第369話 いかに旦那の好みに合わせながら、自分の好みの色に染めていくかも重要です
まずはリズの方に向かう。籠の中を見たが、物は殆ど増えていない。
「あれ? 欲しい物は無かった?」
「ううん。いっぱい有ったけど、今すぐにはいらないかなって。あ、香油。これ、良い香りだったから。これは買うよ!」
リズがフンスっと言う顔で、答える。蓋を開けて中の香りを嗅いでみると、柑橘系に近い香りがするが正体が何かは分からない。リズに聞いてみても、植物の名前は教えてくれるが、それが何かまでは分からない。その内、実物を見た時に教えてくれると言うので、楽しみにしておく。
リズの買い物も終わったようなので、他の仲間の様子を確認に向かう。まずは近くでコップを見ていたフィアとロットに声をかける。
「あ、ここ良いね。小物も可愛いし。見て、このコップ超可愛い。浮き彫りになってるし、手が込んでいるから欲しいかも」
籠を見ると、同棲生活を始めるカップルみたいにお揃いの小物類がそこそこ入っている。
「物は良いです。値段は高そうに見えますが、輸送費と立地を考えれば妥当かと考えますね。品質とのバランスも良いので、ここは流行るでしょう」
ロットが若干唸るように言う。実家も商家なので、そう言う目利きは出来る。その目で見て、流行ると見たのなら、先は安泰だろう。
そろそろ出る旨を伝えて、次を探す。
チャットとティアナ、そして巻き込まれたカビアが一緒に買い物をしている。
「あ、ここ、王都でも使ってたんですけど、大分店の雰囲気も変わって。なんや、可愛い感じが出ましたね」
チャットがにこにこと羽ペンとインクを籠に入れる。
「あぁ、店主さんが王都で店を出していたって言ってたっけ。そんなに雰囲気が変わったの?」
「えぇ。うちが行っていた頃は普通の雑貨屋でしたね。ぱっとした感じは無かったです。ただ、品質は良かったんで、よく利用していましたけど」
やっぱり、ヤーガスの目利きは確かと。石鹸の件も有る。先を見る目も有るし、才能が開花した感じなのかな。
「カビアなら、こっちの方が合うんじゃないかしら? ほら、似合う」
ティアナが微笑みながら、カビアの胸元にピンブローチを飾っている。いや似合うけど……。宝飾品をプレゼントする年上の女性の図と言うのが……。カビアもじりじりと下がっているし。んー。がっついて逆効果な気がしてきた。リズの方を見るが、一緒に微妙に悩んだ顔をしてしまう。まぁ、見なかった事にしよう。リズに頼るしかないかな……。
「あ、リーダー。ドルに聞くと、品質が良い物ばかりと言う事で、ここで揃えてしまおうかと言う話になりました」
ロッサは少し上気した顔で、ドルと一緒に買い物をしている。凄く嬉しそうで、和む。籠の中はロット達よりもう少し多いが、同じような物が入っている。
「作りが良い物が揃っている。良いな、ここは。こう言う店が近くに有ると助かる」
職人目線でもOKと。ふむ。良かった。
そう思った瞬間、すぅっと後を店員に連れられた、リナが通るが、幾つ籠を抱えているんだ。
「おーい、リナ。どれだけ買うの?」
「……はっ。リーダー。いや、これは……何で御座ろう?」
夢から覚めたみたいな顔でこちらを凝視した後で、自分が抱えている荷物を確認する。
「ごめん、意味が分からない。自分で買っているんだよね?」
「いやぁ、これも必要、あれも必要と言われ申してな。考えると必要な気もするので、あれよあれよの内にこの様で御座る」
おぉーい。諜報員。まぁ、こう言う手口に慣れていないからか?浸透系の諜報員って言っていたから、カウンターインテリジェンス側では無いのか?でも護衛って言っていたしなぁ。んー。分からん。直接的な攻撃に対する攻撃の護衛はするけど、防諜までは無理と見るべきなのかな?
「一回整理して、今、必要な物だけ買おう。明日買える物は明日買えるから。じゃあ、整理して。それが終わったら、皆で一度休憩しよう良いかな?」
そう言うとコクコクとリナが頷く。
まぁ、姉御肌のリナがこう言う失敗をするのもチャーミングで良いんじゃないかな。完璧なだけの人間なんて面白くとも無いし。
そう思いながら、カウンターに向かい、リズの買い物の支払いを済ませる。少し待つと、他の面々も会計に向かって来る。リナも最終的には籠半分くらいになっていた。揃って苦笑いを浮かべ合ったが、防諜技術って教えた方が良いのかな。と言うか、詐欺対策くらいは教えておいた方が良い気もしてきた。
会計を済ませて、店を出る。店舗の奥まで来ているので、奥側の階段で上を目指す。
「四階のお店でお茶でも飲もう。確か屋上に出て、眺望も楽しめる筈だよ」
そう言って、階段を上がって行く。荷物が多い場合は各階で預けられるし、馬車までの配達もする。階段も低めに作っているので、そう労力も感じない。
皆で買った物についてがやがやと話しながら、四階に辿り着く。階段から抜けた瞬間、陽光が柔らかく全身を包む。最上階なので、採光を限界まで可能なように設計したが、これは良かったと思う。暴風雨の時は閉めれば良いだけだし。
「うわぁ……。超綺麗じゃん……」
フィアが呆然と呟く。
蝋燭の明かりに慣れると、陽光が眩しく、全てが煌いて見える。視覚効果だが、鏡の多用や貴金属の飾りなどで反射させて輝きを変化させたりと結構仕掛けは仕込んだ。実際に職人さんが微調整してくれたのには頭が下がるが。
廊下を進むと一軒の食堂が開設している。軽食メインのお店だ。店の中も若干ファミレスをイメージした設計を出した記憶が有る。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「九人です。屋上で食べたいのですが、可能ですか?後、軽食のセットを人数分お願いします。お茶で結構です」
後ろを振り向くと特に異論はなさそうなので、そのまま進める。
「はい。お皿は屋上の指定の場所に置いて頂ければ結構です。では、お席でお待ち下さい」
店員に誘導された、十四人以上座れる席に腰をかける。パーティーメンバーで来た時用の席か。
皆は、先程の買い物の中身を取り出して品評会みたいなものが始まる。
「うわ、それ超可愛い。良いなぁ。ロット、そう言うの趣味じゃないって言うし」
「ドルは品質が良ければ、その辺り拘りません。あたしの好みで良いんです」
フィアがロッサの買い物を見て羨ましがる。確かに、ロット組は若干シックな感じでまとまっているし、ドル組はファンシー寄りだ。
わいわいと好みや買った物の用途などで雑談をしていると、香ばしい良い香りがしてくる。
「お待たせ致しました。ガレットとハーブティーのセットです。お熱いのでお気を付け下さい」
支払いを済ませて、トレイを持って、屋上を目指す。
階段を上り、扉を開けると、そこは真っ青な青空がどこまでも広がっていた。