第391話 質の悪い塩の使い道
いない間の状況を聞いてみたが、かなり人魚さんに有利な状況になっている。ここの村の食料事情としてはどうしても『リザティア』の補給に頼らなくてはならない。そこに人魚さん達がどんどん海産物を補給する。初めの頃は少し生臭さ等に抵抗が有ったようだが、慣れと美味さで食卓は魚介類で埋め尽くされるようになったらしい。ただ、まだ単純な焼き魚やスープが中心らしいのはちょっと残念だ。まぁ、男の料理だからしょうがないか。
「私達も料理を教わっています。それに……ふふ。将来を誓い合う仲の子達も出て来ました」
ベルヘミアが顔をくしゅっと笑う。本当に嬉しそうだ。受け入れてくれる場所が無かった流浪の民の気持ちが分かるなんて言えない。でも、この心からの笑顔を見ていると、ほっとする。
「だから、領主様には感謝しています。これからもこの村の発展を。そして、領主様の望む物をご用意出来るよう、誠心誠意頑張ります」
笑顔から真摯な顔に戻し、ベルヘミアが深々と頭を下げる。はぁぁ、責任重大だ。でも、この結果は人魚さん達が勝ち取った物だ。私は何もしていない。
「ベルヘミアさん、今の状況は貴方達が真摯に生きて、共に歩みたいと誠意を以って村の方々とお付き合いした結果です。誇って下さい」
そう言うと、ベルヘミアが少しだけ目を潤ませ、頭を下げる。まるで顔を隠すように。
「はい。ありがとうございます。領主様。これからも頑張りますので、よろしくお願い致します」
消え入りそうな声でそう言うと、ベルヘミアも朝食を済ませて、そのまま漁に出ると言う。お昼までには凄い量の獲物が持って来られそうで、少し戦々恐々だ。
「リズ、ロッサ、お願いが有るんだけど」
二人を呼ぶ。
「この時期なら、鳥……鴨かな? あの辺りの種類が卵を産んでいると思う。狩りがてら卵の採取もお願い出来るかな」
「良いけど、どのくらい必要なの?」
リズが首を傾げながら聞いてくる。
「出来るだけ沢山。人魚さんの数が思った以上に多いから。無ければ無いでいけるけど」
「村の逆側の川沿いの方を探してみる。少し遅くなるかもしれないけど、心配しなくて大丈夫だから」
「ごめん。手数をかけるけど、よろしく」
そう言うと、リズとロッサが弓を片手に村を抜けて、川の方への進路で駆け出した。
さてと、鉄板と網焼きもかな。男性陣に大きめの焚火の準備と鉄板、網の準備のお願いをする。
私は砂浜で何かをしている子供達が気になったので、近付いてみる。木製の熊手とスコップで、掘っている。わらわらと女の子達に紛れて、いぢめるの少年がいたので声をかけてみる。
「あ、狼のおぢさんだ!!」
やはり、おじさん扱いか……。
「何をしているの?」
「貝を取っているの。大きいのを見つけた子が一番だよ」
そう言いながら、桶を見せてくるが、超でかいハマグリやアサリなどに混じって、マテガイまで混じっている。あれ?マテガイって塩が無いと獲るの難しく無かったっけ。
「これはどうやって獲るの?」
「んとね、こうやって掘ると小さな穴が有るでしょ。ここにこれを振りかけて……ほら出てきた。後は掴んで抜けるのを待つの」
さらさらと少量の白い粉を振りかけると、ひょこっとマテガイが顔を出す。少しだけ粉を貰って舐めるが、塩だ……。でも、えぐいし苦い。
「これはどうやって作ったの?」
「お母さん達が、海水を乾かして作ったよ。でも料理には使えないから、この貝を出すのに使うの」
あー。質の悪い塩って聞いて想像していたけど、これ想像以上だ。にがりの感じがそのまま残っていて、灰汁も強い。これは料理には使えない。
「あ、おぢさん、狼は? 狼いないの?」
「狼はいるけど、お母さんに頼まれた仕事じゃ無いの? 終わったら一緒に遊ぼうか」
「うー……。うん。頑張る。桶一杯にしたら終わりだから。そしたら、遊ぶの!!」
そう言うと、熊手でじゃりじゃりと砂を掻いてはぽいぽいと桶に貝を入れていく。本当にこの海は豊かだ。人魚さんや極少数の人間しか採取する者のいない海はどこまでも恵みを与えてくれる。ふと気づくと、他の仲間達も子供達に混じって潮干狩りを楽しんでいる。ティアナはマテガイが伸び縮みするのをちょっと気持ち悪がっていたが、塩を振りかけてひょこっと立ち上がるのを見るのは楽しいらしく、はしっと捕まえては、ぽいぽい桶に放り込んでいく。
砂抜きはヒートショックで何とかなるか……。後でまとめてじゃりじゃりとやっちゃえば良いか。
朗らかで平和な光景を見ながら、私もマテガイを引っこ抜くのを楽しむ。いや、本当に面白いんだって。塩かけたら、ひょこっと顔を出すので掴む。後は根競べで、相手が諦めるとすぽっと抜ける。子供達はひょいひょい抜いているが何かコツが有るのか?
南国特有の暖かい日差しの中、そんな穏やかな時間を過ごす。襲撃等有って少し心が疲れていたが、こうやって無心に何かをしていると心が洗われるような気持になれる。あぁ、平和って良いな……。