第387話 埋葬の儀式と言うのもきちんと有ります
暫く馬車が進み、先程の現場が視界から外れた辺りで停車する。リズ、ドル、リナの『剛力』持ちが降りてきてくれる。人間一人分の穴を獣に荒らされないように深めに掘るのは結構な重労働だ。私が掘り始めている横で、予備用の鍬でリズが掘り始める。二本しかないのだから馬車の中で待って居てくれれば良いのだが、霧雨に煙る林の中で佇んでいる。
「風邪引いちゃうから、馬車の中で待っていたら?」
そう聞くと、皆が首を横に振る。
「ヒロが頑張っているのに待っているのは辛いよ。それに少しでも送る人がいた方が幸せだろうから」
送る人?と思って、あぁ、この男の死出の旅立ちをと言う事かと気付いた。そう言えば、この世界に来てまともに人を埋葬する現場に立ち会った事が無い。私はあくまで証拠隠滅を想定していたが、皆にとっては埋葬との認識らしい。ある種、職務を全うして果てた生涯だ。送られても良いのかな、そう思いながら鍬を振るう。
四人で立ち替わり穴を掘り、二メートル程度の深さの穴が掘れた。もう腕がパンパンだ。『剛力』が有っても、締まった土に張り巡らされた根に邪魔されながら穴を掘るのは重労働だ。他の皆もそこまででは無いが疲労は大きい。表層数センチの土は横に避けている。埋めて踏み締めて表面を整えれば、早々は見つからない。そこにいるドルに死体を渡し、横たえてもらう。ドルを引き上げて、埋葬の手続きの詳細を知る人間はいないかと聞くと、レイが出てきた。
「戦場礼で良いでしょう。戦いで果てた人間を送る儀式です。まがりなりにも戦った相手です。弔うのにも意味は有ります」
その場にいる皆で土を埋め戻し、その上で踏みしめる。日本だと死体を踏むのは云々言われそうだが、獣に掘り出されて食べられるよりはと言う実利の部分で特に異議無く対応してくれる。表面を整え、余った土を周辺に少しずつばら撒く。
結局、馬車の人間全員が出てきて、周囲を囲む。穴の上でレイが死後の不自由無き生活を祈り、カップ一杯のワインと一握りの小麦、そして塩を撒く。ワインは喉の渇きを小麦と塩は飢えを凌いで欲しいと言う思いからのものらしい。戦場でもその三品は必ず用意するので、理に適っている。
厳粛な面持ちで皆がそれぞれ祈りを捧げて埋葬は終わった。名も無き襲撃者の最期は穏やかな旅立ちとなった。
気付くと霧雨も薄くなり、ほとんど雨を感じなくなってきた。空を見上げると厚かった雲も大分薄れてきている。雨が止むのはありがたいが、移動距離が稼げなかったのが痛い。レイに聞くと、到着時間そのものはそこまでずらさずとも行ける旨が返ってきた。馬に負担をかけない程度で走って来たので、明日少しペースを上げれば夜にはなんとか村までは辿り着けそうらしい。日が出ている間にもう少し距離を稼ぎつつ、野営が可能な場所までは進むと言う方針で皆が馬車に乗り込む。このまま雨が止んでくれるなら洗濯はしたいな。皆が外に出る度に拭っていたら、洗濯物が増えた。どうにかこのまま止んで下さいと何かに祈りながら、馬車に乗り込む。
タロとヒメは大型獣の匂いと言うのを初めて体験してちょっとパニックになった。でも、大丈夫な相手と教えると徐々に安心する。
『まま、こわいの……』
『ぱぱ、こわい』
虎モドキの匂いが付いているのに、恐怖の方が勝るのか必死でくっ付いてきてふるふるしている。
『大丈夫。向こうに着いたら、挨拶して仲良くしようね』
そう伝えながら、優しく撫でて落ち着かせる。
「カビア、鳩って海の村にいる?」
「トルカ村かノーウェティスカまでの鳩は数羽緊急用に配備しています。育てるのに二年はかかりますので、まだ『リザティア』直通と言うのは難しいです」
あぁ、この世界でも伝書鳩は貴重か。トルカは範疇だけど、ノーウェの町まではちょっと遠い気もする。こっちの鳩は優秀なのかな。
「どちらにせよ、ノーウェ様への報告は必要な案件かな。襲撃者が使っていた毒の特定とその毒を使える諜報を利用している貴族の洗い出し。そして、この襲撃前に『リザティア』に出入りしていた開明派以外の派閥の貴族ないしその使用人を洗って欲しい旨の依頼を出して欲しい」
毒の症状の詳細はレイから聞き出したので、特徴は記載出来る。それから毒の特定はなんとか可能だろうと考える。で、毒物の取り扱いとなると諜報機関でも厳密にやっている筈だ。どこの誰に配備したかは記録が残っているだろう。それに誰が諜報をどのように使っているかは、ロスティー、ノーウェならカウンターインテリジェンスで掴んでいる筈だ。大体の貴族の洗い出しをしてもらう。その上で、この襲撃の指示は付近で出す必要が有る。必要物資の供給も含めて『リザティア』から指示を出していた可能性が高い。飯場だろうが宿屋だろうが身分を提示しないと宿泊は出来ない。そこから開明派以外の人間を洗い出すのは領主権限で可能だ。治安維持の名目で情報提供を請求出来る。これを領主の親の権利でノーウェにやってもらう。前の盗賊の時に私が警察権を行使したのと逆パターンかな。そこの網に引っ掛かった開明派以外の派閥絡みの人間を締めあげて吐かせるしかないか。その辺りの匙加減はノーウェの方が詳しいだろう。そこまですれば、あの身元不明な襲撃者の上の人間は掴める筈だ。後はそれを手繰っていけば良い。
国の最大派閥をバックにしている人間に対して、喧嘩を売ったんだ。その持てる力を最大限利用して、一切の妥協無く追い詰めて、叩き潰す。貸し借りとか言っている暇は無い。この経路は『リザティア』の生命線になる。そこに対して手を出そうとしたんだ。二度とそんな気が起きない所まで追い込もう。