第347話 引っ越しに関しての了承
家に着いた段階で、時間的には就寝前でお風呂にはちょっと遅いかなと言う時間だった。アスト達に遅くなった事を謝罪し、お風呂の準備をする。アテンの話をすると領主に名前を憶えてもらって過分な事だと恐縮していたが、これから村の主産業の一角を握るんだから、ノーウェも覚えるだろうと言う事を伝えて安心させた。
キッチンで樽にお湯を満たし、アストを呼んで、私は部屋に戻る。
部屋では、ベッドの上でリズと二匹がもふり合っていた。
「ただいま。仲良しさん?」
「おかえり。散歩して、ご飯あげたら元気になったから。一緒に遊んでいたよ」
美少女と狼二匹。ふむ。絵になる。ぺろぺろと顔を舐められてくすぐったがっている様は非常に素晴らしい。タロは兎も角、ヒメもきちんと甘えられるようになったのは嬉しい。
「散歩はどうだった。ヒメの脚の状態は順調かな?」
「うん。今日もウサギが出たから二匹で一生懸命追いかけっこしていたよ。まだまだウサギの方が上手だけどね。でも春になって餌が出てきたのか、結構ちょこちょこ見るようになったね」
リズが二匹に挟まれて、にへへみたいな顔で笑いながら、ぎゅっと両脇に二匹を挟む。もこもこに腕が埋まって気持ち良さそうだ。
「ペア狩りだからウサギくらいは仕留められるかな。もう少し体格が良くなって来たら可能かもね。でも本能が疼いちゃうのかな。私も本能が疼いちゃう」
二匹に混じって、リズに迫るが巧みに逃げられる。
「ヒロは駄目。可愛く無いー」
リズが酷い事を言いながら、逃げていく。まぁ、可愛く無いのは事実なので諦めるか。
「そう言えばリズ。そろそろ引っ越しをしたいんだけど、大丈夫かな?」
「うん、皆、まだかなって待っているよ。前に領主館が完成間近って言っていたから皆、楽しみにしているし。お風呂有るし」
そこなのか。男性陣は……。ロットはフィアがいれば満足だろうし、ドルはロッサと鍛冶屋が有れば満足か。うん。トルカ村にいる必要無いな。元々冒険者なんて、根無し草の派遣社員だ。仕事が有れば東奔西走どこにでも顔を出す。良し、明日から用意を始めよう。
予定通りアスト達は後発かな。そこは鳩の調教も始めてくれているので、その辺りで連絡をもらおう。元が平原と林と言う事も有って、伝書鳩向きな品種も結構生息していたらしく、ノーウェの政務官はほくほくしていたらしい。どうしても町の建設なんて書類のやり取りが煩雑になる。飛ばしては荷物と一緒に送り返すを繰り返していたようだ。鳩も慣れているし、天敵もこの経路はほぼ考えなくて良い。
「じゃあ、明日から用意かな。引っ越しって言っても宿暮らしだから荷物もそんなに無いよね。この家もアテン兄さんがそのまま使うんでしょ。なら気軽に移動出来るかな。忘れ物が有れば取りに帰ってきたら良いし」
「良いんじゃないのかな。三日程度でしょ。行き来も出来ない訳じゃ無いし。頼んで持って来てもらう事も出来るしね。お父さん、お母さんが来る時に一緒に乗せてもらっても良いし。大丈夫だと思う」
そこまで話したタイミングで、ティーシアがお湯の追加希望で扉を叩く。お湯を追加して戻ってくる。
「領主館、どんなものかな。設計はしたし、建築途中は見たけど、実物は想像出来ないかな。まともなのが出来ていれば良いけど。後、町に行くのにちょっと遠いのが不便だけど」
五稜郭の突端まで歩いて、中心地まで結構歩く。条坊制の弱点だけど、ある程度発展しないと不便極まりない。
「お母さんに言ったら、痩せるわって喜んでた。お父さんはちょっと朝早めに起きないといけないなって言っていた」
今でも夜明け直後くらいには起きているんだが、それよりも早くか。うーん、まぁ、寝るのが早いしあまり気にはならないかな。
「好評なのかな。まぁ、行ってみないと分からないし、店もまだ最低限しか開いていないから、ちょっと不便かもしれないね」
「でも領主様でしょ。困るのは使用人だと思うけど」
「あまりいらない負荷をかけると、変な感情を抱きかねないからね。馬車も使えるようにしちゃおうかな」
そんな事を話しながら、二匹を撫で繰り回す。穏やかだった二匹がちょっと興奮し始める。寝る前だから、あまり激しい遊びは無しでと『馴致』で伝えると、ちょっと残念そうな思考が返ってきた。
執務室は独立して有るけど、寝室は結局リズと一緒にした。リズも元々一部屋で生活してきたのでその方が気楽らしい。色々忙しくなりそうだけど、リズとの時間は大切にしていきたい。掛け替えのないリズとの時間だ。
そんな感じでティーシアが上がった旨を伝えてきたので、二匹をお風呂に入れてしまう。もう、ぬくいのは二匹にとっては無くてはならないリラクゼーションタイムらしく、大はしゃぎだ。これ、暑くなってもこんなにはしゃぐのかな。お湯の後に水風呂とかで汗を引かせないと駄目かな。
そんな事を思いながら、タロをタライに浸ける。そろそろタライも小さくなってきた。もう少し大きめのタライでも良いかな。一番初めにノーウェの町で行水したあの野菜を洗う大きなタライとか丁度良いかも。そんな事を考えながらタロをもにゅもにゅして撃沈させる。くてーんとなったところでリズに渡す。そのままお湯を入れ替えてヒメの番だ。ヒメも最近覚えてきたのか、あまり気持ち良すぎると寝てしまうと言う事で楽しい時間を長引かせる為に色々頑張っているようだが、そこは獣の悲しさと言うか、もにゅもにゅされて気持ち良くなると勝手にスヤァとなってしまう。と言う訳で、一丁上がりだ。
「んじゃ、ヒメ戻しておくね。リズはゆっくり浸かっておいで」
「うん、分かった」
拭ってブローしてほこほこになった毛皮の塊を抱きかかえて部屋に戻る。箱の中ではタロが既に丸くなっている。ヒメを投入すると同じように無意識に丸くなって絡み合う。この二匹もどんどん仲良くなる。その内恋をして、子供が生まれるのかな。でも四匹も五匹も生まれてきたら、私管理出来るのかな。かなりきつそうだけど。
そんな事を考えながら書類を読んでいると、リズが部屋に戻ってくる。入れ替わりで、キッチンに向かう。
いつも通り洗って、樽に浸かる。今日は特に大きなイベントは無かった。ノーウェとの会談くらいかな。為政者、経営者の覚悟。本業に邁進する姿勢。色々背中で学ばせてもらった。正直、経営知識なんて無い。それでも人は経営者をするんじゃ無くて、経営者になるんだって昔、どこかの社長さんに言われた。環境が人を変えると言うけど、ベースは変わらず、経営者として一端になれるように頑張ろう。経営者0年生か。色々学びながら、前に進むしか無いかな。前に進む。そう決めたんだから。
樽から上がって後片付けを終え、部屋に戻ると、皆ぐっすり眠っていた。もう、春の夜と言う事でそこまで深々とした寒さは無い。三月の十日を超えた辺りから一気に暖かくなった。
布団に潜りこみ明日以降の事を考える。窓の隙間から覗く月や星明りは色々な物に反射し、部屋全体を淡く輝かせる。安心しきったリズの寝顔を見ていると幸せが込み上げてくる。この幸せが長く続くように私達は『リザティア』に移るし、『リザティア』を繁栄させる。改めて、決心を新たにし眠りに就く。暖かな空気の対流に意識を揺蕩わせながら、明日も良い一日でありますようにと薄れていく意識の端の方で何かに祈った。