第390話 ふえる人魚さん
明るい光に目が刺激されて、顔を顰めながら起きる。少し疲れていたのと海沿いで隠れる物が無い為か、朝日が直接テントを照らして、やや赤っぽい白色に輝いている。いつもと同じくらいの起床時間かな?三月二十六日は晴れで南国特有の熱い日差しに歓迎される。女性陣、日焼け大丈夫かな。
もぞもぞと布団を出ると、後番のフィアと目が合う。
「おはよう、フィア。皆は?」
「おはよ、リーダー。まだ起きては無いかな」
「分かった。番、交代するから少しでも寝ておいで」
「お、嬉しい。ありがとう、リーダー」
にこにこしながら、テントの方に向かうフィア。それを見送りながら、小さくなった焚火に薪を投入する。もうすぐ皆が起きてくるから炊事用に焚火は大きくしとこう。
火魔術の練習も兼ねて薪を燃やしていると、朝ご飯の当番のロットとリナが起きてくる。
「おはよう。じゃあ、お願いして良いかな」
「はい。もう、村に入りますから、肉関係は使い切ってしまいましょう。採取分も日持ちがするもの以外は使いますね」
ロットが在庫を確認しながら言う。
「良いんじゃないかな。海の幸が中心になるだろうし、パンも焼いてもらえるだろうから。野菜類は保存が効く物が中心になるから、採取に出ないと駄目だと思うけど」
「置いてても悪くなるで御座るし、使い切るのがよろしかろう。ある程度村から離れた場所で採取を許可してもらうで御座るよ」
リナもロットの意見に賛成のようだ。葉野菜とかは流石に萎びちゃうので、使い切りたい。
「じゃあ、後は頼むね。私は先にタロとヒメにご飯あげてくる」
残った鹿の枝肉から肉を切り出す。モツは優先して食べたのでもう肉しかない。まぁ、それでも喜んで食べちゃうんだろうな。テントを開けて箱を覗くと、珍しく寝返りを打ったのか、タロがお腹を出して寝ている。もう、無防備過ぎて可愛い。野生が無い感じだ。ちょっと後脚がヒメの顔にかかって寝辛そうにしている。虎の件も有ったし、ちょっとストレスが溜まって疲れているのかな。そう思いながら、抱き上げて起こす。二匹共でんと置かれた肉にしっぽを振りまわしているが、きちんと待て良しはするので偉い。リズの邪魔にならないようにテントの外で食べさせたが、食い千切るのにオーバーアクションが必要なので正解だったようだ。
食べ終わったら、皿に水を生み、箱の敷布を替えておく。朝ご飯が出来上がるまでに洗っておく。今日は晴れだし、そこまで時間もかからず乾燥するだろう。出来ればどこかの家を借りれればありがたいけど、そこまでこの村にまだ余裕は無い筈だ。ただ、壁の中で寝られるだけでも安心なので、ありがたい。
朝ご飯は余った食材を使いきる為に結構ボリュームの有る状況になった。皆、凄い勢いで食べているが、朝はそこまで食べない身としてはちょっと辛い。リズに少し手伝ってもらって、食事が終わる。
夜営環境の撤収が済み、皆を馬車に乗せて、町に入る。村長宅の駐車場に馬車を停めて、朝の挨拶に訪問する。扉を叩くと侍女が出てきたので、訪問の旨を伝えると村長を呼びに行ってくれる。もう既に朝食は済んでいるようだ。
「おはようございます。領主様に外で寝て頂くのは恐縮ですが、申し訳無いです。まだ何もお迎えする設備が有りませんので」
「いえ。私の方が断っただけですのでお気になさらず。早速ですが、製塩の方はどの程度で準備が整いますか?」
「乾燥させて濃縮させた物を集めている最中ですね。現場だけでも先に見ますか?」
「あぁ、それは後でまとめて確認します。用意に時間がかかるようであれば、人魚の方々の様子を見に行きたいのですが」
「なるほど。入り江側は万が一の為、現在柵で囲っております。村側に一番近い場所に門が有りますので、そちらからお入り下さい。準備そのものは昼前には出来ると思います」
「分かりました。では、先に挨拶だけ済ませてきますね」
にこやかに話し合い、村長宅を辞去する。
馬車で移動する程の距離でも無いので、皆でぞろぞろとてくてく歩く。入り江が見えてくるかなと思う辺りで柵と簡易な門が見える。野獣避けの柵なので、この程度で問題無いか。そう思いながら、奥側に手を差し込み、閂を開ける。皆が入ったのを確認し、閂を閉じて、先に進む。
入り江までの下りに着いた時に見えた光景は、少し驚きを通り越していた。数十人とかの規模かなと思っていたのだが、いつの間にか百人以上の規模に膨れ上がっている。あれ?そんなにいたの人魚さん……。
入り江から、海に向かって泳ぎ出している集団を横目に見ながら、岸で子供達の世話をしている女性の人魚に話しかける。
「おはようございます。領主のアキヒロと申します。すみませんが、ベルヘミアさんかガディミナさんはいらっしゃらないでしょうか?」
そう聞くと、その女性が少し固まる。ん?何かおかしな事を言ったかな?
「お……おはようございます。ご領主様ですか、このような状況で失礼致します。ベルヘミアは朝食の調達に出かけています。もうそろそろ戻ると思います」
あぁ、領主って単語に反応したのか。確かに驚くか、いきなりだと。
「分かりました。あ、領主と言ってもあまりお気になさらず。庇護者としてしか振る舞う気も無いですから。でも、前回訪問した時より活気が有りますね。こんなにいらっしゃったんですね、人魚の方々」
「はい。ベルヘミアがご領主様よりこの入り江を利用する許可を得た旨を広めましたので、近隣の人魚達は集まっております。入り江の狭まった所に柵を設けて頂きましたので、危険な肉食獣も入り込みませんし、続々と集まってきております。少数で助け合って生活する者が大半でしたが、こちらなら水上での生活も可能とお聞きしましたので。私もその話を聞いてやって参りました」
「そうなんですか。えと、その子達は?」
「はい。まだ幼いので漁に出るには危険と言う事で、私がまとめて面倒を見ております。持ち回りで世話をしている感じですね。もう少し幼い子達はあちらのように皆で守りながら、水辺で遊ばせます。まだ、尾の方が乾くのが早いので陸地には上がれないです。鱗も柔らかいですしね」
女性が指差す方向を見ると、数人の女性が赤ちゃんから一、二歳くらいの子達を囲んでちゃぱちゃぱと遊ばせている。
「人数が少ない時は中々子育ても過酷でしたが、こうして人数が集まれば分業も出来ます。そう言う意味では本当に助かっております」
にこやかに笑いながら、女性が近くの子供を抱っこして渡してくる。三、四歳児をどうやって抱っこして良いのか分からず、しょうがなくお姫様抱っこで抱える。もう少し小さい子なら縦抱きでも横抱きでも出来るが中途半端に大きい。
「はじめまして、アキヒロです」
「はぢめまちて。ゆーらでつ。ちゃんちゃいでつ。おかあさんはちぇるみなでつ」
元気良く自己紹介が返ってくる。ちょびっと滑舌が悪いのはご愛嬌なのだろうか。女性陣を見ると物凄い羨ましそうに見られる。本当に女の子って子供とか好きだな……。
「ユーラちゃんのお母さんはどうしているのかな?」
「りょうにでまちた。あちゃごはんをとってくるのでつ。おなかがちゅきまちた」
状況把握もきちんとしているしっかりした子だ。片手で支えて頭を撫でると、くすぐったそうに眼を瞑る。
「あきひろおぢさんは、いいひとでつか?」
やはり、ここに来ると明確におじさん扱いなのか……。少し凹む。
「良い人かどうかは分からないけど、皆を守りたいと思っているよ」
「まもる……。たいちぇつにちゅることでつね。えらいでつ」
小さな手でよしよしと撫でられる。ふふ、可愛いな。そう思っていると、水辺で歓声が上がる。見ると、網を持った人魚達が続々と砂浜に上がってくる。その中にベルヘミアの姿も見える。
手を振るとこちらに気付いたのか、ぴょこぴょこと近付いてくる。
「お久しぶりです。ベルヘミアさん。お元気でしたか」
「お久しぶりです。領主様も変わらないご様子に安心致しました。あら、ユーラですか。ユーラ、お母様も戻ったから顔を見せてあげなさい。今日も頑張っていたから大漁よ。沢山食べなさいね」
ベルヘミアがユーラに話しかけると、右手を元気良く上げる。
「あい!!いってちまちゅ」
そう言うとじたばたし始めたのでそっと砂浜に下すと、ちょこちょこと跳ねながら集団の方に向かう。
「ふふ。すみません、態々子供の面倒まで見て頂いて」
「いえ。お気になさらず。しかし、増えましたね、人魚の方々」
「これでも、まだまだ全員では無いです。一部は南側の探索に出ていますし、海岸線の詳細な地図を作り始めてもいます。また、その過程でここの情報も流していますから、どんどん増えるかと思います」
うわー……。まだ増えるんだ。まぁ、家が無くても問題が無い人達なので、特には気にならないか。食料も自給自足だし。炭水化物は必要だけど、嗜好品って感じだからそこまで貪欲には求めて来ない。まぁ、領民が増える事は良い事と思っていよう。
「しかし、そんなに他は住み辛いですか?」
「そう……ですね。前にも少しお話しましたが、陸の方と人魚ではやはり歩み寄りが必要になります。それが出来ない場所で生活するのは辛いです。ここはそれが無いと分かっておりますので、どんどんと集まってきております。漁場も豊かですし、枯渇しないように調整はしておりますので、まだまだ余裕は有ります。それに入り江の入り口に柵を設けて頂いたのが一番大きいですね」
先程の人魚の人も言っていたな。
「そこまで影響が有りますか?」
「沖で大型の肉食獣に遭遇したとしても、逃げ込む場所が有れば、生き残れる確率は格段に上がります。柵を設けて頂いて以降は、被害は皆無です。柵をすり抜ける大きさの相手であれば返り討ちにも出来ますし。それだけでも私達にとっては大きな一歩です」
過酷な生活に少しでも余裕が出来たなら良かった……。
「しかし、領主様はどのようなご用件でこちらに?」
「村の方がある程度完成したと聞いたので、塩作りの様子を見学に来ました。後は人魚の皆さんがお元気かと」
「あら。そのような些末事にまで気を配って頂き、ありがとうございます。御礼と言っては何ですが、朝を食べ終われば、また漁に出ます。偶には海の幸は如何ですか?」
「はは。皆様に御すそ分けと言うのは難しいかもしれませんが、腕は振るうようにします。数日は滞在しますので、何人かに分けて来て頂けますか。出来る限りは用意します」
「ありがとうございます。ただ、焼く事や煮炊きに関しては、村の方の男性方にお願いする事も有りますので、そこまでは大丈夫です。でも、領主様の料理を食べたいと言う者も多いですので、その者を優先させるように致します」
ベルヘミアが申し訳なさそうに微笑む。
「久々なので、前に会った方々にもお会いしたいですし。是非に。後、出来ればこういう魚がいれば優先的に獲ってきて欲しいのですが」
懐から、図鑑の写しを見せる。設計はまだしも、絵画の才能は無いが、特徴が掴めれば良い。
「えーと……。はい、時期的にいないものも有りますが、近海で獲れるものもいますね。分かりました。優先して獲ってきます」
「よろしくお願いします。お昼は期待出来そうです」
「あはは。あまり重荷になる事を言わないで下さい。頑張りますので」
そのまま笑顔で雑談を続ける。皆は先程の子供達と一緒に遊んでいる。と言うか、遊ばれている感じか?
何にせよ、お昼のメニューは決まりかな。折角油も持ってきたし。ここは偶には豪勢にいきたいな。そんな事を考えながら、ベルヘミアとの雑談で近況を確認していく事にした。