第345話 ノーウェが考えるダイアウルフの処し方
上機嫌のノーウェに連れられ、食堂に移動する。
席に着くと、食事が次々と運び込まれてくる。
「いやぁ。お嬢には笑った。戻っての第一声がお風呂を広めましょうだ。君、とんでもない物を教えたね」
「それは私の所為では無いと思いますが。気に入って頂けたのであれば幸いですが」
ワインで乾杯をして、食事を始める。
「伯爵、テラクスタ伯爵も面食らっていた。娘が何を言うのかと。はは。あの顔は見せたかった」
「確か旧知の仲でしたか?」
「歳は向こうの方が上だけどね。領地の都合上、交流が一番深いんじゃないかな。隣領だし」
メインを食べながら、ノーウェが言う。私もスープを口に含む。もうそろそろ終わりのミルクシチューだ。贅沢だな。
「まぁ、また娘が訳の分からん事を言い出したと言う事で、流されていた。本人は樽を買ってきて自作の風呂に入って満足のようだが、薪代がね。調理の残り火でも使ってコストを抑えれば良いのに態々別で結構な量の水を沸かすから、テラクスタもカンカン。領内では風呂は当分禁止っぽいよ。あの真っ直ぐな所は嫌いじゃないけど、交渉にはちょっと変化を付けようよとは思うね」
ノーウェが苦笑を浮かべながら言う。古くからの付き合いと聞いているので、嫌悪とかでは無く、完全な呆れだ。あの性格は中々嫌いになれない。真っ直ぐで嫌味の無い良い子だ。傍迷惑な部分も有るがそれはそれでご愛嬌で済むのが人徳なのだろう。
「結局、こそこそ調理用のお湯をくすねては、入浴していたようだけどね。こっちも侍女達を含めて嘆願が来ている。樽は置いてもらっているから、そのまま運用を始めても良いかなとは思う。人数が多ければ上手く薪を使えばそこまでコストのかかる物でも無いからね。石鹸は、トルカから買う形になるし、もう結構な数を仕入れちゃっている。はぁぁ、あのやる気を仕事で見せて欲しいけど。まぁ、女性陣が望む話だ。やらせないと後が怖いよ」
ノーウェが肩を竦めながら、言う。苦笑も部下達への愛情に満ちている。
「別に水魔術有りきの物では無いですし、ノーウェ様の領主館なら、規模的にもメリットは出ましょう。衛生面でも効果の高い物です。上から実践して波及と言うのも良いかと思います」
「そうなんだよね。トルカの調査結果を見る限り結果は如実に出ている。村と違って町って人口が密集するでしょ。病も爆発的に膨れ上がっちゃうんだ。だから、ちょっとずつ広げようかな。薪炭材の税収も上がるだろうし」
この辺りは木材を取り扱うノーウェ領の強みだろうな。
「さて、笑い話はこれくらいにしようか。森の件だ。これに関して、具体的に動いてもらう気は無い。何故かは分かるよね?」
「私が動けば、継続的な対応が難しくなります。ノーウェ様が、ノーウェ様の部下が有機的に連携し、対処する。これを継続的に進める事こそ肝心かと考えます」
「良く見ているよ。でも、助かる。変な英雄心とか義侠心とか出されると、ややこしいんだよね。斥候の報告次第だけど、年中行事か月次の作業になると思う。そんな物にしゃしゃり出られたら、紐づけしなくちゃならなくなっちゃう。あんな森に縛られるの、嫌だもんね」
「ノーウェ様のお役には立ちたいのは山々ですが、『リザティア』の運営が有ります。敢えて、我慢して手出しは控えました」
「はは。30匹殺しは言う事が違うね。でも、うん、ありがたい。下手に動けば組み込まれていた可能性が高い。あれは現状冒険者ギルドでどうこう出来る話じゃ無いしね」
「あのまま時が経っても有効な手立ては打てなかったでしょう。私の報告書も軍の出動要請が基本でしたので」
「うん。それは良く分かる。ダイアウルフに関しては研究所の方でもある程度の研究は進んでいる。連絡が来たよ。核の部分有るでしょ? あれ、身体器官に直結して運動能力を向上させている。逆に魔素が薄い所だと、不調になっちゃうんだね。だから、森のある一定以上には出て来ない。君もそれが薄々分かっていたから、線引きの必要性を訴えていたんでしょ? 魔物相手にしていたからその辺りはやっぱり現場を知っている人間は違うね」
やっぱりか……。スライムが森の奥の方からしか出ないのも、その辺りが原因なんだろう。一定以上魔素を溜められるだけの核を持っていれば移動したりは出来るのかな。明らかにワイバーンとか大きいし、核もそれに合わせて大きくなっている筈だ。そこに魔素を溜め込んで、また別の狩場で魔素を溜め込む。そんな流れなのだろう。
「スライム等の挙動を見ていると、おそらく一定以上の魔素が魔物の生息の鍵なのだろうとは考えていました。と言う事は斥候で線引きをして、そこから包囲殲滅ですか?」
「そうだね。まずは情報だね。冒険者側は事情が分からないから森開きを待ち望んでいるけど、焦っても碌でも無い結果しか招かない。ここは駄目と言う事で厳命し直した。領主命令出したよ。で、包囲殲滅まで行っちゃうと美味しく無いかな。向こうも学習すると言っても獣でしょ?」
「ベースは狼ですね。挙動も群れの運用も狼に近い物を感じます」
食事を粗方終えて、ノーウェがワインで口を湿らす。
「理想的なのは、一定範囲の大きな群れをそこそこ叩いて、散らす。それの繰り返し。大きな群れを作ると人間が襲ってくると言うのを学習させる。ある一定以上に小さな群れなら冒険者でも何とかなるでしょ。それで稼いでもらう感じかな。冒険者の餌は用意しておきたいんだよね。彼らが落とす金も馬鹿にはならないしさ」
んー。大きな群れを作っても、小さな群れを作っても人間に攻められるのに変わりないなら、ジレンマが発生しないかな。でも完全装備の人間に追い回されるより、勝てそうな小規模のパーティーに追い回される方を望むか。群れが再合体した場合は面倒臭いんだけど、その辺りの生態をどう見るかかな。
「群れが再度合体するケースも考えられますが、机上の空論です。そこは定期的に斥候が確認する流れですか?」
「元々森の監視もやっていたからね。そこは継続してやってもらわないと。予算何てしょうもない理由で金のなる木が枯れるのは本末転倒だよ。こっちも情報を得ないと正しい判断が出来ない。儲けは儲けだけど、どうしようもないなら滅ぼす。あの森だって今のままでも十分利益は出している。このままだと森のバランスが崩れて、何も生まなくなる。物凄い利益なんていらない。天秤を崩す障害が発生するなら叩き潰す。それが政治、為政だよ。継続的収入は血流と一緒だからね。それにうちだけが儲けると周囲がうるさいしね。軍でしか狩れない儲けの種なんて、無くなった方が後腐れが無いよ」
あぁ。そこまで考えているか。中々小金が稼げるとなるとずるずるとそれを主軸に考えたがるけど、ノーウェにそれは無いな。きちんと損切りのラインは明確だ。周囲含めて金になるなら続けるし、ならないなら滅ぼす。中途半端な出る杭は抜いちゃった方が後腐れが無いか。為政者生活が始まったら、こう言う判断の繰り返しだろうな。日本では味わった事の無い生き死にを対価にした冷静、冷徹な経営者の判断に背中に冷えた汗を垂らしながら、にこやかに頷く。