第380話 代官と一緒と言うのは本当は不味いのですが、初期は仕方有りません
「確かに森の調査は必要無いですね。しかし流石は公爵閣下ですか……。先を読まれる方では有りますが、手早いですし、思い切りも有る……」
カビアにレポートを渡して読んでもらう。感想は似たような物だ。
「うん。ロスティー様には頭が上がらない。皆である程度調査してもらった上で、冒険者ギルドにそこから調査を広げてもらおうと思っていただけに驚いた。エルフ側の受け入れに関してはチャットも話していたけど、特には問題は無いかな」
「元々町の作りには余裕が有ります。食肉の提供者としての役割も初めから持った人員です。猟師集団として町に居場所も出来るので肩身の狭い思いをする事も有りません。基本的には買い上げて町に再分配ですね。エルフ側にはそのお金で穀物等、他の食料、生活用品を買ってもらう事になります」
カビアが資料から顔を上げる。
「現在存在する猟師に関してはあくまでも出向してもらっている人間が大半です。移住希望者も一定はいるでしょうが最終的な絶対数には足りません。また、元々森の環境を維持したままでの食肉の供給量では人口維持にも頭打ちが生じます。その辺りは如何しましょう?」
「畜産小屋を大規模に建てたのもその所為が有るからだけど。越冬させて、可食動物を増やすしかないね。ヤギ、ヒツジ、牛、ブタ辺りに関して初期投資は少し高いけど、徐々に増やしていこう」
「なるほど。畜産関係者が多いのもその為ですね。ヤギやヒツジの維持と言うには大袈裟かと思っていましたが、納得しました。そうなると、春蒔きの穀物は越冬動物の飼料も合わせてと言う事になりますか」
「バランスは難しいけどね。大麦や大豆辺りは流用可能だろうし、牧草の類は夏の間に刈って、発酵させて冬に食べさせる感じかな。これも建物の設計は出しているから、その内実物は出来てくると思うよ。石作りだから遅れているように見えるけどね」
サイロに関しては、酸素不足による事故なども発生しそうだから、注意は必要だけど、越冬を考えた場合には必須になってくる。特に牛類は乳も有るし、労働力として馬と並んで手放せない。
「あ、そう言えば、牛鍬の方、試作は出回っているよね。評判の方はどうかな?」
「はい。農業関係者からのレポートではもっと数を増やしてくれとの事です。同じ時間で耕す範囲が劇的に増えましたから。今は仲良く融通し合っていますが、喧嘩が始まりそうな気配すら感じますね」
そんなんで、険悪になられても困る。
「鍛冶屋の方にも設計図はいっていますので、追々総定数までは増やせると考えます。また、耕した土地に関しては、大麦を優先して蒔いていますが問題は有りませんか?」
「時期的にはぎりぎりだけど、主食だからね。農家の人が時期外れって言うまでは蒔いて欲しいかな。後、野菜類は、一定範囲で分けて蒔いて欲しいんだけど」
「はい。カブや葉野菜等は一定数を蒔いていますね。この辺りは夏には収獲です。町として比較的自活出来るようになるのはこの頃からでしょう。それまでは国側からの食料補給に頼らなければ生活は苦しいです」
だよねぇ。農作物だけは出来るまでに時間がかかる。予算上は乗っているので気にする必要は無いが、飢饉が発生した際には心許ない。早い段階で自給率を上げられるなら、上げてしまいたい。
「後は……気になったのですが、何故、背の低い麦ばかりを選ばれるのでしょうか? 風の強い地域では、倒れる恐れがあるので良く作られますが、刈り取りが若干不便です」
これに関しては、粒数が増えた場合、既存の高さの麦だと、自重に耐え切れず倒れてしまう。その対策だ。
「これは実ってからの話だけど、背の低い事にもメリットは有るよ。徴税官の視察はいつ頃が慣例かな?」
「そうですね……。春蒔きが終わった段階で、一度訪れます。野菜類は課税対象からは外れますので。大麦だけですね。見るのは」
野菜類は比較的監視の目が緩い。ギルドとして確立している訳で無し、そうそう遠距離に輸送出来ないので、税をかけるメリットが無い。なので、地産地消が基本だ。ただ、観光地化するのであればお客様の方から来てくれるので野菜が多い方が儲けが出る。
「やましい事は無いから歓待してあげて。今後世話になるだろうし」
「分かりました」
カビアがこくりと頷く。
「じゃあ、本題に入ろう。海に行って帰ってで約八日。向こうで視察と技術指導までして二日から四日。今の想定なら、ネスは来る。テディは微妙なラインかな。来ると想定して、二者の受け入れだね」
「ネスさんに関しては、開発側に寄ってもらう想定でしたか?」
「元々親方だしね。品質管理と新製品の開発に人を付ける形かな。技術指導もやってもらう。現行の鍛冶屋をドルに見てもらったけど、平均的な鍛冶師だし、ネスの品質管理は生きる」
「では、男爵様肝入りと言う事で、工房長として辣腕を振るってもらいましょう。あの世界、腕が命と聞きます。実力を見せれば、軋轢は無いでしょう。」
職人の世界はもう、腕だけが存在意義だ。ネスなら、ねじ伏せてくれるだろう。
「テディさんの方が重要ですね。温泉宿及び周辺の宿に関して、男爵様の接客手順の順守を命じていますが、何故の部分が理解出来ず、困っているとは伝わってきます」
そうなんだよねぇ。目的の部分がはっきりしないと、人間は動きづらい。何故が発生すると言う事は、その目的が明確では無いので、何故それをするかになっているんだろう。
「私が入れば早いけど、そうしちゃうと、私が拘束されちゃう。悪手だよね。もう少し現場では混乱してもらうか。まずは習熟を先にしてもらって、その上でテディが着いた段階で理念を理解してもらう。ちょっと前後するけど、そうしないと無理かな」
そう言うと、カビアも頷く。
「はい。男爵様が現場で出られるのは避けられた方が良いと考えます。何でも頼るようになりますから。ではテディさんが来られ次第、速やかに現場の上に立って頂くよう調整だけですね」
「に、なるかな。それじゃあ、ペルスさんへ話に行くかな」
そうカビアに声をかけて、政庁に向かって歩き出す。馬車に関しては買い出し班に優先してもらった。買い込む量も有るし、政庁までは歩けば良いだけだ。運動、運動。
政庁に着き、ペルスに面会の話を通すと、すんなり通る。カビアとの話し合いの内容を伝えてみたが、向こうとしても望むところだったようだ。この辺り、上の明確な方針が無い状態で動くのは辛い。そう言う意味では渡りに船だったようだ。
「では、海の村の視察は予定通り、明日より実施します。期間は十日から十五日程度です。その間の『リザティア』の全権を一旦お預けします。ノーウェ様と調整の上、よろしくお願いします」
「分かりました。これまでも運用して来ましたので、その辺りは問題無いかと考えます。私の手に余る内容が発生した場合は即時ノーウェ子爵様を頼ります。その際、早馬も有りますが、新型の馬車が納品されると聞いています。こちらも使用の許可を頂けますか?」
ペルスがうんうんと頷きながら、馬車の使用許可を求めてくる。
「人員輸送が必要な事態も想定されます。速度は何より大事でしょう。許可します」
この辺りは明確に書面として残しておく。指示書が無いとペルスが困る。
「はい。内容を確認致しました。特に問題は無いかと考えます。出向かれている間はお任せ下さい。委細対応致します」
ペルスが微笑み、頷く。私はカビアと顔を合わせてほっと表情を緩める。
「エルフとの交渉だけは時間のかかる物ですので、これは戻られてからでも良いかと思います。こちらから受け入れは可能の旨の使者は立てます。そこまででしょうか」
ペルスが思い出したように言う。
「はい。それで結構です。オークの話も有りますので、もし、何らかの問題に巻き込まれているので有れば手助けも必要でしょう。今後は共に生きる同胞です。恩を売ると言うのは少し即物的ですが、助けられるには越した事は有りません。軍権に関してはお預け出来ないですが、冒険者ギルド側の戦力と衛兵の協働ならば権限上可能でしょう」
流石に軍権を代官と任命した訳でも無いペルスに預けるのは無理だ。カビアは家宰なので自動的に代官扱いになるが、ペルスはあくまで政務の長だ。この地全体に対して権限が有る訳では無い。規模が小さいとは言え、生粋の軍勢力なので、あれはあれで特別だし、色々扱いには細心の注意が必要だ。逆に衛兵は条例に拘束されるので政務側からもコントロール出来る。引退したと言っても元軍人だ。まだまだ余力は有る。
「そう……ですね。出来れば無い事を願いたいですが。もしもの際は、対応致します。男爵様も大変かと思いますが、ご対応、よろしくお願い致します」
塩は今後の生命線になり兼ねない。そう言う意味ではこの視察は重要だ。生産の端緒だけでも指示したい。出来れば、生産に立ち会う事が出来れば一番良い。
そう思いながらペルスと握手を交わし、後を託す。
雑談を交わし、昼ご飯と言うところで領主館に戻る。途中で馬車と合流したので、乗せてもらう。補充は問題無く完了したようだ。ならば、明日から移動可能だ。春蒔きだけが心配だったが、農家側がそこは自律的に動いてくれるので、安心はしている。
昼ご飯を皆で食べて、部屋に戻る。リズは皆と遊ぶとの事なので、ロットかドルの部屋に向かったのだろう。
書類を読みながら、空を見上げる。雲一つない晴天だ。出来ればこのまま続いて欲しいなと思いながら、決裁待ちの書類を読み進めていく。