第358話 実は耳を触るのは結構好きです
部屋の中の微妙な光の変化で目が覚めた。一瞬自分がどこにいるかが分からず焦ったが、領主館の部屋かと思いだし、安心する。木窓の密閉率が良いので、日の差し込みが弱い。スマホの時計を見ると、いつも目覚めるのと同じような時間だ。身に染みついたなと苦笑する。
木窓を開けると、霧のような細い雨が降っている。んー。これは森への探索は延期かな。流石に雨と分かっているのに、出て行ってもらうのも申し訳無い。
ベッドの上のリズは、疲労も有ってか、まだ深い眠りのままだ。幸せそうな顔を見ていると、心の奥から温かいものを感じる。
箱の中の二匹も寄り添って眠っている。昨日、散歩もたっぷりして、領主館の中の探検もしたし、お疲れ様なのだろう。環境の変化も有る。ゆっくり休んで風邪などひかないようにして欲しい。
扉を開けて、外に出る。厨房に向かって歩くと使用人達が忙しなく動いている。やはり、朝が早いなと思う。そのまま厨房を覗くと戦場のようになっていた。少し手の空いた使用人を呼び止めてタロとヒメの食事を頼む。
「あ、タロちゃんとヒメちゃんの食事ですね。少々お待ち下さい」
心得たもので、用意していた物を差し出してくれる。鳥肉とモツと太めの骨で、細い骨は除いてくれている。熱も通していないので、砕けて喉に刺さる事も無いだろう。感謝を伝えて、部屋に戻る。
部屋に入り、箱の前に座る。ぐっすり睡眠中の二匹を前に皿に分ける。さてどう起こそうか……。タロの耳の穴に指をそっと差し込みくしゅくしゅっと小刻みに動かしてみる。こそばゆいのか首を緩やかに振るが起きない。何だか可愛い。逆側も同じように試してみるが、結果も同じだった。どこか恍惚とした顔でふにゅうっと寝ている。ヒメの耳も同じようにこしょこしょしてみるが、こちらはすぐに起きてしまった。可愛い姿が見られなかった。
『ぱぱ、かゆい』
ふるふると首を振る。と、匂いに気付いたのか、さっとお座り体勢になる。また巻き込まれてタロがころころと転がる。野生の無いタロも可愛い。目が覚めたタロも気付いてお座りになる。
皿に分けて、待て良しで食事を開始する。
『とりー!!ざりざりも!!ほねー!!』
あぁ……。最近骨の玩具ばかりで肝心の骨は渡していなかった。鶏頭水煮で良いやって思っていた。
『ざりざり……おいしい』
ヒメは砂肝から狙っていく。やはりチョイスがちょっと渋い。
二匹共最後は骨をゴリゴリと食べている。特に喉詰まる事も無く飲み込んでいく。そろそろ臼歯も生えて骨も砕いて磨り潰せるか。そう言えば、抜けた歯とか見た事無いけど、乳歯、どこにやったんだろう。歯磨きの時に歯の長さがちょっとずつ変わるので永久歯になったのは分かるけど、乳歯の残骸を見ない。うーむ……。食べたのか?
食休みです!!と言う感じで伏せ始めたので、考えを中断して、リズを起こす。
額と頬に口付けて、耳元で朝だよと呟くがころりんと掛布団ごと転がって行く。逆サイドで同じ事をすると同じように転がって、何だか海苔巻きみたいになった。ちょっと面白い。
まぁ、もう良いかとはむっと唇で耳を噛んでみる。
その瞬間、リズがばっと起き上がり、周囲を見渡し、私を発見する。
「ヒロ!! 耳は駄目って言った。何回も言った!!」
「ちょっとだけはむっとしただけだよ」
「禁止!! 耳は禁止!!」
そこまで言うと、周囲を見渡し、納得顔になる。あぁ、リズもどこか分からなくなったな。
「そっか『リザティア』の領主館だね。もう、ヒロが変な起こし方するから一瞬どこか分からなくなったよ」
絶対にどんな起こし方しても、分からなかった筈だ。理不尽だ。
そう思いながら、手を出して、ベッドから立ち上がらせる。
「さて、朝ご飯と言う訳で、用意をしようか」
そう言って、歯磨き、洗面、髪の毛のセット、着替えといつものコースを済ませる。朝ご飯は出来たら侍女の人が知らせてくれる筈だ。
昨日風呂で話した予定の話をすると、女性陣も今日の予定は調整していたらしい。特に何も無いのなら飯場の購買部で日用品の不足品を買おうかと言う話になっていたらしい。ロット達もそっちに混ざってもらうか。今日出発は流石に意味が無い。急ぐ話でも無いのに、風邪でもひかれたら適わない。
そんな雑談をしていると、扉がノックされる。返答すると、朝食が出来た旨だったので、そのまま先導してもらう。
食堂には皆がかけている。私が座ると、食事が運び込まれ始める。朝の挨拶と食事の開始を宣言し、食事を始める。
「あ、昨日調整した話だけど。今までも暫定的にロットがサブリーダーと言う形でやってきたけど。それを正式に認める形になる。今後、私に何か有った場合はロットの指示に従って欲しい」
そう言うと、特に異論は出なかった。もうずっとこの体制なので、異論が出る余地も無い。
「後、ロット達に森の調査を依頼したけど、今日は雨だし延期しよう。風邪でもひかれたら困る。後、女性陣が飯場の購買で日用品を買うらしいから、一緒に行って来たら?」
そう言うと、ドルを除く皆が頷く。
「完全休養と言う話なら、俺は鍛冶場の方の確認に行ってくる。現状も鍛冶仕事はやっている筈だから、一通りは確認出来るだろ」
私も、鍛冶が出来る体制を作ってくれるなら、異論は無い。そのままお願いする。
女性陣は、香油とか服とかの話でキャーキャー言っている。前もそうだったが、飯場の購買が結構侮れない。東側からの交易人もここで荷物を下してそのまま東に戻ったりするので、町にも無いような物が売っていたりと結構驚く。まぁ、そう言う掘り出し物を見つけてきてくれれば良いかな。
食事を食べ終わると、お昼ご飯は各自で、夕ご飯を一緒に食べよう程度の時間調整で、各自散り散りになる。用意が済んだら、皆、飯場に行くのかな?
レイは、馬の世話に厩舎の方に向かう。
私はカビアと一緒に執務室に入る。執務机の椅子を引き、座る。カビアはソファーに座り、テーブルに書類を広げ始める。
「昨日の夜の段階で面会の申し込みが何件か入っております」
夕方に着いたと言うのに、話が早い。耳の良いのが良い商人って言うけど、良すぎないか?
「フェンさん絡みですね。もう暫くすれば来られると思います。特にこちら側で準備すべきものは有りません。もう少々お待ち下さい」
カビアがそう言うと、テーブルの書類の整理を始める。こう言う時は泰然自若と言うか冷静沈着と言うか、政務官っぽい。
さて、フェンかぁ……。久々だなぁ。少し楽しみだ。そう思いながら、私も書類の整理を始める。昨日は棚に詰め込んだだけなので、用途に応じて並べ替えていく。
そんな事をしていると、扉が叩かれる。フェン達が領主館に着いたようだ。整理も終わったので通せる。応接室に通すように伝える。
さぁ、書類では動きを見ていたけど、実際はどうかな。紹介される人材も楽しみだ。わくわくとしながら、先導の執事の登場を待つ。