第371話 服と言うのも結局肉体構造が同じならば、デザインも似てきます
ある程度落ち着いたところで、服飾屋を見ようかと言う話になった。開いた店舗が女性向けとの事なので、二階に向かう。ただ、現状は男性物も扱っているそうなので、私も少し期待している。カジュアルな服装は揃ったが、フォーマルが分からないし、無い。その辺り聞いてみようと思いながら、階段を下りる。ちなみに、女性陣は有り物を探すそうだし、男性陣は今後を考えて同じくフォーマルを揃えようかと言う話になった。そう言う場に出てもらう可能性は高いし、女性陣はきちんとそう言うそこそこのフォーマルは準備している。
店の中は上品で洗練された印象を受ける。落ち着いた色合いの内装にさり気なく飾りや貴金属があしらわれ、きつくない程度に輝きを放っている。蝋燭との相性も良く、お堅い感じと言うより、どこか幻想的な雰囲気を漂わせている。女性陣に振り向くと、皆、目がキラキラしている。うん。何と無く、女の子、こう言うの好きだよね。洋の東西、時代を超えてこう言うのは好まれるのかな?
店の中に入ると、カチっとした印象の壮年の男性が、鷹揚に向かってくる。顔は軽い笑顔で、あくまでも上品にさり気なさを表す。あれ?三つ揃いに近い。フォーマルだとそっち方向か?
「いらっしゃいませ。本日はご来店頂きまして、ありがとうございます。どのような商品をお探しでしょうか?」
優雅に一礼し、にこやかに話しかけてくる。その声も低くしかし不快な感じはしない。上品なバスで、多くの経験が作り上げた声と感じさせる。
「初めまして。領主のアキヒロです。今後ともよろしくお願いします。本日は女性陣は自由に、男性陣はフォーマルを一式揃えたいです。お手伝い願えますか?」
にこやかに目礼で返し、名刺を渡す。
「おぉ、領主様でしたか。これは、これは。無礼をお詫び致します」
一瞬目を見開いた店主が表情を戻し、改めて一礼してくる。
「分かりました。女性の方々には奥でご覧頂きましょう。男性の方々は、一度採寸のお時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
店主が言うと同時に、奥から三人の女性が出てきて一礼する。女性陣を先導し、カーテンの奥へ連れて行く。
「はい。それで結構です。では、お願いします」
そう答えると、逆側のカーテンの奥に誘導される。中は布で仕切られた小部屋になっており、応接一式が置かれている。
「少々準備を致します。おかけになってお待ち下さい」
暫くすると、お茶が出てくる。あれぇ?この階、竈無いけど……。四階に行って帰ってだと時間が合わない。もしかして、サービスの為だけに水魔術士雇っているのか!?凄いな……。
口に含むと、ミント系に近い香りがする。爽やかな香りで先程の軽食の脂っぽさが完全に流される。その辺も考慮して、お茶の種類を選択しているのかな?うーん、思ったより細やかなサービスだ。こんなの接客マニュアルに書いていない。この店独自のサービスだ。王都って、このレベルなのか?
「ロット、ごめん、聞きたい。このお店って聞いた事有る?」
「はい。と言うより、王都でも女性向けでは圧倒的な売り上げの筈です。貴族向けの商品が中心ですが、庶民向けのフォーマルも含めて、層が厚いです。店名を見て、正直驚きました」
フェーン。怖い。何て言って口説いたの?何で落ちたの?ねぇ、教えて。怖いから。
「お高いんでしょ?」
「そうですね……。貴族向けと考えれば若干高いですが、その分品質も良く、デザインも長く着られる物を仕上げてくれます。逆に庶民向けのフォーマルはかなり挑戦的な値段ですね。そう言う意味では人気は高いです。裏話ですが、庶民向けで技術を学び、貴族向けの作品へと上がっていくと言う話ですが」
うわぁ……。そう言う商法有ったなぁ……。どこのブランドだったっけ。徹頭徹尾お客様目線か。悪く無い、嬉しい。でも、怖い。
そんな雑談をしていると、お待たせ致しましたの声と共に、店主ともう一人針子っぽい服装の男性が応接室に入ってくる。
「では、採寸を始めます。少々お時間を頂きます」
三人で顔を見合わせて、取り敢えずドルを送り出す。お針子さんがきびきびと採寸を始める。この辺りは現代日本のオーダーメイドと変わらない。確かに服なんだから、変わらないか。この世界もそう言う風に収斂進化するよね。妙に納得してしまう。ささっとドルが終わり、ロット、私と続く。
「ありがとうございます。では、今回御作りになる服は、どのような用途をお考えですか?」
「貴族混じりの式典ですね。他の二名は侯爵様への謁見まで。私は国王陛下への謁見まで視野に入れています」
「なるほど……。叙爵と拝領のご挨拶ですね。分かりました。ご説明は後程別紙でお渡ししますが、基本的には装飾を変えるだけで対応が可能です。基礎のデザインはこちらですね」
そう言いながら、店主がテーブルに大きな羊皮紙を広げる。このサイズの紙はまだ市場に出ていないか。デザインを見ると、若干変形したプールポワンって感じに、すとんとしたパンツか……。中のシャツは自由だけど、襟元で敬意を表す感じか。中のシャツを変えれば良いだけに見える。王族、上級貴族、貴族その他辺りで三種有れば足りるな。
「変えるのは、シャツの襟元だけですか?」
私が聞くと、店主が首を横に振る。
「それも有りますが、上着の袖の飾りですね。お二方は飾りだけですが、領主様ですと紋章を施します」
ぎゃー。面倒臭い。そうだよなぁ、そう言うの有るよね。でも、袖を見れば誰か分かるのはありがたい。
「分かりました。では、全員分を一式揃えてもらえますか?」
そう言うと、二人がぎょっとした顔でこちらを見てくる。いや、国王の前に出る可能性有りそうだし。シャツと袖だけなら、そこまで凄い額にはならないだろう。
と思っていると、ロットに腕を引かれて耳元で囁かれる。
「リーダー。この店だと、シャツ1枚で20万を超えますよ?」
ぶは……。高ぇよ。5枚で農家の年収って何だよ。
「えっと、そんなにするの?」
「はい。謁見用となると、質が全く違います。縫製も変わりますので、値段も跳ね上がります。一式とシャツ三種、袖飾り三種で250万ワールは見て下さい」
ふぁ!?服だけで、2年半の年収なの?
「えと、私はしょうがないけど、二人はどうする? 買っても良い?」
そう聞くと、ロットとドルがこしょこしょ相談を始めた。暫くして結論が出たらしい。
「お付き合いが増えるでしょうから、この機会に買います。ここの服なら、まず舐められる事も無いです。それにリーダーの格に合わせる必要も有りますので、必要経費です」
すまん。家庭も有るのに。でも、服で総資産の十分の一が飛ぶんだから、貴族社会も怖い。
「お待たせしました。先程の通り、全員分一式でお願いします」
そう言うと、店主が温かい微笑みに変わる。
「はい。承りました。お支払いに関しては、勉強致します。これより、足繁くご利用頂けるだけの物をご用意致します」
安くするから、また買いに来てね……か。お世話になりそうだな、ここ。
「それで結構です。デザインに関してはお任せしても良いですか? 田舎者で流行りも分かりません」
「ご謙遜を。公爵閣下、ノーウェ子爵様とのご友誼は耳にしております。はい。デザインに関してはお任せ下さい。今持てる力で最高の物を仕立てるよう致します」
深々と一礼し、店主がにこやかに宣言する。
「どの程度の期間を見れば良いですか?」
「そうですね。領主様を優先するのであれば、五日程ですね。皆様を並行されるのであれば、十三日程を見て頂ければ」
んー。十三日だと、ロスティーが帰ってくる可能性も有るか。
「一式と上級貴族用の装飾、シャツを三人分優先でどの程度かかりますか?」
「ふーむ。十日……ですね。急がせればもう少し納期は短縮出来ますが、品質が保証出来ません」
「では、十日で。手持ちが無いので、後で持たせます」
冒険者ギルドの支部は出来ているから、金は引き出せるかな。無理なら、個人用の特許系のお金から立て替えても良いかな。
「お支払いは仕上がり後で結構です。もし問題が有れば、ご用意頂ける時で結構です。領主様の信用の件はお噂を伺っております。一片の心配も感じておりませんので」
朗らかに店主が言う。うわぁ、嬉しい台詞だけど、さっさと払おう。立て替える。さっさと立て替える。
「分かりました。では進めて下さい。後は女性陣かな?」
そう言いながら、内心で溜息を吐く。はぁぁ、また、どっちが良い?を当てるゲームの始まりか……。辛い……。