第375話 お風呂の壁越しに声をかけあう風景も見なくなりました
「ヒローいるー?」
リズの声が、横の女湯から聞こえてくる。
「いるよー。どうしたのー」
「そろそろ上がるってー。早く美顔って受けてみたいー」
座っていた尻がずりっと滑る。おいおい、そんなにお風呂に浸かった時間長くないぞ?どれだけ美に貪欲なのか……って、石鹸の件を考えれば予想されるか。
「分かったー。こっちはもう少し入っておくー。私はタロとヒメをペット風呂に入れるからー。そこで合流って事でー」
「終わったら、ペット風呂に向かうねー」
その声が聞こえると、女湯のざわざわが徐々に遠ざかっていく。
「女性陣は……美しいとかには貪欲だねぇ……」
しみじみと言うと、男性陣がうんうんと頷く。あ、カビアはきょとんとしているので、除外する。
でも、ドルが頷くと言う事はロッサもその辺りはしっかりとしているのか。まぁ、お風呂の時も喜んでいたし、そう言う物かな。
「ティアナが綺麗になったら、嬉しい?」
カビアに振ってみると、顔を赤くして、再度ぶくぶくと沈む。
「男爵様……。拘りますね……。それは、嬉しいでしょう。綺麗な方を見る事を出来るんですから」
まぁ、おじさんの若者いじりも程々にしておこう。
「悪かった。ただ、まぁ、ティアナもティアナだからね。リズにも少し話はする。カビアも良いと思うなら、自分で動いて良いよ。変に拗らせたくないから」
「分かりました。私も特に異論は有りません。きちんと話をしてみます」
カビアが復活し、真面目な顔で答える。うん、若者は真っ直ぐ前に進めば良いよ。
「さて、女性陣も上がったし、そろそろ上がるかな。皆はマッサージ頼めば良いよ。カビアも最近書類仕事で肩凝ってるよね? 首バキバキ鳴らしているし」
「そう……ですね……。それが楽になるのであれば、ありがたいです」
カビアがそう言いながら思い出したように、首を左右に回しながら、ゴキゴキと鳴らす。
「その辺りは王都の有名店が入った筈だから、試してみるので良いんじゃないかな。良かったら、また来たら良いし」
布を絞りながら、体を拭う。皆も次々に上がって、体を拭い始める。しかし、流石鉄泉。全然汗が引かない。
皆には先に行ってもらい、私はしばし、露天の風で体を冷やす。いや、太っていると、汗が中々引かないのも有るんだけど。脂肪さんは一度熱を溜め込むと放出してくれない気がする。でも有る程度冷やすと一気に冷えてしまう諸刃の剣……。
馬鹿な事を考えていると、ほぼほぼ汗が引いてきたので、ロッカーに戻る。皆は先にマッサージルームに向かったようだ。
さっさと服を着て、駐車場の方に向かう。馬車の前で声をかけると、また座席の方からレイが降りてくる。と言うか、申し訳無いな、タロとヒメの面倒をあんなに親身に見てもらって。せめてお風呂でゆっくりと休んで欲しい。
「遅くなった。申し訳無い」
「いえ。お気遣いなさらずに。タロとヒメの入浴ですね。介添えは必要無いですか?」
「いつもやっている事だから、大丈夫。レイこそゆっくり温まってきて。露天風呂も結構雰囲気が出てきているから」
「ほぉ。それは楽しみです。では、失礼致します」
にこやかに目礼し、レイが温泉宿の方に向かう。
馬車に戻ると二匹が箱の中でお互いにグルーミングをしている。こちらを見つけたのか盛んにしっぽを振ってキャンキャンウォフウォフと鳴いてくる。可愛い。ちょっと離れただけなのに。
頭を撫でてあげると、二匹共嬉しそうに甘えてくる。
『やっぱり、ままなの』
『ぱぱ、すき』
んー?またやっぱりだけど、やっぱりってなんなんだろう。まぁ、良いや。分からない事は分からない。
と言う訳で、二匹に念の為首輪を嵌めるが、散歩と思い込んだのか異常に興奮をしだす。まぁ、ペット風呂まで散歩がてら歩くとしますか……。
馬車を降り、ダブルクンクンブルトーザーを連れて、駐車場の衛兵に手を振っておく。
さて、駐車場の段階でこれだけど、皆がマッサージを終えるまでに、お風呂入れ終えられるかな?ちょっと心配だ。苦笑を零しながら、新築の香りがする本館を突き抜け中庭に向かう。