第395話 荒焚きが完了しましたので、寝かしながら並行して別を荒焚きです
村長に塩焚き担当の二名を呼んでもらい、軽く挨拶を交わす。
「じゃあ、これから製塩の前段階の荒焚きと言う作業を行います。これは灰汁の元になる目に見えない生物を殺して除去するなど、塩作りの手前で必要な工程です。塩の量が少なければ時間も短いのですが量産と言う事になりますので、まずは六時間は釜の前で火の番をする必要が有ります」
そう言うと、担当の二人が頷く。ただ、あまり状況が飲み込めていない気もする。
「では、交代頻度はお任せします。まずはかん水槽から、水を釜に満たして下さい」
指示に沿って、二人が桶で釜に濃くなった海水を注いでいく。釜に濃くなった塩水が満たされた段階で、薪に火を入れる。
「釜全体に均等に火が回るように注意して下さい。沸騰するギリギリ程度の火加減を見極めて下さい。あまり薪を大量に投入しても熱が上がり過ぎます。表面に大きな泡が上がる程度で維持して下さい」
暫くの間は何の変化も無かったが、次第に小さな泡が浮いてきて、沸騰を始める。ごぽっごぽっと言う大きな泡が浮くようになった状態で、薪を均してもらってこの状態を維持してもらう。
沸騰を続けていると、灰汁が上がってくる。
「この灰汁が雑味の元になります。後でろ過しますが、極力掬って取り出して下さい。直接味に関わってきます」
そう言いながら、巨大な木べらで灰汁を薄く掬う。ピザ窯にピザを入れそうなサイズのへらだ。直径二メートルも有る釜の中心を掬うので、どうしても長くなる。二人も初めは四苦八苦していたがどうにか慣れて、灰汁を薄く掬い始める。
そのままの火力を維持していると、徐々に海水が赤みががってくる。流石に三時間も四時間も火の前にいると汗だくだ。あまり火の状況を間近で見るのも目に悪そうなので、三人で交代して行う。
赤みはどんどんと増し、六時間近くなると、溶岩のように赤みががった液体がごぽごぽと煮えたぎる。六時間が経ち、適宜水分は補給していたが、汗が噴出する中で荒焚きが終わる。
「ご苦労様です。後はこのまま一日寝かします。次が本焚きです。こちらは同じ工程で約十六時間焚きます。後半はちょっとした変化にも気を配る必要が有りますので、頑張りましょう」
竈の前で肩で息をしながらへばっている二人に声をかけて、製塩所を出る。
料理の準備で手を酷使しての釜焚きだ。正直、もうへとへとで動きたくない。途中でカビア経由で仲間達に夕ご飯の時間を調整してもらったが、流石に疲れた。
テントの方に戻ると、丁度ご飯が出来たところのようだ。リズとロッサが協力して鹿を仕留めたようで串焼きと村のパン窯で焼いてもらったパン、それに昼のスープを温め直した物が夕ご飯となる。
スープを匙で掬い口に入れた瞬間、強烈なエビの香りが口の中を襲う。その後に雑多な魚介の香りとうまみに変化する。エビガラは日本でもラーメンでよく食べていた。新千歳空港に行くと毎回行っているラーメン屋も有った程度にはエビは好きだ。中に入れた雑魚も炊いた時間と寝かした時間で味が染み込み、骨も大分柔らかくなっている。太い骨だけを吐き出して、細かい骨は気にせず食べていく。でもここにトマトを入れるともっと美味しそうだなと贅沢な事を考える。トマトは有るようなので、苗を分けてもらって『リザティア』の畑には植えた。あれが出来上がると、イタリアン全般に挑戦出来るようになる。生のトマトは輸送の問題も有って『リザティア』までは届かない。東の森を探せば有りそうなのだが、ロスティー依頼の報告書には記載が無かった。植生に関しては主な物しか記載されていないので、確たる事は言えない。その辺り、もう少し細かい調査をお願いしたいなとは思っている。
スープは量を作ったので明日の朝も食べられる。また冷えたら、氷で冷やしておこう。
「ヒロ、凄い汗だけど、大丈夫なの?」
「ん? あぁ、ずっと火の前にいたから汗をかいているだけ。一日休んで、明後日は本格的に今日の三倍は焚かないと駄目だから。その時は今回の比じゃ無いかも」
ぐっしょり濡れた服の色地の部分に白い塩が吹いている。洗濯しないと駄目かなと思い、空を見上げると、雲一つない。夜の内に洗濯しておこう。
ふっとスープを掬っていた匙を取りこぼす。あぁ……。素人が包丁を握り過ぎたのと、延々天ぷらを揚げ続けたのが出てきたのか、上手く力が入らない。
「ヒロ……本当に大丈夫?」
「あは。流石に手はかなり疲れているかも。大丈夫だけど、明日は筋肉痛かな」
魚を捌いて、天ぷらを揚げて筋肉痛と言うのも中々に格好悪い。
すると、リズが匙を取ってあーんとしてくれる。あぁ、幸せだなと思いながら、食事を進める。
タロとヒメは獲ってきた鹿の肉とモツをたっぷりもらってご機嫌だ。人魚の子供達ともたっぷり遊べてストレスも無い。取って来いの連続で運動も十分だろう。
食事が終わり、お風呂の時間となる。手が上手く動かないので、リズに手伝ってもらいながら皆のお風呂を済ませる。
「じゃあ、ヒロ、上がったら教えてね。後片付けはするから」
気を遣ってか、リズがそう声をかけてくれる。服を脱ぎ、体を洗うのも結構大変だった。手に力が入らないと言うのも不便な物だ。昔、剣道を習いたての頃は竹刀を振り過ぎて何も持てなくなる事は有ったが、大人になってからは初めてじゃないかな。
樽に浸かり、ぼけーっと考える。天ぷらを始めとした料理は人魚さんに喜んでもらえた。また、トドみたいになっていたけど。明日は海鮮焼きが中心かな。天ぷらはちょっと勘弁して欲しい。下拵えが大変だ。この時期ならマダイが上がる筈だから、あれを天ぷらにするとかの方が楽だ。筋肉痛で明日は使い物にならないだろうから、それでお願いしたい。
塩作りはこれから、荒焚きで一日寝かしている間に他を荒焚き、その次の日に荒焚きと本焚きのサイクルで回していけば延々塩は生産し続けられる。塩床は七カ所分を作っているので溢れる事も無いだろう。大体四、五日でにがりは抜ける。最後に天日で干して完成かな。んー。予定だと二、三日の予定だったけど、完成までは見た方が良さそうな気がしてきた。資材運搬の便は行きかっているので、それに手紙を渡しておこう。
後、予定なら、明日の朝には虎さんが到着する筈だ。出迎えてあげないと。
そんな事を考えていると、茹ってきたので、樽を出る。出ようとした時に縁に手をかけたが、力が入らず、滑りそうになったのは内緒だ。
リズを呼んで、樽の後片付けと洗濯をお願いする。ごめんねと告げたが、手伝えるのが嬉しいと返ってきた。何でも自分でしちゃうので、それが不満な部分も有るらしい。なるべくリズに頼った方が良いのかなと考える。
さっぱりして、テントに戻ると、タロとヒメは先に寝ていた。昼間、はしゃいだので疲れたのかな。
「ヒロ、手を出して。揉んであげる。少しでも違うかもしれないから」
そう言ってリズが手を差し出してくるので、揉んでもらう。少しだけ筋肉痛が出始めた手を柔らかく揉んでもらうのは痛気持ち良い。
布団の中でリズの手の感触を感じながら、いつしかうとうとと眠りに落ちていた。