第356話 男と男の裸の付き合い~レイの場合
下着と部屋着、石鹸と酢を持って外に出ると、同じようなタイミングで皆が出てくる。どうもフィアが走って報告してくれたらしく、最後にレイが出てくる。何と無く皆で列になり、歩く。いや、廊下はそこそこ広いし、昔のRPGみたいに並ばなくてもと思うけど、何故かザッザッザみたいな足音が鳴りそうな感じで並んで歩く。意味が分からないよ。
浴場前につき、取り敢えず脱衣所を抜けて、中を見るとお湯は抜いてくれていた。良かった。リズにお願いしていたけど、忘れられていたら、抜くのに時間がかかっていた。先程と同じくお湯を生む。湯気を抜く為に窓が開けられていたので、閉める。春と言えど、流石にお風呂には少し寒い。徐々に湯気が充満してくる中を脱衣所に戻る。
「用意出来たよ。入ろう」
そう言って、服を脱ぐ。桶関係は壁際に立てかけて置いて欲しいと言ったので、立てかけてくれている。それを取り、それぞれがかけ湯をして、頭と体を洗っていく。
偶にはと酢リンスをしてみた。と言うのも、前に髪を切ってから結構時間が経って、伸びてきている。また切りたいのだけど、タイミングが取れず、ずるずるそのままだ。流石に理髪店はまだ町に存在していない。歓楽街に美容院は建てようと思っているので、そこでお願いした方が早いのかな。身嗜みが重要なので、必須と思っていたし、髪形等は現在日本の髪型のアレンジを勉強してもらう。妻の髪の毛は私がアレンジしていたので、結うのは出来る。流石にカットまでは不可能だけど。
そんな事を考えながら、湯船に浸かる。この前、温泉宿の大浴場に浸かって以来かな。足を伸ばしてお風呂に浸かれるのは。移動の疲れがどっと出てきて、体中を倦怠感が包む。それがお湯に溶け出すような感じだ。
「ふぁぁ……。やっぱり広いお風呂は気持ち良い……。樽でも良いけど、手足を伸ばせるのが嬉しい」
「そうですな。やはり御者台だと冷えますが、温かな湯に浸かるだけで癒されます」
レイが若干緩んだ顔で、ほのかに微笑む。
「レイも長い旅、お疲れ様でした。ありがとう。助かった」
「いえ。道が良くなったのが助かりました。疲労が全く違います」
御者も衝撃を逃がす為に色々飛んだり跳ねたり、結構忙しなく動いている。道が良くなれば、そのまま疲労が軽減する。
「レイが良いのなら、良かった。後は海側だね。道の拡張を先にしてもらっているから。また、悪い道での移動をお願いする事になると思う」
「それは構いません。仕事ですので。ただ、春は天気が崩れやすいです。移動の間は薄曇りや晴れでしたが、天気が良いままかは微妙ですね……」
先程、窓を閉めた時に空を見上げたが、少しずつ雲が厚くなっているようで星が見えなかった。
「少し様子を見た方が良い?」
「農家の意見を聞くと言う手も有ります。ただ、この時期はどうしようもないです。降る時は降りますので」
天気予報なんて無いし、そこは無茶をお願いするしかないか。
と言うか、レイに負担を掛け過ぎなので、数日は完全休養を取ってもらうけど。
何より、戦技教導までお願いしている時点で契約違反なんだよな。別途で給与を出すと言っても聞かないし。別契約か元の契約に付帯事項としてくっつけて給与を上げたい。
「レイ」
「はい」
「契約内容を変えたい。前にも言ったけど、今回は正式なお願い。仲間達の教導もそうだけど、衛兵の再編含めて指揮を執って欲しい」
「私が……ですか?」
「レイ……だからかな。教えるの上手いし。信頼している」
暫しの沈黙が浴場を覆う。どこからか垂れた雫がポタンと反響する。
「そこまで買って頂けますか……。既に引退した身ですよ?」
「引退したら人間が腐る訳で無いし。私の目が節穴だって言うなら仕方が無いけど」
「はは。そのように仰いますか。指揮ですか。カビア、衛兵部隊で何名を想定している?」
レイが表情をいつもの物に戻し、カビアに問う。
「町及び歓楽街の警邏、護衛で最終千二百名です。輜重、農民偽装の予備役、その他も含めます。それに騎士団として増員四個小隊です。騎士も二名配置されます」
騎士団に関しては、規模が大きくなると言う事で騎士団として一個中隊を貰った。予算がガバガバだし。良いかなと。金が生めるなら維持は可能だ。
衛兵は結局警察組織と一緒になるので、この数になった。この数でもまともに組織として回そうとすると足りなくなる可能性も有る。治安維持は本当に金食い虫だ。そりゃノーウェもロスティーも喜ぶよ。引退した人間がこれだけ再雇用されるんだから。クロスボウを配備するまでは長柄で働いてもらう。この世界、軍を引退するにせよ、年齢がまだまだ若い。再教育すればまだまだ現役を張れる。
「一部拝見致しました戦闘教義に関してですが、本気で運用をお考えですか?」
この世界、人間同士の戦闘って本当に少ない。この前の陛下の件の時も動いた兵は最終的に敵対する軍を引っ張り出して、方陣でぶつかり合う程度の話だ。重装の維持は結構金がかかる。結局弓はまだ有効だし引退した者の中には弓の熟練者がごろごろいる。騎兵との連動、兵器の開発でカタクラフトの運営までは何とか一気に持って行ける。クロスボウが制式化するなら、テルシオ……スペイン方陣もどきまでは進化出来る。ここまで行けば重装兵相手でも一方的に鏖殺可能だろう。
でも、そこまでは書いていない。まずは弓騎兵と兵器、歩兵の有機的な連携だろう。礫弾、岩弾を放つカタパルトの開発が済めば、攻城、野戦共に距離のアドバンテージは得られる。その辺り、今までの重装歩兵と補助の弓兵と言う旧態依然の考え方だと困る。レイはもう、先を見た。どうせ巻き込むつもりだったし、契約上の守秘義務は元斥候と言う事で初めから組み込まれている。
「本気。一切の有象無象が『リザティア』に手を出すと言うのなら、一片の塵も残さず、殲滅する。そう決めた。私が、そう決めた」
もう、私の器には青い血が満たされた。これからは私の世界全てに揺蕩い、どこまでも広がり、埋め尽くしていくだろう。でも、それで良いと決めたんだから、それで良い。
刹那、温かな浴場がぴんっと凍り付いたように張り詰める。
「分かりました。訳の分からない国の為と言う名の命令には辟易としておりましたが、男爵様が望まれ、私の知る者を守ると仰られるのならば、この身、お捧げ致します」
レイがふぅと息を吐き、そう告げた瞬間、ふわっと空気が揺らぎ、元の緩やかな温かい空間に戻る。いやぁ、人類最高峰の殺気なんて、感じる物じゃないね。鼻の奥がツンとかじゃ無く、鼻血が出るかと思った。
「ん。よろしく。その辺りは任せる。騎士団の指揮権限は渡すから、副官作っちゃって欲しいかな。御者はお願いしたいからいない間の対応も必要だよね。斥候団の頃の位階が有るし、名目は立つから。『リザティア』防衛軍最高指揮官さん」
そう言うと、レイが苦笑を浮かべる。
「大仰ですな」
「大事な大事な『リザティア』だもの。きちんとやってもらわないとね。その為には何でもするし」
そう言って、レイと一緒に笑い合う。
「畏まりました。正式に拝命するまでは現職を維持致します。今後ともよろしくお願い致します」
レイが湯の間際まで一礼する。その肩を軽く叩く。
「重荷を負わすけど、ごめん。きっと人間の欲は暴走する。そんな物に私の大事な物を巻き込みたくない。だから、レイ。一切の良心の呵責は私に預けて良い。過去の一切合切を私に背負わせても良い。あらゆる敵を排除して。全てを殺し尽くそう。私が赦す。私の責の元、一切を赦す」
「……。変わられ……ましたな。ロスティー公爵閣下もノーウェ子爵様も心配されておられましたが、そこはもう過ぎられましたか……」
「根本は変わっていないよ。今でも震える時も有るさ。でもね、私は私の物に手を出されるのを許す気は無い。だから、覚悟した。屍山血河を築こうと、私の物は守ると」
「そうですな……。変わられてはおりませんな。大事な者を守る。はい。その思い、しかと受け取りました」
レイはこれで良いかな。巻き込むのは申し訳無いが、もうそんな遠慮は卒業だ。きちんと契約は守る。その契約の元、この『リザティア』を守る。
さて、次はロットかな。