第374話 カビア的にはこう自分で押していきたい感じです
「リナ、『リザティア』に入り込んでいる諜報員に連絡は取れる?」
「最優先の符丁は公爵閣下より預かっているで御座る。何を考えて御座る?」
「いや。先程のお店有ったでしょ。女の子と一緒にお酒を飲む店。あそこのメンバーに篭絡と情報収集の手管を教え込んでもらおうかと思って」
「……。諜報技術を民間の食堂で使うで御座るか?」
「何か問題でも?」
「ふぅむ……。接触はしてみるで御座る。公爵閣下よりは全面的に協力せよと指示が出ている筈なので、色好い返事は貰えるかと」
「それは重畳。さて、温泉宿だ」
馬車は外周をぐるりと回った後、裏路地をジグザグと抜けて、最終的に温泉宿まで辿り着いた。競馬場は報告を聞いている限り、軍馬の練習場として運用されているようだから、視察は後回しでも良いかな。
温泉宿の前で馬車を停めてくれる。
「私はタロとヒメの様子を見ておきます。ペット風呂でしたか? そちらに入れる際に、私も温泉に浸かるよう致しますので」
レイが一礼し、二匹が入った箱を抱える。二匹共そわそわと何か嬉しそうだ。レイと仲良くなったのかな?置いていく事も多いから、仲良くなったのであれば嬉しい。
他の皆で、温泉宿に入ると、フロントから人が出て出迎えてくれる。
「領主様。本日はご視察ですか?」
「そんな大げさなものでは無いよ。出来上がりを見たかっただけ。ざっと案内とお風呂をお願いしても良いかな?」
「はい。大丈夫です。三階の状況確認と遊戯室の現状ですか? 後はマッサージルームも出来上がりました。領主様に頂いた美顔パックの方も、試験中です」
美顔と聞いた瞬間、女性陣に戦慄が走ったのが後方なのに分かった。
「えーっと、時間がそこそこかからなかったっけ? 美顔パックって。」
「その間は、男性の方はマッサージをお受け下さい。こちらも人材が揃いましたので、試験中です」
退路は断たれたか。まぁ、良いか。お風呂入って、マッサージでも受けて……。あぁ、そうか。
「領主館に連絡して欲しい。夕ご飯こちらで食べられるよね。食事も見たいから、領主館側の夕ご飯の用意をしなくても良いって」
流石に用意するにも時間が早いし、煮込み系なら、明日でも食べられる。
「分かりました。そちらは急ぎ対応致します。では、ご案内しますね」
さてと、今日は仕事も終わりと言う事で、お酒でも飲んでゆっくりしてから帰ろうかな。
「と言う訳で、食事も決めちゃったけど、大丈夫だった?」
そう皆に聞くと、異存は無いらしい。と言うか、女性陣の美顔……美顔……と言う呟きが怖い……。
もう、温泉宿に行くのは決定していたので、皆下着含めて荷物は持って来ている。
取り敢えず視察と言う事で最上階に上がるが、内装もかなり豪華になっており、VIPルームフロアと言う感じになっている。部屋を開けると、無意味に広い。家具もかなり良いのを配置している。これなら爵位関係無く入ってもらえるか。
後ろを見ると、皆が口をポカーンと開けて見入っている。
私は、ホテルで偶にオーバーブッキングでトランスファーされてスイートに泊まる事も有るので、そんなに違和感はない。
ちなみに、オーバーブックした時はとにかく下手に出て、どれだけホテルを愛しているか、楽しみにしていたかを熱弁すると、何故か超高い部屋に泊めてくれたりする。その辺りは当日のフロントのテクニックにも寄るので何とも言えないが、そう言う交渉術も有ると言う事で。
「大分ゴージャスな感じになったね。これなら爵位が高くても安心かな?」
トイレや、寝室等一通り見回って感想を言ってみたが、皆が何かを触って壊さないようにしているのを見て少し微笑ましかった。
「さて、視察も終わりかな。後は大浴場でゆっくりして、マッサージかな。女性陣の方が時間がかかるから、私達でタロとヒメをお風呂に浸けておくよ」
浴場の暖簾前まで移動して、リズ達に伝えると、肯定が返ってくる。待ち合わせは、温泉宿のロビーでと言う事で、温泉だ。
木製ロッカーを開けて、服を脱ぎ、鍵を引っ掛けて、扉を潜る。中では待機していた人がいたが、こちらが布を軽く振るのを確認すると、作法が分かっていると認識してくれたのか、そのまま元の位置に戻る。かけ湯を浴びると、流石にちょっと熱い。暖かくなってきたとは言え、まだ春の気温だ。体は冷えていたか。据え付けの石鹸で頭を洗い、酢リンス、体を洗う、全身を流すを経て、露天風呂に向かう。
衝立もしっかりした物に変わり、外側も腰高の生け垣になっていた。遠くに競馬場の壁が若干見えるが、景色の殆どは、まだ造園中の裏庭だ。池の中には領主館と同じく竹が植えられている。若干日本庭園をイメージした設計を渡しているので、その内温泉旅館っぽくなるのだろう。オリエンタルな魅力を感じて欲しい。まぁ、裏庭が出来たら、温泉宿の設備は終わりなのかな?
露天風呂に浸かり、ふぇぇっと溜息的な何かを吐きながら、温もる。暫く浸かっていると、続々と皆が入ってくる。
「カビア、率直に聞くけど、ティアナの事どう思っているの? 嫁にしても良い?」
「男爵様……。はぁぁ……。男爵様直属の仲間です。今後政務に携わる場合は政務団に入るでしょう。私の場合家宰扱いですので、基本代官扱いになります。そうなると部下として扱う必要が有ります」
「ふむ……。上司が部下に関係を強要する図……。ぷぷっ……」
年下のカビアがティアナに強権で迫る図を思い浮かべてちょっと笑いが浮かぶ。
「男爵様!!もう……。悩んではいます。悪い方では無いです。お綺麗ですし。頭も良いです。ただ、こう、押されっぱなしと言うのが何とも」
まぁ、カビアも悩み多き年頃か。
「カビアの方から、アプローチしてみれば良いんじゃないの?」
そう言うと、ぶくぶくとカビアが沈む。
「考えておきます……」
ふふ。若さって良いなぁ。春の青空の下、熱い湯で火照った体を爽やかな風が抜けていく。あぁ、やっぱり温泉、良いなぁ。