第367話 店内にも採光はしていますが、この規模だと蝋燭がいります
取り敢えず、ご満悦のタロとヒメを箱に戻す。中々見ないサイズの大腿骨でみっしり詰まっている。箱に戻す時に少し持ち上げたが、ずっしりとしている。二匹共もう、上機嫌で抱きしめて噛み、しゃぶっている。嬉しそうに後脚でけしけしと蹴りながら、ころころと箱の中を転げまわりながら骨と格闘する姿は昔と変わらない。可愛い。愛おしさでいっぱいになる。
「二匹に関しては、私の方で見ております。皆様と楽しんできて頂ければと考えます」
馬車を出す前に中の様子を確認しに来たレイがそう言ってくれる。二匹もレイは顔見知りなので、言う事は聞く。
「流石に店の中まで連れて行くのは迷惑かな。そうしてもらえれば助かる」
そう答えると、レイがにこっと微笑み、軽い目礼が返ってくる。チャコールグレーの踝まで有る皮のロングコートの裾を軽くはためかせながら颯爽とターンし、御者台に戻る。何と言うか、何でも様になる人間っているなぁと、そう言う感想しか出ない。
緩やかに発車した後は徐行速度でポッカポッカと石畳の上を進む。
「さて、今ってまだ雑貨店と食堂だけだったかな、入っているのは?」
ティアナと話をしていたカビアに、話の隙間を見て聞いてみる。
「そうですね。届け出では、雑貨店と飲食店フロアですか? その一部です。後、先日服飾店が一店舗開設しました」
服飾系か。リズの喜びそうなの有るかな。服に興味が無い訳では無いし、古着屋でも結構買っていたんだけど、ある程度買っちゃうと満足すると言うか、必要十分で良いと言う感じなんだよな。
ちなみに敷地面積を広げて、柱の数を増やしたら四階建てまでは建てられた。一階は雑貨屋や専門店、食料品店が入っている。二階は女性向けの服飾屋、三階が男性向けと子供向けの服飾屋、四階は飲食屋を集めた。そこそこ展望も良いし、屋上には一部テラススペースも設けた。中央はビジネス街になるので職員や商会の人間が飲食店で買った物を屋上で食べるのも良いかなと思ったのだが、どうだろうか。
ただ、ここ、実は要塞として設計している。飲食店フロアの為と言う名目で地下に食料保存用の空間も作っている。井戸も掘っているので、水も確保出来る。壁材も塗っている。窓も二重構造で外側を閉めれば矢狭間になるようにしている。大通り側に窓が多いのも広告効果だけでは無く、矢が通る経路を増やす為だ。
「服ね……。カビアはどんな服装が好きなのかしら?」
ティアナがじりじりとカビアに接近して、聞いている。でもカビアがじりじりと後退しているのも見えている。あぁ見えて、パーソナルスペース広めの子なんだよな。家宰としてはどうなのと言う話だが、客と割り切ってしまえば問題無いっぽい。知り合いとか中途半端な相手の時に、少し出る感じかな?
しかし、女性がどんな服装が好きなのかって聞くんだから、もうそう言う意味だよね。カビアもある程度は認識している筈だけど、まだまだ先は長そうかな。
「雑貨屋言うても、結構な広さですよね? 何が置いているか楽しみですわ」
チャットが少し期待に満ちた顔でロッサと話している。森で生きていた所為かエルフ全般の鼻は結構良い。香油でも自分の好みの香りを手に入れるとかなり嬉しいらしい。ロッサはドルと一緒になってから、そう言う方面にも気を遣うようになったので、チャットと話し込んでいる。
ロットとドルもそろそろ服が欲しいと言う感じで話をしている。私は前に古着屋で結構な量を買い込んだので困っていないが、折角部屋にクローゼットが有るので少し服を増やそうかと言う話のようだ。
リナは現状に満足しているのか、特に何か特別に欲しい物と言うものは無いようだ。ただ、引っ越ししたてなので、小物類で欲しい物は有るらしく、その辺りを雑貨屋に期待しているらしい。
そんな感じで、雑談に付き合っていると、大きな建物が見えてきた。
中央政庁と同じくらい大きな商業施設を建てる馬鹿とか他の貴族には思われているんだろうなとも思うけど、百貨店は間違い無く流行る。町の中心の一等地に欲しい物が必ず有る商店が有れば客は来る。ある程度顧客を掴んだら、贅沢品を置く比率を上げても良い。将来的には若干高級志向辺りを狙っていこうかとは考えている。
屋根付きの馬車置き場に入る。巧みに窓を天井に作って採光出来るようになっているので、日中の駐車も困らない。雨の吹き込みも余程の暴風雨で無ければ問題は無い。
皆が馬車から下りると、タロとヒメが少し寂しそうにしていたが、レイが咥え紐を持って接近するとしっぽを振って歓迎し始めた。現金だけど、欲求に素直で獣可愛い。
そのまま屋根伝いに、正門から中に入る。扉は解放されて、明り取りの窓からの光で中は明るい。ただ、中央部までは陽光が届かないので装飾付きの燭台が奥の方で煌いている。
構造上若干弱くなるが、吹き抜けにしたので開放感は有る。大工と最後まで交渉したが、城のメインエントランス等の技法を応用してもらい、何とかしてもらった。
「うわぁ……。凄い……ね……」
リズが天井を見上げて、口を開けたまま固まっている。
「気に入ってもらえた?」
私が聞くと、リズが口を開けたままカクカクと頷く。
「これ……構造的に大丈夫なの?」
ティアナが少しだけ眉を顰めて聞いてくる。
「大工の話だと大丈夫。ただ、結構特殊な技法も使っているから詳細を教えてもらえないし、保守業者も決まっているよ」
「たかだかお店一個で贅沢な話ね……。どこかの城かと思うわよ、これ」
そのくらいインパクトが無ければ面白く無い。城と思わんばかりの場所を日常使いに出来る充足感。
「別にどこかの城を模して造った訳でも無いしね。不敬にはならないよ。大工とも完全に新規のデザインだって言う形で設計の確約は取っているよ」
「そんな事で文句を言う人間はいないと思うわよ……。それでも、そうね……凄いわね……」
ティアナの度肝を抜けたなら成功かな。
入り口近くに設置されたインフォメーションに向かうと、案内と書かれた台座の後ろに清潔な服を纏った女性が一人立っている。制服は将来的に作りたいけど、型紙を作る暇も無かった。この辺は日本から持ち込んでみるかな。デザイン的に共通で有れば良いだけだし。
「いらっしゃいませ、お客様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「雑貨屋に行きたいのだけど」
「はい。雑貨屋でしたら、そちら左手側の廊下をお進み頂ければ、右手に見えます。ヤーガス商会となります」
「ありがとう」
この世界でインフォメーションって、見た事が無い。毎回店員を捕まえて場所を聞かないといけないので物凄い面倒臭い。なので、三階までには階段傍にインフォメーションを設けた。
「態々案内だけで人を用意するので御座るか?」
「店の規模が大きいから、案内が無いと迷子になるよ。目的地に辿り着けない商業施設なんて、苛々するだけだよ」
呆れ顔のリナに苦笑を浮かべながら答える。
「勿体無いとは申しはせぬが……。中々そう言う発想にはならんで御座るな」
価値観が違うからかな。客は欲しい物を頑張って探すのがこの世界だけど。別に店が客を案内しても問題は無い。
陽光から飾り燭台で煌く蝋燭へのグラデーションを楽しみながら、言われた通り、廊下を進む。まだ、入っている店舗が少ない為、ガラガラの印象が強い。蝋燭代の無駄だけど、デパートの職員の教育上、運用テストの為に実施してもらっているのでしょうがない。必要経費だ。
「綺麗やと思いますけど、なんや寂しい感じはしますね」
チャットがそっと呟く。
「まだ入っている店舗が少なすぎるよ。埋まれば寂しさは無くなるかな」
店舗が入るブロックの説明などをしながら先に進む。今だと、隠してもいないので、バックヤードに行く為の扉も見えている。あそこから裏側に入ってそのまま地下や各階に移動も出来る。
暫く歩いていると、目前が明るくなる。飾り燭台の上に明々と輝く蝋燭達。ふと上を見上げると、ヤーガス商会と書かれた看板がかかっている。さて、目的地だ。
「じゃあ、皆、買い物を始めようか?」
そう言って、リズの手を取る。銘々で目的の物を探し出す。それに近付く店員達。接客マニュアルは私が知っている限りのデパートの接客技術を書き込んだ。最低限のサービスとして各店舗に運用をお願いしてもらっている。
「ねぇ、ヒロ。どうしたら良いのかな?」
「大丈夫だよ。あぁ、そうだ。出来ればリズに贈り物をしたいよ。中々こんな機会も無いし。前にブラシが欲しいって言っていたよね?」
「うん。今のはちょっと傷んできたから、欲しいかな」
「そっか」
にこやかに立っている店員に片手を上げて目礼をする。それに合わせて、店員がこちらに近付いてくる。さて、ご所望の品は有りますかな?