第349話 それぞれの引っ越し事情の確認
「そうですね……。ドル以外に関しては即日動けますね。元々荷物も少ないですし、護衛仕事等を考えると身軽にしていますので」
ロットがさも当然と言う感じで言ってくる。青空亭に着いたら、丁度食堂で皆ががやがややっていたので話を聞いてみた。それに対してのロット代表の一言だ。皆も同意するように頷く。
「俺も、荷物そのものはまとめてある。鉄材も今回の重装の件で大分消費したしな。それでも当面の皆の装備の保守部材としてなら十分足りる。革に関してはちょっと補充していく必要が有るが。移動に際してはこれくらいは積んで行きたいな。将来的にネスが現地に動くならそこから譲ってもらうのも難しい話では無いしな。なので動く事自体は問題無い。」
ドルが少し考え込みながら答える。となると、動くのに支障はないと言う話か。
「分かったよ。明日とか明後日とかそう言う単位でも大丈夫なんだね。なら食料等の補充をお願いしようか。向こうの商家がどう動いているか見て見ないと分からないし。前の状況だと飯場でご飯は食べられたけど。森の様子を見たりも有るから、用意をしていた方が無難かな。ひと月分目安で調達をお願い出来るかな?」
皆に聞くと了承が返って来たので、そこは安心する。ドルはネスの所に預けてある道具類を回収してまとめ直すのを優先してもらう。元々馬車の積載も余裕を見ているので、重量に関しては問題無いだろう。
仲間が銘々で担当を決めて、調達に動き始める。私はテディに声をかける。朝の忙しい時間帯が過ぎたので話は出来そうだ。
「おはようございます。『リザティア』への移動の件で話に伺いました」
「おはようございます。態々ご丁寧にありがとうございます。はい。話は伺っておりました。私共はややズレるでしょうが急ぎ向かうように致します。領主様に領地移動に関して申請致しましたら、直々に馬車を出して頂けると。新しい店主に引継ぎは終わっておりますし、時期は男爵様の意思次第でした。今のお客様が出られたらですので、明後日以降には動けます。女房と従業員二名ですから、身軽ですよ」
テディが人好きのする笑いで答える。
荷物をピストンで運ぶのを手伝おうと思っていたが、ノーウェが手を回してくれたか。領地から人員を引っこ抜く話なのに助かる。町の方でも人材余りが発生しているだろうし人員の流動は望ましいのかな。そもそも引っこ抜くのはテディとネスだけだし。大勢に影響は無いか。現代日本的に考えると巨大な穴な気もするけど、きっと見えていないから大丈夫。『リザティア』の産物とサービスで返せば良いかな。
温泉宿にマネージャー用の宿舎と従業員宿舎は有るので、そちらにそのまま入ってもらえば良い。後は荷物だけだが、その辺りの梱包はもう進めて、必要最低限だけで回しているので動くのは本当に明後日でも可能らしい。この世界の人間はフットワーク軽いな……。日本だと一人暮らしでも一週間くらいは用意にかかっていた気がする。
その後は現状と、向かった後に関して、何点か認識の齟齬を埋め合って、納得したところで宿を出る。温泉宿と言うよりも外湯設備も含めた大きな意味でのゼネラルマネージャーを想定している。風俗店舗を除く宿泊施設全般を最終的には統括してもらう。全体的なサービス品質を一定に保つには、意思決定者が一人の方が望ましい。私もフォローはするが、テディに任せてみたいし、テディもその規模でも運営は初めてと言う事で非常に楽しみにしている。
てくてくと鍛冶屋に向かうと、丁度お客さんが途切れたところなので、ネスに声をかける。
「おはようございます。お時間大丈夫ですか?」
「やっぱり慣れ無えな……。どうした?」
「いや、そろそろ『リザティア』に移動しようかと思いまして。その辺りの話を出来ればと思いまして」
「おぉ。その話か。いや、領主様に申請は出してたんだが、何か荷物含めて移動はお任せ出来るみてぇでな。正直助かってる。弟子の分も合わせると結構な量にはなるんでな。材料の供給もギルドの方と調整は済んでいる。なんで、移動したらその場で開業可能だ」
こっちもノーウェが動いてくれているか。ありがたい。と言うか、気を回し過ぎな気もする。
「私達は先に明日か明後日辺りには出ようかと思っています。ネスさんはいつ頃到着予定ですか?」
「あー。抱えてる仕事は無えが、後任がまだでな。それ次第の部分は有る。ギルドの方からは近日中とは聞いているから、そうかからず移動は出来るだろうよ。道具はそれぞれが用意するし、設備だけの話だからな。引継ぎも何も無え。人員が来次第移動出来る。向こうもどうせ設備は有んだろ? ドルがいんなら、最低限の補修は出来るだろ。別に形式ばった開所の対応なんて無えし、好きに使ってくれっつっといてくれ。出来れば、日常品の鍛冶仕事もやっといてくれっと助かるけどよ」
職人の道具か……。自分で作ると言う話も聞いた記憶が有る。それさえ有ればどこでも仕事は出来るか……。逞しいな職人さんは。後任がまだと言うのはちょっとギルド側の動きが悪い気もする。話自体はかなり前から伝えているのに。でも職人さんになると中々信用出来る人間を用意するのは難しいのか?でもそれだともっと長引く可能性も有るか。『リザティア』の現場でも鍛冶屋さんは稼働してくれている。ただ、それは『リザティア』建設に関わる鍛冶仕事が担当で一般の鍛冶は好意で対応してくれているだけだ。んー。ドルをちょっとの間貸し出す選択肢も有りなのかな。ちょっとドルと相談しよう。
「設備に変な癖が付いたりとか、そう言うのは気にならないんですか?」
「ん? いや、気にはせんよ。そもそも設備なんて建設精度で癖が付く物だからな。それを見て、それに合わせて仕事するだけだ。あまりに酷ぇと直させるけどな」
人の癖と言うより、設備の癖か。まぁ、材料から違うんだから均一にはならないか。んじゃ、気にする事も無いか。ドルに任せちゃおう。海の方の様子も見に行かないといけないし、その間はドルが鍛冶屋さんかな。ロッサを置いて行けと言われそうだけど、まぁ、その程度は許容範囲かな。夜番担当が減るのが痛いけど。
「あぁ、そう言えば。朝、領主様から知らせが来た。チェスのコマの独占販売契約を一旦領主様に渡すんだな。上りはそのまま来るみてえだが、良いのか?」
「その件は、はい。大丈夫です。話は通していますし、元々個人の儲けが過分に有ると色々怖いです。それに鋳造出来るようになった物なら、もう面白くは無いでしょ?」
にやっと笑いながら聞くと、ネスもにやっと笑い返してくる。
「違え無えな。ありゃぁ、もう、増やすだけだ。面白くとも何とも無ぇ。分かってんじゃねえか。次は何作るよ?」
ネスが子供のように笑いながら問いかけてくる。短剣は有るけどダーツは無い。弓矢部隊は有るけど、イギリス兵程暇はしていない。と言うか、この世界の兵士って公務員みたいな物なので、四六時中忙しそうだ。訓練か勉強か。若しくは各兵科独自の対応か。何かが有って、常に動いている感じだ。なので、ダーツ辺りを次は狙いたい。温泉宿の遊戯室にも置きたい。ハードダーツで盤の方を作らせ直す方が精度も上がるし、仕事も出来る。うん、『リザティア』第一弾はその辺りかな。
「何でぃ。ニヤニヤして。面白い事でも浮かんだか?」
「はい。向こうに行ったら、早速作りましょう。きっと気に入ると思いますよ」
その後は移動時の用意の話や、移動後の鍛冶師達の立場の件を改めて細かく話し合った。規模が大きくなれば品質管理が発生するようになる。明確な品質基準なんて無いので、誰の目利きで決めるかと言う話になってくる。ここもネスに任そうかなとは思う。製造に特化したいと言うならそれも良いのだが、ネスも弟子の仕事を見ているように、きちんと規格化した目で判断している。出来ればそれを『リザティア』の基準にしてしまいたい。
「まぁ、話が来た時からその辺の面倒事は覚悟してたから気にすんな。やるよ」
ネスが苦笑を浮かべながら頷く。面倒とは思うが大切な仕事だ。任せられるなら安心だ。その内品質管理の基準が出来れば、ネスから委譲も出来るだろう。それまでの間はネスの目に頼る。他の職人の作品も見てきたが、ネスの作品は良い物だ。私に鑑定眼なんて無いが、実用品として使っていて壊れる怖さが無い。これが基準になるなら、ありがたい。
その後も雑談は尽きなかったが、客が来たと言う事で辞去する。
さて、移動する人間には話を済ませた。何と言うか、食料の補充が済んだら明日にでも出られそうだな。ティーシアと話してその辺りで問題無いか聞いてみよう。リズの事、心配だろうし。フィア?もうずっと家に帰っていないし、実家の方も嫁に出した気分なので、気にしていない。親子の愛情と言う意味では気にしているが、稼業としてどこかに行ったりは日常茶飯事なので気にしていられないと言う感じだろうか。
んー。お昼いらないって言っちゃったし、ご飯だけ食べて、一回家に戻りますか。そう考えて、食堂にてくてく向かう。今日の定食は何でしょう?