表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
349/810

第346話 本業と虚業、その対応

 食事を終えて、恒例の遊戯の時間に移る。


「お。これは……鋳造かい。うん、特徴も出ている。これなら数をこなせるか……。ずるいな、人が頑張っている間に、こんな楽しい事をしているなんて」


 ネスが抜いた新型のチェスセットを差し出す。磨いて塗りも終わらせている。値段で言えば、彫刻品の何十分の一だろう。リバーシを楽しむ庶民には少し手が出辛いが、富裕層には簡単に手が出る。普及セットと言う位置付けだろうか。ノーウェも上に下に回しながら出来を確かめている。


「彫刻の方は彫刻の方で、贈答や特別な贈り物として使えます。また、この手の職人は育てれば応用が利きます。今後、新領地で新しい産物をお渡しして細かい細工を施し、他領に流す事も出来るでしょう」


「あぁ……真珠だったっけ? リズさんが着けていたね。あぁ言うのをどんどんと見つけてくる腹積もりかい? 海かぁ……。ここからだと中々手が出ないけど、話を聞いていると色々やりたい事は見えるんだよね。まぁまずは真珠なのかな。あれ、どう言う加工を考えているの? 見ている限り柔らかい色合いだから、どちらかと言えば地味目な感じになりそうだけど。あぁ、リズさんは素材の問題だよね。あの子は何でも映えるからね。そう言う意味では少し扱いが難しい感じもするけど」


「逆に考えられた方が良いと思われます。例えば、黒一色の布の真ん中に置いても映えます。青一色、赤一色でも同じくです。統一された世界に一滴(ひとしずく)だけ落ちた淡い虹、淡い白が全てを引き立てます。頂いたドレスも基調はベルベットブルーです。それにリズの髪色に合わせた金糸とそれを引き立たせる為の白地のライン。その胸元にだけ淡く輝く真珠をあしらう事によって、鮮烈かつ清らかな印象を与えます。真珠に関しては、淡さと白、これが夢の元ですね」


 しかし、染色もそうだが、生地にビロードが使われていたのには驚いた。布の織りに関してはあまり気を配っていなかった。ティーシアに聞けば分かるかも知れないが中々聞く機会も無い。


「ふむ……。中々女性の衣服までは手が出せないけど、君も多才だよね。だけど言っている事は分かる。あれは一点に集中させるべき物か……。ペンダントトップ等を考えているのかい? それも君の趣味なら、銀辺りかな。周囲を細工で囲んでほんのちらりと淡い輝きを垣間見させる」


「ご名答です。銀で有れば真珠の輝きを増幅させる効果も有ります。後は指輪でしょうか。粒の小さな物を厳選して指輪に、大きな物はペンダントに、でしょうか。正直、加工の伝手など今はないですからね。ノーウェ様にお願いするしかないです」


 ノーウェがチェスのコマを並べながら微笑む。


「そう言ってくれると嬉しいね。領民の技術が上がるのは願ったりだしね。一旦は現在の流行に合わせて、何点か作らせるよ。試作用に幾つか貰っても良いかな?」


「若干扱いに注意が必要な石です。その辺りも書き添えてお預けします。デザインに関しては故郷の流れで腹案は幾つか有りますので、将来的にはそちらもご採用頂ければと思います。職人の方の練習にもなるでしょうし」


 現代日本のデザインを持って来ても面白いかもしれない。どうせ流行は巡る。テイストを抽出して、デザインとして落とし込めば、こちらの職人でも作るだろう。


「へー。中々新しいデザインと言うのも出て来なくてね。新しい風が入るのは嬉しい限りだ。預けると言う事はそろそろ移動を考えているのかい?」


 ノーウェがポーンを進めながら問うてくる。


「そうですね。領主館がそろそろ稼働可能の旨は来ていますので、動きます。ノーウェ様には今回の件を直接ご説明したく思い残っておりました。それも済みましたので移動ですね」


 合わせて、こちらもポーンを前に出す。


態々(わざわざ)申し訳無い限りだね。子にそこまで心配させると言うのも。しかし、まぁ、中々全てが上手くいく物でも無いしね。そう言う意味では、早めに対処出来たのは君のお蔭だ。それにこうやって話をしてもらっている身だしね。良い子を持って幸せだよ」


 ノーウェが空けた隙間からビショップを進ませる。最近この手、好きだよな……。横で棋譜を取っている執事を横目に少し悩む。守勢よりも攻勢主体になったのはロスティーと打った時からかな。ロスティーも延々攻め手を作ってくるパターンの打ち手だった。あれも崩れると弱いんだけど、隙を見せないんだよな、ロスティー。そんな所にまで老獪さを出さなくても良いよと何度悲鳴を上げたか。

 布石にされる前に、ポーンを前に出しておく。後詰のナイトかビショップで処理出来れば良いか。


「いえ。恩義を考えれば当然です。僭越かと思いますが、軍の方は大丈夫でしょうか?」


「ギルドの時のと、前王陛下の対応分が予算として浮いているから、そこは平気。下手したら内乱を覚悟して予算組んだからね。それも君の領地が有ってこそだけど。まぁ、工兵と連携して柵を設けながら追い込んでいく形になるかな」


 チェスをやっている所為か、具体案に踏み込むようになった。


「なるほど。私が遺品を持ち帰った際には、重装でも食い殺されています。手首などの末端に食いつかれてそのまま引き倒されてと言う流れでしょう。数の優位を維持出来れば神術で対処可能な範囲で狩っていけるでしょう。鈍器を主体に、そのまま皮を戦費に当てるお積りですか?」


「予算は予算として処理して、別に利権が発生するなら願ったり叶ったりだけどね。そう上手くいくかは分からないね。兵士一人亡くなってもそこにかかった経費は膨大だから。高が狼如きでまかなえる程、うちの兵は安く無いよ。だからこそ、やるなら徹底的にだ。別に皮なんていらないさ。どうせある程度削れば冒険者が持ち帰ってくれる。殺せるだけ、殺す。うちの庭で我が物顔で歩き回るのも、もうおしまいだよ」


 あー。油断の無い軍が隔離領域を作りながら、数の優位を以って攻めてくるか。獣に対応は出来ないな。ドル相手でも結局一対一では負ける話だ。歴戦の(つわもの)が出張るなら、数は確実に減らせられる。最悪、繁殖に必要な最低限程度が残れば良い。森の中に明確な線引きは出来るだろうから、そこの円をノーウェ色に染めながら進んで行くだけだ。半円の部分が一番きついけどそこを超えれば、もう先は見える。適度に柵の中に逃がしながら掃討でも良い。金持ち喧嘩せず何て言うけど、これ喧嘩じゃ無くて蹂躙なんだよね。うちも先々は引退兵を連れてやるかも知れない話だ。きちっと先は考えておこう。


「ダイアウルフなんて……ですか」


 ナイトを攪乱に前に出す。けど、この手も見透かされているかな。布石になるけど、ちょっと甘い。


「今年は何とかなったけど、あの森の主体は木材と冬支度の供給だからね。熊も現在の時点でどんどん食い殺されているだろう。鹿その他の獣もだ。今年の冬を考えると憂鬱だし、この状況を作り出した馬鹿は殺しても殺したりないね。ダイアウルフなんて虚飾さ。皮で腹は膨れない。こっちは永遠に領民の腹を満たし続けなければならないんだ。その邪魔になる物は潰すよ」


 本業有き……か。大きな利益が生まれると虚業にも目が眩む経営者なんて何人も見てきた。その辺りきちっと本業を見極めてその維持を最優先に考えられるのは徹頭徹尾、経営者だよな。色々攪乱させられて後手に回った感は有るけど、全然ぶれていない。きちんと巻き返すつもりだし、そこの道筋も付けている。


「今後も義兄の住む村ですので、平和であって欲しいですね」


「あぁ、アテン……君だっけ? 結婚の申請が来ていたから受理しておいたよ。式はトルカでやりたいそうだし、ちょっと貯蓄が足りないみたいだから、そこはもう少し先かな。でも家は相続でしょ? 生前相続だから税もほとんどかからない。石鹸と蝋燭だっけ? あの辺りで儲けが見えているからすぐじゃないかな。こっちもトルカ村に関してはアテン君がその辺り引き継いでくれそうだから一安心だよ。貰った資料も基礎開発の一式分でしょ? 香り付きの石鹸とかどうやって作るのか、一から調べるんだよ。君もそう言う応用を隠してくる辺り、強かだよね」


「あれも香油のタイミングだけです。資料に記載しなかったのも一番基礎で間違いの無い作り方だからですよ。作り始めたらすぐに分かる話です」


 そう言いながら、ぎりぎり布石として生きているナイトにポーンを付ける。これで三十五手か四十七手でチェックメイトだけど……。乗って来ないだろうな……。見た事が有る盤面だ。食い破られるな。


「職人はすぐにそう言うんだよ。そこからの創意工夫が一番難しいんだけどね。まずは基本の品を作り上げてからかな。あぁ、そう言えば忘れていた。鋳造のチェスはどうするの?」


 そう言いながら打たれた手は、完全に読まれている手だ。あー。これ道が無いな。クィーンがどっしり構えるようになってから、ノーウェは本当に強くなった。あれが動き回ってくれる間は仕留めやすいけど、守りの要に使われると、きつい。流石に初心者チェスだと、もう相手にならないか……。キャスリングして守りを固めるにしても、布石が死ぬな……。どれも一手遅い。無理だ。善戦は出来るけど引き分けの泥仕合だな。やってて面白く無いだろ。


「これは……負けですね。出来ても汚い引き分けです。お強くなられましたね」


「お、褒められると嬉しいね。見た記憶の有る流れだったからね。でもやっと勝てたか。『リザティア』も、そこまで遠く無いから行き来はすぐだけど、中々遊ぶ事も出来無くなるだろうしね。その前に勝てて嬉しかったよ」


 ノーウェが心の底からだろう。輝くような笑みを浮かべる。


「独占販売権そのものをお譲りします。型はお渡しします。利益が出るなら、『リザティア』への産物代金に充てる形でお願い出来ますか」


 そう言うと、ノーウェが黙り込む。ん?何か変な事を言ったか?


「それだけだと、きっと何百年払いとかになるよ? 父上のリバーシの売り上げ聞いていないの? ちょっと耳貸して」


 聞いた金額は桁が二桁多かった。おい、馬鹿じゃないの。高が玩具だよ?幾ら出してるのよ……。あぁ、庶民にも出回り始めたからか……。それでも意味が分からないし、それもまだ膨らんでいるらしい。そりゃ海までのインフラ一式程度お小遣い感覚だわ……。


「あー。でも予算消化しきれない可能性も有りますしね……。どうしましょう?」


「良いよ。こっちで一旦保管して運用しておく。何か有ったら言ってね。そこから出すから。と言うか、元々製造販売コストだけって話なんだから、全額そっちに回しておく。投資にも回すけど基幹産業の拡充だから減る可能性はほぼ無い。こっちも規模と速度が上がるから助かるし。その辺りでどう?」


 ノーウェの領地の基幹産業と言う事は林業系だよな。あぁ、バブル対応と(きこり)、大工の拡充も有るか。うん。うちが潤う限りは増え続ける。何と言うかマッチポンプな気もするけど良いか。


「はい。それで結構です。『リザティア』の発展に合わせて、発展して頂かないと外交上も困ります。入り口だけ豪華で中はスカスカなんて言われると面白く無いですから」


 ニヤニヤしながら言うと、ノーウェが苦笑いを浮かべる。


「そうなんだよね。もうちょっと落ち着いたら見に行くけど、見るのがちょっと怖いかな。はは。まぁ、それも楽しみなんだろうね。あぁ、視察で思い出した。父上が先に『リザティア』に寄ると思う。そっちの方、お願いしても良いかな。タイミングが合えばこっちも合流するけど」


 そうか……。ロスティーも向こうに着いて丁々発止中だろうな。帰ってきたら、ちょっとでも疲れを癒して欲しい。


「分かりました。なるべく用意が出来るよう整えておきます」


「手数かけるね。じゃあ、今夜は楽しかった。見送りには顔を出すよ」


 ノーウェが優しい微笑みを浮かべながら聞いてくる。


「用意に日数は欲しいので。そうですね、決まりましたらお伝えします。お手数おかけしますが、よろしくお願い致します」


「いやいや。子の門出だ。是非送らせて欲しいよ」


 そう言ってノーウェと握手を交わし、辞去する。すっかり暗くなった道をランタン片手に歩く。為政者、経営者か。歴戦の勇士はやっぱり一味違うな……。経営者の視点なんて早々育つものでは無い。色々気を引き締めて歴史に謙虚に学ぶしかないか。そう思いながら、家路をてくてくと歩いて帰る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、感想、評価を頂きまして、ありがとうございます。孤独な作品作成の中で皆様の思いが指針となり、モチベーション維持となっております。これからも末永いお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。 twitterでつぶやいて下さる方もいらっしゃるのでアカウント(@n0885dc)を作りました。もしよろしければそちらでもコンタクトして下さい。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ