第381話 五稜郭のお散歩と肉球マッサージ
決裁待ちの資料を読んでいると、ふと視線を感じる。顔を上げると、箱からにょきっと顔が二つ並んでいた。外を見ると、やや夕日に傾いている。散歩をご希望か。たっぷり食べてたっぷり寝たら、たっぷり遊びたい感じなのかな。首輪を用意して、近付くと、嬉ションせんばかりに喜んでいる。
『明日から移動だから、軽めだよ』
そう伝えると、少しだけ残念そうな思考が返ってくるが、それでも散歩は楽しいのでOKと言う感じでしっぽが振られる。
首輪を嵌めて、小さな袋を持って領主館の外に出る。今日は領主館周辺の公園をぐるりと一回りする感じでいこうかなと。箱の中を見ると便の姿が見えなかったので、念の為、袋を持参する。
衛兵に挨拶をすると、敬礼が返ってくる。少し散歩をしてくる旨を伝えると、頷かれたので、そのまま外に出る。
領主館の周辺は広めの公園として敷地を用意した。有事の際の領主館の方に避難してもらう際の一時待機所と言うのも有るが、民の憩いの場所になってくれればと言う思いだ。
タロとヒメはその公園に生える草花を延々とクンクン嗅いでいる。ゆっくりと散歩をしながら、教会の方に向かう。もし攻められた際にも教会を見たら、少しは冷静になるかと言う打算と催事を領主権限でやる際に近い方が良いかなと言う思いで町一番の大きさの教会は領主館前に建てた。今でも有志の人が清掃活動をしている。この世界の教会、神は純粋に生活に溶け込み根付いている。実在するし、恩恵を与えてくれるので、分かり易い信仰の対象だ。それに宗教による対立も皆無だし無意味だ。何か有れば本人に聞けば良い。
タロとヒメに誘導されるままに、先に進む。春の緑は興味をそそるものでいっぱいなのだろう。楽し気にあっち嗅ぎ、こっち嗅ぎで進んでいる。私も政務でいっぱいになった頭を一旦空っぽにしながら、色々考える。
まず気になるのは、リズの領主婦人としての教育が後回しになった点だ。森の調査の間にやってしまおうかと思ったが、予定が潰れてしまった。カビアもある程度の知識は有るので、そちらに任せながら戻ってきたら本格的にやるべきか。必要となるのはロスティーが東の国から帰還の際に立ち寄る時だろう。ロスティーは気にしないが、この期間何をしていたんだと言う話になっても嫌なのでそれまでの間にはある程度形になるまではやってもらおう。嫌がるか、憧れのお姫さまっぽくなれるのに喜ぶかは五分五分かな。
後はタケノコが出ているのに、まだ食べていない事だ。食い意地と思うかもしれないが、孟宗竹の旬なので是非食べたい。明日の朝はばたばたして忙しそうだし、海に行く途中で、竹林に寄って食べちゃうか。
今回は植物油も多めに用意してもらった。色々食のレパートリーは増えるだろう。
川から引いた水で満ちる堀に沿って、ぐるっと五稜郭を巡る。外側から見ると、やはり攻め方が難しい。完璧でなかった五稜郭でもあれだけ奮戦したのだ。パーフェクト五稜郭はきっと足が付いたアイツ並みに働いてくれるだろう。
水の匂いに誘われたのか、タロとヒメが縁でそっと川面を覗く。かすかに映る自分の姿にキャンキャンと吠えている。ヒメは虚像と分かっているので、タロを宥めて先に進もうとしている。何だか姉さん女房っぽくておかしい。
そのまま周囲をぐるっと巡り、今日の散歩は終わりとなる。空もかなり赤が強くなっている。そろそろ夕ご飯の時間だろう。便は両者とも動いたら催したのか、途中できちんと出していたので、袋に入れてお持ち帰り。庭の穴に埋めておこう。
領主館に戻り、足を拭いてやると、部屋の方に駆けよっていく。それなりに匂いを覚えたのか、迷わずに部屋の前でお座りをしている。扉を開けて敷布が新しくなった箱に戻し、皿に水を生む。暖かくなってきた所為か少しだけ飲む量も増えた。
散歩を楽しんでまったりな感じで伏せているので、タロを胡坐の中に嵌め込む。
『まま?』
疑問の思考が送られてくるが無視して、肉球をそれぞれゆっくり優しく揉んでいく。すぐに思考が歓喜と快楽に埋め尽くされる。あふあふした感じになっている。最近、構ってあげる事も少なかったので少しだけサービスだ。一通り終わらせて、箱に戻すと、ひっくり返り四肢を天に伸ばす。
『やっぱり、ままなの、もっと』
欲望のままの思考が流れてくるがヒメの分も有るので、頭だけ撫でて、今度はヒメを胡坐の中にぽすっと嵌め込む。
肉球もみもみを続けていると、ヒメもまた、歓喜が思考として返ってくる。やっぱり気持ち良いんだ……。そう思いながら一式揉み終わり、箱に戻す。
『ぱぱ、すき』
ふにゅっとした顔で、伏せているが二匹共嬉しそうな表情なので、良かったと思う。
そうこうしている間に、日も落ちて夕ご飯の時間だ。リズが部屋に戻って来て、ロットの部屋に知らせが来たらしい旨を伝えてくれる。
さて、準備の最終確認はしてしまわないと駄目かな。後、教育に関して、カビアに頼めるか確認しよう。
そう思いながら、リズと一緒に食堂に向かった。