第32話 複数対象をロックオンする映像、好きです
「目的は達成しました。直ちに離脱しましょう」
ハーティスが叫ぶ。同時に皆が荷物をまとめ離脱の準備を始める。
「申し訳ないです。そう深くないので油断をしました。確かに何かが近づいてきます」
この前のゴブリンと同じくスキルは意識しなければ効力を発揮しない。
念の為、朝の集合の際に全員に『認識』先生に見て貰っていたが、『警戒』を持っているのは、ハーティスとアリエの2人だった。
アリエが1未満、ハーティスが2強だった。勝って兜の緒を締めよと言う言葉が脳裏で激しく主張してくる。
私の『警戒』だと、まだ全く感じない。不測の事態に備えて、核はワティスが背負い、ハーティスが前をディードとアリエが後ろを守る事となった。
正直、この中で走る速さと持続力は私が断トツで駄目だ。正直駆け足で2kmも走れば首が上がる。女の子のワティスにすら敵う気がしない。
準備が整い、動き始めようとしたところ、風下側から遠吠えが聞こえる。ハーティスが難しい顔をする。村の方角のようだ。
「狼のようですが声が太い?念の為、風上に迂回しましょう」
数が少ないのであれば、各個撃破も考えられるが正体が分からない。風上側の近くに流れの速い川が有り、そこを渡り迎え撃つ方針が決まった。
木々の間を警戒しながら、走り始める。徐々に遠吠えが近づき、数も増えてくる。
「かなり足が速い。それに狼では無いですね。10匹以上の群れです」
ここで、離脱を諦める。私の足が遅い為、一方的に追いつかれている為だ。
樹上に上がり、魔術で応戦する作戦を伝え、方針を変更した。
向こうの数に限界がある以上、休めば継続して打ち続けられる方が有利と判断した。
「狼の生態で有れば、群れの数にも限界は有るでしょう。その方針で行きます」
急ぎ、近くの木の上に押し上げて貰う。私とハーティス、ディードとアリエとワティスでそれぞれ5m程の樹上に構える。
程なくして、狼のような生物が、木の下に走り込んでくる。かなり大きい。体長が1.5m以上有る。
「あれ、明らかに狼じゃないですよね。何かご存知ですか?」
ハーティスに問う。
「申し訳無いですが、私も初めて見ます。報告にも上がってはいません」
『認識』先生に確認して貰うと、狼が魔素の濃い場所に適応し魔物化したものらしい。
その際に皮の強度も上がっており、狼相手と考える事は出来ないようだ。
見る見るうちに数が増えてくる。尚遠吠えをしている個体もいる。
狼の群れなら10匹未満だが、もう15匹以上いる。
何匹かが、興奮したように木の下から跳ねて来る。
木登り得意な犬種もいたよな。前衛分けて良かった……。
ハーティスがディード側に頷く。
ワティスが構え、何かを唱えた瞬間1匹の狼モドキの顔に炎弾が当たる。体ごと後方に飛ばされる。
だが、若干火傷を負った顔を振ると、また興奮したように、木の周りを跳ね回る。
ワティスが顔を振る。貫通するイメージが足りていない。それに先程の肺を焼く手段は前衛が牽制して口を開けさせる必要が有る。
素人判断だったかと不安を覚える。
木登りは得意では無いようで上がってくる個体はいない。
直径10cmの球体の風の塊を5mmくらいまで圧縮するイメージを浮かべる。
「属性風。圧力定義。形状は半径5mm高さ1cmの円錐。右手人差し指前方10cmに固定。前方に向かい錐もみ回転を加え射出、速度は時速150㎞」
避けられないだろう速度で様子を見ている1匹の顔面を狙う。腰を狙って動きを止めるか迷ったが、まずは確実に数を減らす。
「実行」
呟いた瞬間、狼モドキの顔が爆ぜる。良かった、効いた。拳を握り腕を引く。
「まずいです」
ハーティスの呟きが頭を冷やす。
「数が増えています。先程の威力でどの程度連射出来ますか?」
見回すと、15匹程だったのが先程仕留めた個体を除いても20匹程に増えている。その上、まだ遠吠えを繰り返す個体もいる。
「このままだと、まだ増えます」
目の前が暗くなって来た。同じ群れでもまだこれ以上の数がいる。
しかも、群れがこれだけとは限らない。何時他の群れに気付かれるかも分からない。
一旦、数を減らさないと詰む。
多重術式だったか?ぶっつけ本番でやるしかないのか。練習しとけば良かったが、そんな余裕無かったか。
<告。過剰な術式の使用に関しては、深刻な障害が発生するおそれが有ります。>
がぁっ、『識者』先生が脅してくる。
あまり多用したくは無かったが、
「神様、過剰な術式の使用による深刻な障害とはどのような症状でしょうか?」
心の中でお伺いを立てる。
「初めてだな。術式を司る者、アレクトアだ」
答えが返ってきた。頭の中に若い男性の声が聞こえる。
「魔素と魔力の変換に負荷がかかれば、脳内で魔力が弾ける。人体で言うところの脳出血みたいなものだ。過剰な術式を使用した際に、吐き気や頭痛を感じただろう?それが初期症状だ。まぁ、出血では無いので時間が経てば治まるが。それを無視して、より過剰な術式を使った場合は魔力の過剰帰還で脳に物理的な影響を及ぼす。有体に言えば実際の脳出血が起こる」
脳出血の治し方なんて分からないし、期待も出来ない。死と変わらないか。
「客人が難儀をしているようだし、今回は制御を補助しよう。ただ、過剰帰還を抑え、長引かせる程度しか補助は出来ん。何日かは昏睡するだろう。覚悟しておけ。状況は把握し、追っている。一旦切る」
生きる目が出てきた。自分が蒔いた種だ。自分で刈り取ろう。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
心の中で感謝を返す。
周りを見ると、30匹を超える群れになっていた。取り敢えず遠吠えをしている個体はいない。群れ1つ分が集まっているのかな。
「ハーティスさん、これから対処をしますが、確実に倒れます。後の処理をお願いします」
返答を聞かず、直径10cmの球体の風の塊を5mmくらいまで圧縮するイメージを浮かべる。
レティクルをイメージし、各個体の頭に照準を定めていく。
見えない場所にいないかも注意しながら、十字を貼り付けていく。
数えると、34匹。全ての頭に照準のイメージが定まった。
これを将来的に制御しないといけないのか。頭がパニックを起こしそうだ。
「属性風。圧力定義。形状は半径5mm高さ1cmの円錐。具現数を34に固定。右手人差し指前方を中心に30cmに固定。各個照準に合わせ錐もみ回転を加え射出、速度は時速150㎞」
各弾頭が照準毎に飛ぶ様をイメージする。右手は空へ向け固定する。後は、遮蔽されないタイミングを狙い、
ふと、リズの笑顔が浮かぶ。
「実行」
刹那、上部に飛び出した不可視の弾丸は、そのままの勢いで、照準の先に向かう。
近場の狼モドキから順番に、ほぼ同時に頭が爆ぜていく。見渡す限り、全ての個体が倒れている。動くものはいない。
帰れる。帰れるんだ。
そう思った瞬間、頭の中でブツッと言う音が響く。
目の前が真っ暗になり、枝に倒れ込む感触だけを感じ、意識を失った。