けると徐々に太陽が昇ってくるところだった。三月二十七日は晴れかな。雲は見えない。
今日はそろそろ虎さんが到着する頃だ。地面にいててと思いながら手をつき、何とか立ち上がる。掌を開閉するだけで痛い。これ、一日、二日で治るのかな……。
リズは幸せそうな寝顔なのでそのまま放置する。タロとヒメも一緒にぐっすり寝ている。ただ、南の方に来て暑いのか、両者の距離が離れているのはちょっと面白い。日が落ちた後の夜はそこそこ涼しくなるのでくっついているのだが、徐々に離れていくのがちょっと面白い。もう一、二か月もすれば毛が抜けるのかな。ふわふわもこもこが夏毛に変わってしまう。もうちょっと硬い毛に変わるのはちょっとだけ寂しいけど、成長の表れなので良いだろう。
テントの外に出て、後番のティアナに手を振る。
「おはよう、ティアナ。ちょっと出てくるよ」
「おはよう、リーダー。出て来るって、何か有ったのかしら?」
「前に襲ってきた虎がいたでしょ。あれがそろそろ近くまで来ている筈だから迎えに行かないと」
「あぁ……。いたわね。意思疎通出来るのは信じているのだけど、ここまで結構な距離が有るわよ? 迷わず来られるのかしら」
「んー。道の概念は分かっているみたいだったから。後は自分の匂いの無い方向に進むだけだし、大丈夫そうだったよ」
「リーダー……。やっぱり貴方といると少し常識が崩れるわ……。動物と意思疎通が出来る人は今までも見かけたけど、もう少し曖昧模糊としているか、指示を出すだけの人ばかりだったわよ」
「タロとヒメで慣れちゃったからね。他の人も慣れていけば大丈夫な筈だけど」
「そう……。私はその感覚が分からないから何とも言えないわ……。ありがとう、もう行くのかしら?」
少し疲れた顔でティアナが言う。スキル回りは個々人で感覚が全く違う。ティアナの『警戒』だって、他の人の感じ方とは違う物だ。それが本人も分かっているので、若干諦めた感じなのはしょうがないかなと。
「レイがいないと見つけきれない気がするから、付いてきてもらおうかなって。ついでに馬車借りるね。流石に歩くには遠いから」
「いってらっしゃい。あぁ、後、あの干している魚は朝で良いのよね? どうやって調理したら良いの?」
「一夜干しだから、強火で全体を炙ってから、少し火から遠ざけて皮の方を焼いてくれれば大丈夫。身の方がふつふつしたら焼けた合図だから」
「分かったわ。用意はしておくわね」
「焼き立てじゃ無くても美味しいから、焼いておいてもらって構わないし、先に食べておいて欲しいかな」
「朝の用意はリズとチャットね。伝えておくわ。スープも流石に朝で無くなりそうだわね」
「足が早い材料を使っているから、早めに食べ終わりたいかも。じゃあ、後よろしく」
手を挙げると、ティアナも手を挙げ返してくる。
馬車に向かい、声をかけるとレイは既に起きて支度をしていたようだ。
「男爵様。お待たせ致しました。何かご用件ですか?」
完璧な装いで、寝起きを感じさせない姿を見せるレイ。と言うか、本当に執事とかにならないかな。軍人さんなので、キビキビしているし、用意も早い。機転も利く。勿体無い、勿体無い。
「虎さんがそろそろ到着するかなって。馬車で送って欲しいのと、探し出して欲しい。私だと、探索範囲外だと思うから」
「あぁ、なるほど。そうですね。夜間移動を繰り返していれば、そろそろ到着の予定ですね。分かりました。お乗り下さい。馬の準備はもう済ませております」
どんだけ早く起きて、準備しているんだよ……。朝起きてすぐに何か起きても馬車で出られるのを想定しているのか……。早い……早すぎる。
若干呆れを浮かべながら、馬車に乗り込む。レイの声の後に緩やかに馬車が進みだす。
「道の外れ辺りでよろしいですか?」
「うん、虎さん、道は理解出来るけど、そこまでしか分からないらしいから。その辺りで待っていると思う」
「分かりました。その辺りまで来たら、探索しましょう」
レイが、そう言いながら、馬車を走らせる。村を出て、平地を抜けて林の道が見えてきた辺りでレイが声をあげる。
「それらしい反応を確認しました。あちらですね」
馬車が若干方向をずらし、林の方に向かい、緩やかに停車する。
「あちらの方向ですね。うとうとしているのか、動きは無いです。夜通し歩いてきたのでしょう」
虎さん、夜行性だし、おねむかな。
「とらさーん!!」
叫ぶと、若干遠方で咆哮が聞こえる。気付いてくれたかな。そう思っていると、こちらの『警戒』にも引っかかる。だーっと接近してきて、しがみついてくる。待って、三メートル。無理、腰折れちゃう。筋肉痛の掌で何とか支えて、痛みに悲鳴を上げそうになりながら、喉や耳の裏を掻いてあげる。
『迷わなかった?』
『馴致』で聞いてみると、やはり遠かったらしい。ただ、獲物も途中で補給を出来たし、水場も確保しながら移動して来たので、特に問題は無いらしい。と言うか、暖かいのでご機嫌のようだ。
『指示が無い限り、獲物でも襲ったら駄目だけど、きちんと守れる?』
そう聞くと、ガウと答えが返ってくる。肯定らしい。
馬達も前回で慣れているので、何の乱れも無い。そのまま馬車に乗り込み走り出すと、虎さんがとことこと着いてくる。ちょっと可愛い。
そのまま村の門衛に事情を説明し、テントの方まで向かう。
皆も起き出して、朝食の準備が始まっている。虎さんに聞いてみると昨晩大物をゲットしたらしくお腹は満ちているので大丈夫との事で、その場で伏せる。
準備の邪魔をするのも問題なので、取り敢えずタロとヒメにも慣れてもらおうかと二匹を起こして抱き上げる。周辺の臭いを敏感に感じて怯えているのか小さく震えて抱きかかえている腕にがしっと前脚をロックしてくる。虎さんの近くに置いてみると、キャンキャンウォフウォフと鳴いて威嚇するが、虎さんは泰然自若と構えてのほほんとしている。
『安全だよ?』
『まま、大きいの。近付くの?』
『ぱぱ、近付いてみる』
じりじりと二匹が連携して、何かが有った時は逃げられるように腰を引いて接近する。虎さんが二匹の方を向くと、一気に後退るが、またじりじりと接近する。
遂に触れる距離まで到着し、クンクンと嗅ぎ始める。虎さんはくすぐったそうに頭を揺らし、二匹をぺろっと舐める。
『まま、大きいの!!舐めたの!!』
『ぱぱ、大丈夫!!』
どうも何かの情報交換が有ったのか、タロとヒメが周囲を回りながら、クンクンと嗅いで、最終的には虎さんのお腹の辺りで二匹が丸まる。虎さんもそれを囲むように大きく丸まる。
『まま!!温いの!!』
『大きい、温かい……』
親の温かさを知らずに育った二匹なので、こう、温かいもこもこに包まれる経験が無い。どうもそれが嬉しいらしく一気に仲良しになった。虎さん的には子犬がじゃれついているだけなので、どうも思っていないし、私が大切にしていると分かっているので、怪我をさせないように気を遣ってくれている。
ふにゅっとした顔で二匹が虎さんに体を預けて、虎さんがそれを支える。うん、仲良くなったなら良いかな。そう思っていると、魚の焼ける暴力的なまでの美味しそうな香りが漂ってきた。グジの一夜干しとか久々だ。しかもかなりの大物で脂もきときとしていた。
仲良くなった虎さんと二匹はそのまま交流を続けてもらうとして、私は朝ご飯に向かう。さて、お箸使えるのかなぁ……?