第364話 ラウンドアバウトと馬車の相性は良いです
ふと、目が覚める。周りは薄暗く、スマホの明かりで時間と窓までの経路を確認する。窓を開けると、三月二十日は晴れ。少しだけ昨日の雲は残っているが雨を降らせる程の物では無い。抱き枕にしていたリズは、口を半開きにして、むにゅむにゅと口を動かしながら、眠っている。箱の二匹は仲良く寄り添って、睡眠中だ。静かに部屋を出る。
厨房は昨日と同じく、既に活気に満ちている。こちらに気付いた使用人が頷き、奥の方に向かっていく。戻ってきたその手にはタロとヒメの食事が乗っている。鳥頭まで煮てくれているのでたすかる。
「ありがとう」
そう言って、受け取ると、頭を下げられる。
「いえ。下拵えのついでですので。恐縮です」
忙しい子の邪魔をするのも申し訳無いので、感謝の言葉を再度かけて、厨房を出る。
部屋に戻って、タロとヒメを撫でて起こす。食事に気付いてはっはっとするのを宥めて、待て良しで食べさせる。ヒメはしゃくしゃくが有るので上機嫌だ。食べ終わったら、水を生み、満足したら、箱から出してあげる。すると、たーっと壁際まで走って行って、二匹でクンクン壁を嗅ぎ、匂いが薄くなっている場所には体を擦り付ける。もう、この部屋は彼らのテリトリーなのだろう。タロがヒメを見守る感じでちょっと微笑ましい。狼経験はタロの方が後輩の筈なのに、先輩っぽい。
リズは相変わらず幸せそうな顔で寝ている。ただ、昨日は早めに寝たので、すぐに起きそうな気もする。耳元で朝の旨を囁く。
「ん……んん……うん……」
ころころと逆サイドに転がる。逆サイドに行って同じく囁くが、また反対側に転がるだけだ。口付けて、頭を撫でていると、暫くして、ぼーっと目を覚ます。
「……あ、ヒロ……。ふわふわする。気持ち良い」
ふわっとした笑顔を浮かべて両腕を絡めてくる。それを固定して、上体を起こす。
「さぁ、そろそろ朝だよ。起きよう」
「ん。起きる」
リズが素直に、ベッドから下りて用意を始める。
後ろで手伝いながら、ささっと済ませてしまう。
「さて、食事に行こうか?」
「ん」
食堂に向かうと、ドルとロッサがまだだった。珍しいなと思ったら、少し後に食堂に入ってくる。
「おはよう」
お互いに朝の挨拶をして、朝ご飯となる。
「幸運な事に晴れたみたいだし、そのまま馬車で見学って感じかな? 何か見たい、行きたい場所は有る?」
聞いてみると女性陣は温泉宿の現在を知りたいらしい。
ロットは鍛冶屋で武器の補修をお願いしたいようだ。ネスの所から出て4日以上。何気なく、鍛錬もしているので、巻革の補修などをお願いしたいらしい。
他のメンバーもこの機会に補修をと考えているらしい。
レイはにこやかに話を聞きながら、ルートを考えている様子だ。しかし、日に日に若くなっている気がする。何と言うか、始めの頃は若干厭世的で錆びた渋い部分が強めの人間と言う感じだったが、いぶし銀の人間的魅力が滲み出てきた。それが本来の姿だったんだろうけど、それが出てくる環境だと言う事実が嬉しい。
そんな話をがやがやしていると食事が終わる。銘々がほとんど支度は済んでいるので、一回部屋に戻って、外で集合と言う話になった。
部屋に戻って二匹をどうしようかと思う。今、食事を受け取るのは私かリズだけなので、ご飯抜きになってしまう。まぁ、散歩がてら連れて行くか。首輪を用意すると、すわ散歩か!!とはしゃぎ始めるが、首輪だけ嵌められて箱に戻されて、きょとんとしている。都度都度降ろして、散歩させる感じかな。ペット温泉の運用が始まっていたら試しても良い。
軽く上着を羽織り、ガンベルトに短槍もどきだけ差し込んでおく。槍とグレイブは補修用に持って行く。実際に使う事は無いだろうし、魔術も短槍もどきも有る。
玄関に出ると、レイが馬車を回してくれている。
「武器、防具の補修には若干時間がかかります。先にそちらに向かい、男爵様とカビアだけで中央政庁をご見学されるのが良いかと。見学後は再度工房側に馬車を回しますので、皆様を拾い、飯場でお食事の流れ。そして、中央の商店区画の見学、農家の見学、歓楽街の見学と言う流れで如何でしょうか?」
レイがすらすらと、予定を決めてくれる。特に異論は無い。町として考えた場合は、東→中央→東→中央→南西→北西での移動かな。混んでいる訳でも無いのでそう労力でも無い。
皆も異論は無いらしく、箱詰めの防具や、鞘に入った武器類を含めて、馬車に乗って行く。
乗り込み終わったのを確認し、レイが、馬車を出す。町中は主要幹線はほぼ完全にローマ街道化が完了している。
石畳の上をカッポカッポと馬蹄と石の絶妙なリズムを奏で緩やかに走り出す。何とも言えず風情を感じさせる。
晴れの中気温も上がり、幌を上げても寒くは無い。窓の部分を開放し、外の様子を見ながら先を進む。
五稜郭から大教会横を抜けて、東側へ進路を向ける。ラウンドアバウトなので、該当道路に乗ってしまえば勝手に東側に進路が向けられる。馬車への抵抗も少ない。急カーブが増えると、兎に角車軸へのダメージが大きい。そう言う意味でもラウンドアバウトは便利だ。
「規則さえ把握すれば、この町の道路は走りやすいですね。どこに行くにしても、曲がり続けていればいつかは辿り着けますし、曲がるのが容易なのが助かります」
レイが御者台から声をかけてくる。
「交差点を作る事も考えたけど、人間が管理するのも無駄だしね。どこかでミスが発生して事故と言うのも有り得るだろう? 初めから人間を使わなければ事故も起きないよ」
そう答えると、レイも嬉しそうに頷く。本当にこの人、効率的とかそう言う言葉が大好きだ。
まだまだ区画分けだけでがらんとした空間を挟みながら、徐々に建物が建っているのを横目に、工房街に向かう。東果てになるが川と隣接する為にはしょうがない。川の水質的にもそのまま工業用水として使えるし、水車の動力にもなる。揚水設備も併設しているので、上水道として、汲み上げの必要も無い。
東側でも中央よりの一際大きな建物の前で馬車の足を緩める。ここは鍛冶ギルドの官舎になる予定の建物だ。建物そのものは出来ているが、まだギルド職員は入っていない。また最終的にはネスが掌握する筈なので、ネス待ちの部分も有る。
建物の横を通り、川側の工房設備の前で、馬車を停める。正式に町作りに絡んだ鍛冶仕事を委託された集団が鍛冶仕事をしているのがこの辺り一帯となる。その中でも外注を引き受けてくれる職人もいる。『リザティア』まで来た、出て行く商人や、護衛、傭兵の仕事も受けなければいけないからだ。
工房内のカウンターに初老の男性が立っている。
「いらっしゃい。あら、男爵様ですか。どうなさいました?」
初老の男性が外の馬車の略式紋章を見たのか、聞いてくる。五弁桜なんて、私しか使っていないしな。
「おはようございます。『リザティア』まで来るのに使っていた武器防具の保守をお願いしようと思いまして」
そう答えながら、銘々がカウンターに荷物を置いていく。それを男性が目利きしていく。
「戦闘で使ったと言う訳では無いですね。防具の方は伸びた皮の部分を調整するのと、武器周りは巻革の補修程度で済みます。ちょっと量が有るので、すぐと言う訳にはいきません。昼くらいまではお時間を頂きますがよろしいですか?」
レイの予想通りか。皆の方を向くと、トランプをふりふりしているので、待つ気満々か。どうも、こう言う時用の応接間も有るらしいので、皆はそこに待機してもらう。
「では、お願いします。昼頃にまた来ます。仲間達は置いていきますので。邪魔になるようなら、言い聞かせて下さい」
そう伝えて、カビアと一緒に再度馬車に乗る。中央政庁の中身は資料で貰っているが、実際に入っているのがどこかまではリアルタイムに把握出来ていない。なので、どこまで指示を出して良いかも謎だ。一回現場を見たいし、急がせないといけない部分は知っておきたい。そう言う意味での視察だ。
「では、出発致します」
レイの声に合わせて、馬車がまた走り出す。さて、町の心臓はどうなっているかな?