第394話 塩作りへの第一歩
「カビア、鳩に持たす通信文の方はどうかな?」
「はい。頂いた内容を元に完成しております。後は村長の許可を貰って送付ですね」
人魚さんのトドは人魚さんの残りのメンバーが介抱している。子供達は元々そこまで食べられないので既に回復して、タロとヒメが鳥のモツを食べるのを興味深げに見ている。
仲間達は、レイが介抱しているがもう少しで起き上がる事が出来るだろう。
スープはこの温度で置いておくと傷みそうなので、ある程度冷えたら、氷で冷やしておく事にした。
「緊急用の鳩は貸してもらえるのかなぁ……。村の緊急事態では無いけど」
「男爵様……。男爵様が襲撃されると言うのは村の緊急事態より、緊急度が高いです。そこはご心配なく」
カビアがティアナを介抱しながら、苦笑し答えてくれる。
「どのくらい遅くなるって伝えてくれたのかな?」
「男爵様の事ですから。昼下がり頃でと話はしておりますので、まだまだ大丈夫です」
カビアが若干呆れが混じった顔で伝えてくる。そんなに信用が無いのかな。
「こう言う皆が喜ぶ行事では男爵様は張り切りますから。結果は見えております。人魚の方々との交流にもなるので、村長からも何卒よろしくとはお話を頂いております」
ふむ。確かにトドになるまでは食べてもらうつもりで計画して量を作ったのでその評価は正しいか。何と言うか、関西のおばちゃん気質なのか満腹になるまで食べさせたい。満足させたい。
「こ……このような姿勢で失礼致します。こ……今回も、過大な対応を賜りまして……。ありがとうございます……」
ベルヘミア満腹状態で跳ねられないのかコロコロ転がって来て、御礼を述べてくる。
「いえ。喜んで頂いて何よりです。子供達の笑顔は何ものにも代えがたいですから」
「前の時から、領主様はいつ来られるのかと楽しみにしていましたから。しかし、予想を遥かに超えました。美味しかったですし、驚きました。あのような料理が有るとは」
単純な焼き料理、煮炊きは村の方でもやっているだろう。でも天ぷらとか変化球は無いだろうし。
「郷里の料理です。物珍しいかと思いまして。ただ油を多用しているので、少し胸やけがするかもですが」
ただ、天ぷら自体が当たった数はそう多く無い。サヨリ三枚とエビ二本程度だろう。結構頑張って下拵えして揚げたけど、この人数の前には無力だった。
「美味しさの前には少々の胸やけは問題では無いかと思います。それにそれ程辛いと言う気もしません。どちらかと言うと、海鮮焼きを大量に頂いたので、満腹の方が強いです」
ベルヘミアが微笑みながら答える。確かにそこまで胸やけはしていないかな。食べた量が量だし、気にする程でも無いかな。油はまだ在庫が有る。残りの人魚さん達にも食べてもらえる。卵の確保だけが心配かな。
「じゃあ、人魚の方々の面倒は見て頂けますか」
ベルヘミアに声をかけてから、仲間の元に向かう。
「レイ、皆の状況は?」
「まぁ、毎度の食べ過ぎですので問題は無いかと。四半時も休めば回復するでしょう」
「分かった。村長の所で製塩作業の指導が有る。そっちを処理してくる。皆は回復したら、訓練でもしておいて。草がいるから護衛は不要だろうし。スープだけはあそこに氷を出しているから、ある程度冷えたら、氷水の中で冷やして欲しいかな。エビガラを使っているから、この暖かさだと傷みそう」
「分かりました。出来れば護衛に付きたいですが男爵様のお力なら、必要も無いですか……。はい、こちらの対応を優先致します。カビア、何か有れば対応を頼む。最低限の要人警護は覚えているな?」
「はい。少なくとも初撃に関しては盾になります」
はぁぁ……。SPじゃないんだから、そんな事しなくても良いのに。『警戒』が有るし、『隠身』が有っても至近で動かれれば反応は出来る。反応が出来ると言う事はシミュレーターで撃ち抜けると言う事と同義だ。そこまで習熟はしてきた。遠距離射撃は確認不可能だが、現状銃でも無い限り、無理だ。ロングボウは開発されていないのは分かったし、クロスボウが比較的危険だが、殺傷距離は私の『警戒』の範囲内なので、特には気にしていない。将来『隠身』持ちが持つようになると脅威だが、現状ではロッサの一基だけが現物だし、考えるだけ無駄だ。
「その辺は自分でどうにかするから気にしなくて良いよ。んじゃ、カビア。案内を頼むね」
「男爵様、守り甲斐が無いです」
カビアが苦笑しながら、先導する。
入り江からある程度歩き、入り江側の入り口から村に入る。村長宅に向かうと、向こうも食事は済ませているようだ。
「おぉ、男爵様。人魚の方々へご対応頂きまして、感謝致します」
「まぁ、趣味みたいなものですから、お気になさらず。カビア、例の件」
「はい」
先に嫌な事、面倒な事を済ませておく。
「なんと、そのような事が……。昨日お話を頂ければよかったですのに」
「いや、昨日だと書面が間に合わなかったので。後は襲撃が杜撰な為、村まで影響を考慮する必要が無かったですし、無用な心配になりかねないからです。諜報の方に異常は無いですよね?」
「はい。昼の点呼の時点で全員の確認は済んでおりますし、特に問題も発生しておりません。あ、虎ですか? あの件は伝えておりますので必要以上には近付かないように話はしております」
村長が答える。
「分かりました。では製塩の方、始めましょうか」
そう言うと、村長が塩田の方に誘導してくれる。
海から海水桶に人力で海水を貯めて、第一流下盤を経由する。そのままある程度蒸発した海水が中間桶に貯まり、それを第二流下盤を通る。流下盤を通す時は水門の開閉で適量を全体的に薄く流せるようにしている。循環槽に濃い海水が流れたらジョウロで枝条架に振りかけて滴下させる。ここの調整で塩分濃度を上げて室内のかん水槽に導く。
雨の際にはかん水槽への流入は水門で防ぐし、中間桶、循環槽は勾配をかけているので、そのまま海に排水も出来る。
「こちらが昨日、本日分のかん水槽の物です」
結構大きなプールに水が揺れている。小さなお玉を土魔術で作り、掬って舐めてみる。かなり塩分濃度は上がっている。枝条架で周回させている分塩分濃度も高い。ただ、にがりが強いのと灰汁がきつくて渋い。
「物としては十分ですね。製塩してもかなりの量が取れます。ちなみに、現状で製塩に携わっている方の数は?」
「外の人間が四人で、今後釜炊きに二名の六人を予定しております。外の四人も枝条架への散布が主な作業です」
「作業が辛いと言う話は無いですか?」
村長に聞いてみる。
「いえ、全く。逆にこんな楽な作業で良いのかと半信半疑です」
あー。この世界の人は本当に肉体労働に関しては妥協が無いな。農家の人なんて毎日重労働だから、それに慣れると、ジョウロで水をかけるだけなんて楽な物か。
「六人で釜炊き含めて、回転出来るようにしましょう。出来れば一人は完全休養出来るくらいまでいければ望ましいですね」
「そう……ですか。いや、まだ余裕が有ると言っておりますが、それでもですか?」
「釜炊きは過酷です。それにこれが成功すれば、規模が拡大します。その時に泣き事を言われても困ります。習熟して規模が大きくなった際も回せるよう努力してもらわないと」
「試験と仰っていましたね。これだけの規模の設備で試験と言うのもあれですが」
「薪の自給が始まれば釜の数を並行で増やします。そうなると、人数は足りなくなると思います。補充も視野に入れて今後の対応を考えましょう」
そう言うと、かん水槽から釜の方に案内してくれる。直径二メートル、深さ三十センチ程度の独特の釜が見える。横を見ると、濾過用の樽も置いてくれている。
「んじゃ、荒焚きを始めますか」
さてと、ここからはまず、六時間は戦う必要が有る筈だ。気合を入れよう。