第342話 それぞれの成長と調査結果
結論として同じような日々が続くので少しだけ時間を進める。
3月3日に指導を開始したメンバー内の対人戦強化策は結構な効果を発揮した。スキルの向上と言う意味でもそうなのだが、何より、周囲への状況把握の部分が皆、敏感になった。と言うのも、レイが敵味方関係無く『隠身』で気配を消して隙の有る所を突いてくるので、兎に角死角を無くそうと必死で訓練したおかげだと思う。
その中でも成長著しいのはチャットだ。小出しに顔面に風を送って視覚を遮ったり、武器にぶち当てて逸らせたりと対人の際にありがたいと思う事をがんがん実施してくれる。本人は物凄く謙遜するが、一歩後ろに引いて状況を見ながら状況を有利にするのが随分と上手くなった。
ロットは元々サブリーダーとして期待していたので、そのまま指揮の部分でも無難にまとめ上げて、損耗を少なく、隙を的確に指摘して隊として有機的に動かしている。ティアナも抜擢してみたが、貴族生まれと言う面もリーダーとしての経歴も有って、人を動かす事には慣れている。若干自局有利を前提にした動きが多くてそこを突かれると脆い部分は有るが十分にまとめて動いている。
大きく変わったのは、リズとロッサだろう。
ロッサは守る者が出来た故か、先を読み、状況に応じて自分が入り込んででも、味方をフォローする。弓が無ければ短剣だけなのだが、その短剣を巧みに扱い、敵方の攻撃を逸らしては隙を発生させる。アグレッシブに戦況を掻きまわせる斥候として半歩引いた所からの行動が主体になった。どちらかと言うとレイのスタイルに近い物が有る。
リズは、当初予定した通り、重装化の恩恵を一番受けた。リナも確かに安定したのだが、リズは伸び代が大きかった分、一気に開花した。少々の打撃に怯まず、戦線を大盾でこじ開け前進の機を作る。かと言って捨て鉢な戦法では無くきちんと重装の弱い部分を相手に晒さず上手く位置取りをしながら、やっているんだから、自分を俯瞰しているんだろうなとは考える。重装の重さが丁度良いウェイトになり攻防共に安定感が出た。動きそのものは妨げ無いのでリナ役が増えた感じだろうか。
フィアは木剣なので、成長が分かり辛いが『敏捷』が格段に上がっている。前線に穴が空いたら、一気に入り込んで後方から切りかかってくる。そうで無くても大回りで迂回してくる。方向性が固まって進化して深化した感じだ。
皆本当に成長した。ほんの数日前とは全く動きが違う。私がきちんと指揮出来るのかと言う問題も出て来そうだ。
レイの指導も思ったより根性論では無く、何故悪いのかを明確化して、それを修正する為に何を考えれば良いのかで進めていく。その為皆も自分で考えて派生させていくようになった。これに関しては斥候団と言うより、レイが自分で考え出した訓練法らしい。本当にこの人、何もかもが傑物だ。
このメンバーとなら、新領地でオークとの遭遇戦をやっても不安はそこまで無い。そう確信出来るだけの物は得てくれた。後はじりじりと完成度を高めていかなければならないが端緒は掴んでくれた感じだ。
私は南の森の産物を調べていたが、何と言うか、名前が全く違うので調べようがない。後、使われ方が根本的に違っていたりするので、食べ物か何かも分からない。
例えばショウガも存在していたが、これ、薬師ギルドが解熱剤や咳止めに処方していたりする。後、風邪をひいた時に風邪薬として出して体の発熱を促進するようだ。
同じショウガ科でウコンも有ったんだが、これ食べ物や薬じゃ無くて染物材として使われていた。
そんな感じで、産物と利用法を紐付けながら一つ一つ調べる地道な作業が続いた。旬や生産時期の問題は有るが、南の森は神の手が入っているだけあって豊かだ。個人的にはカレーを狙いたかったが、カルダモンと思しきものはお茶に使われていた。ただクミンが見つからず難儀している。あれが無いとカレー特有の香りが出ない。新領地でも探してみるかとちょっと諦める。
ただ、春になって色々な産物が出始めたので食のレパートリーは増えた。こちらの世界の人間も別に忌避感無く食べてくれるので大丈夫そうだ。
ネスと木工屋との開発も色々進めている。半分遊びのようなものだが。
で、一番村で流行しているのが、木工屋に作ってもらった積み木セットだ。これが奥様の間で大人気。もう、在庫が飛ぶように消える。木工屋も唖然としている。
単純な四角や三角の木切れに角を落としてニスを塗った物だが、子供が喜ぶ。3歳児辺りまで遊ぶのだが、奥様方が喜ぶのにはちょっと理由が有る。
冬場暇なので子供でもと言う事で、秋口がベビーラッシュなのだが、その子供が丁度この時期にハイハイとかを始める。一気に移動距離が増えて、奥様も様子を見ておくのが大変なのだ。そんな時に積み木を渡すと、投げたりしゃぶったりと色々遊んで大人しくなる。これがもう本当に受けている。
初産の奥様は先輩の家で煮炊きを一緒にやったりするのだが、その間も年上の子が赤ちゃんの面倒を見たりする。その時に一緒に積み木遊びをしていると赤ちゃん側も大人しくなると言う事で、もう、木工屋の泣きが入るくらい売れている。仕事が無いって騒いでいたのに泣きを入れるってどうなのかとも思うが、泣いて喜んでいるようなので良いかなと。
しかし、奥様の井戸端ネットワークは怖い。石鹸の時もそうだが、積み木のサンプルを渡した次の日の夕方には買いたいと言うお客さんが来ていた。怖いよ、井戸端会議。
ネスとはベーゴマを始め、色々派生して小物の玩具の試作を作っている。一番大きいのはチェスのコマの鋳造だろう。意匠をもう少し簡素化して抜けるところまで落とし込んでみたが、何とか形になった。元々鎧に塗る塗料は開発されているので、白黒に染めれば完成だ。若干重い感じはするが重厚感が有って良いかなと。他にも色々作ってもらったが、これは『リザティア』の歓楽街でのお楽しみだろう。
ヒメの回復状況は順調だ。治ってしまえば筋力と周囲の衰えだけなので、日に日に元気になっていく。ただ、無理をする子なので、様子見は必要だ。各玩具で遊んだりタロと戯れたりと色々忙しい。
どうもタロの行きつけの肉屋で肉を貰うのが、お座りするだけで食べ物が貰えると言う事で、お気に入りのようだ。その度にタロへの尊敬度合いが上がっていくのがちょっと面白い。
散歩の距離も日に日に伸びている。タロはちょっと物足りない感じだが、帰りに二匹を担いで帰る時に密着出来ると分かったのか、喜んでいる。
後、二匹で狩りの練習も始めている。偶に外周でひょこっと出てくるウサギ相手に頑張っているがまだもうちょっと足りない。
まぁ、お風呂でプカプカしていると寝てしまうのはまだまだ変わらない。二匹共まだまだ嘴が黄色い。
そうして日常を謳歌しながら、『リザティア』への移動を考えていた3月14日の朝。食事を済ませ、アストを見送った辺りでノーウェの屋敷の方が騒がしい。隠れてホバーで移動して門衛に聞いてみたが、ノーウェの先触れが到着したらしい。昼過ぎには村に到着するそうだ。さて、やっと動けるかと安心して、家に戻る。報告して、今後の動きを確認したら動くか……。流石にこっちに飛び火はしない物と考えたい。その辺りはノーウェとの話次第か。執事にはアポを取り付けた。後は家で待つだけだ。