第360話 その道のプロと打ち合わせると、熱量に圧倒されます
「初めまして。男爵様。アマンダと申します。青果及び香辛料の扱いが主となります。今後ともよろしくお願い致します」
アマンダが朗らかに微笑みながら、頭を下げる。
「初めまして。トルカの村の食堂で、新しい香辛料を食べました。いや、脂との相性の良い、甘い香辛料でした。やはり香辛料一つで料理の幅も広がりますね」
「あぁ……。なるほど。はい。ここまでの経路でしたので、何店舗か開拓致しましたが、その際の……。中々、初めての味と言うのは受け付けてもらいにくい物でしたが、トルカの食堂は冒険心のお強い方でした。面白いと。今後ともご購入いただけるとのお話ですので、良い商売だったかと考えます」
笑みが強くなる。
「青果ですか。果物の取り扱いもなさるんですか?」
「はい。砂糖は有りますが、中々甘い物を口にする機会も有りません。足は早いですが、その分売れますので、流通に乗る際には積極的に乗せています」
初めて料理を作った時の砂糖の値段を考えて、甘味の価値を考える。甘さはそのまま欲望と直結している。この世界の人間も甘い物は食べたいか。
「海側の村も並行して作っております。あちらでもアマンダさんが扱われるような品が採れれば良いのですが」
「そうですね。南に行けば行く程、甘い果物は種類も豊富になります。甘みの種類も変わりますしね。もしよろしければ、その辺りの取り扱いも委託頂ければ幸いです」
「はい。また海側には向かうので、試しに何点か持ち帰るようしますよ」
「それは楽しみです。中々南の方の村と言うのも余裕の無い村が多いのです。甘味より食料と言う話ばかりで。難しい物です」
あー。どこの漁村も大変そうだし。果物とか商売に手を出すくらいなら、自分達で食べちゃうか。
「分かりました。海に行った際に対応します。後、野菜関係はこれから作って行くと言う形になるかと思いますが。どうお考えですか?」
「そうですね。一旦はトルカ経由で各地の野菜を集めます。また、森で自生している物も有りますので、その辺りで凌ぎましょう。今後の『リザティア』の畑の計画は拝見しました。野菜関係に割り振られるであろう畑がかなりの割合を占めていますがそれは何故なのでしょうか?」
「料理の野菜を多めに収獲したいと言うのは有りますね。税が10年間免除されている手前、小麦の増産を急ぐより、食生活の豊かさを目指して、貨幣を稼ぐ方が望ましいと判断しました」
小麦に関しては、同じ耕作面積でも粒数が増えれば、収穫量そのものは増える。見た目上は小麦畑が若干少なそうに見えるが、今の計算だと最終的な収穫量は変わらない予定だ。駄目でも失敗するのが男爵のお仕事なので、問題も無い。干鰯が間に合えば、そこまで焦る必要も無いかなとは考える。人魚さんに頼めれば良いなとは考えている。
「そうですか。通常は不作を怖がり、必要以上に小麦を作り結局その他の作物を割高に購入すると言う貴族の領地が殆どですが……。その辺りは怖くは無いのですか?」
「この土地での農業そのものが初めてです。失敗を前提として、一番被害が小さくなるようには調整しております。大麦が成功してくれれば、当面の飢えは凌げますので」
「なるほど……。畑も拝見しましたが、土も良いようで。面白い土地だとは感じます。後、家畜類を農業に利用すると言うのも面白い発想かと考えます。牛は乳の為、馬は輸送の為と考えておりましたが、企画書では耕耘にお使いになるとか。是非実物を拝見したいと楽しみにしておりました」
「ようやく機材の開発も終わりましたので、実施出来ますね。今の計算なら、春まき型の大麦に間に合うかとは考えていますので、その辺りからですね。春蒔きの野菜も出来れば農家と連携してお願いしたいと考えております」
そう言うと、アマンダがきゅっと両手を曲げて、力こぶを作る仕草をする。でも出来ていないし。チャーミングだな、この人。
「はい、その辺りはお任せ下さい。農家の皆様と協力し、作物の方は調整していきます。ここはワラニカの東の果て。隣国にも国内にもどちらにも手が伸ばせる場所です。今から楽しみです」
アマンダが力強くにこりと笑う。うん。この辺りは専門家に任せよう。私が出来るのは追肥など、この世界に無い調整部分を納得してもらい実施してどれだけ予測値と変わるかを見ていくだけだ。
「後は、香辛料の試供品を一式頂けますか? 私も料理はしますので、他の使い道が無いか、少し研究したく考えます」
「あ、それに関しては、アレクトリアさんにも伺いました。料理の基礎も男爵様からの提供とお聞きして驚いております。私もお渡しした野菜があのような形に生まれ変わると思ってもいませんでした。香辛料も含めて、今から楽しみです。今後の外貨獲得の為にも、是非利用手段の拡充はお願いしたく考えます」
他領からの輸入も含めて、青果市場に関しては一式の管理を担ってもらう。そう言う意味では、強みをはっきり理解してもらう必要が有る。成果だけ持って行かれてドロンなんて考えていない。この渡世も世知辛い。変な事をした報いは必ず返るようになっている。それが分かっているから、私は信用を一番大事にする。
「料理でも色々と訪れる方を楽しませたいと言うのは有りますね。アマンダさんの商売のタネが増えれば良いと考えます」
私が微笑みながら言うと、アマンダが深々と頭を下げる。
「非才な商家の身ですが、男爵様の領地で細々とでも商売を致したく考えます。どうぞこれからもよろしくお願い致します」
ロルフと同じく、肩を掴んで顔を上げてもらう。
「野菜作りに関しては、私は初心者です。出来れば農家の方と連携して、良い結果を生んでもらえればと考えます。どうかよろしくお願いします」
そう言って、握手を交わす。肉は猟師ギルドに頼めるが、野菜は自分達で生産しないとどうしようもない。今後の人員増を考えれば、早い段階で増産出来るだけの下地を作る必要が有る。アマンダにはかなり無理をお願いする事になるだろう。それでも、楽しそうと思ってもらえるなら、僥倖だ。
「挨拶はよろしいですかな?」
フェンが、微笑みながら、聞いてくる。二人が頷き、一歩下がる。
「では、商工会に関しては、正式に設立致します。工業関係者がまだ揃っておりませんので、商業系が主となりますが、工業系は一旦保留としますので、ご安心下さい。揃い次第、連携して今後の『リザティア』の運営に関して相談していきたく考えます。まずは、歓楽街に関してのざっとした取り決めと『リザティア』の町側の住民に対する商売の安定供給を目的として発足致します」
「はい。問題は無いです。始めの住人は政務官達と農家とその家族が主体でしょう。歓楽街は兎に角、従業員ですね。この辺りへのサービス提供をどうするのか。お知恵を借りられればと考えます」
そう言うと、三人が頷く。
私が町の概略図を開き、三人がそれぞれの考えを上げて議論を広げて行く。まずは、大まかな方針策定が出来ないと、商工会側への落とし込みも出来ない。
計画、企画書に記載していた内容の事情や、展開、何故それを行うのかの部分を改めて説明しながら、納得を促していく。その道のプロとして、三人が妥協出来ない部分は取り込みつつ大方針をまとめていく。
あぁ、こう言う打ち合わせも久々だな。スタートアップの会社さんのフォローなんかでは良くこの空気を嗅いだ。あの沸々とマグマのように焦げ付くような未来への餓え。あの焦げ臭い匂いを嗅ぎつつ、打ち合わせは続いていく。