第331話 ハイライトが消えた目って書くとなんだか卑猥なのは私が汚れている所為ですか
調査をしたと言っても、まだまだ日は高い。家に戻ると、ティーシアの目が輝き、リズが引っ張られていく。
「え? あ? お母さん、ちょ、待って。今日、夜番明けだから、きついの。寝るの」
「元気じゃない。大丈夫よ。疲れたら寝て良いわよ」
「絶対にお母さん、許してくれない!! ヒロ、助けてー」
流石に寝ていないので、寝かしてあげたいなと口を開こうとしたら、凄い目で睨まれたので、口を噤む。リズの顔が絶望に染まる。
「寝ていないのは確かですので、程々で解放してあげて下さい。ちょっときついと思います」
何とか、プレッシャーにさらされながらも言う。
「もう、甘えてばかりね。分かったわ。ある程度区切りが付いたら寝ても良いわよ」
「本当!! お母さん!!」
リズがティーシアに抱き着いているが、区切りを明言していない。怖い、怖いよ、ティーシア。そのまま区切らずに最後まで行きそうな怖さを感じる。
「後、家族が増えました。名前はヒメです」
そう言って、ヒメを抱き上げて、ティーシアに差し出す。噛んだりしちゃ駄目とは伝えている。私からティーシアの匂いもする筈なので、そこまで人見知りはしないだろう。ヒメがちょっとだけ強張ってティーシアに抱かれるがティーシアが安心させるようにあやして撫でる。徐々に強張りが無くなり、ぺろぺろと顔を舐める。
「こら。可愛いわね。真っ白ね。ヒメ、ティーシアよ。よろしくね」
トントンと抱き上げて上下に揺らしながら、ティーシアがヒメを撫でる。気持ち良さそうに細い目をして、安心したように抱かれる。流石お母さん。強いな。
『この人は、ティーシアだよ』
『てぃーしあ?』
『そう、ティーシア』
『てぃーしあ、てぃーしあ……』
ヒメが思考の中で繰り返す。きちんと個を認識出来る。タロはそろそろ、覚えて欲しいんだけど。どの人間もニュアンスの違う、ままだ。んー。この辺も群れで育ったのと関係が有るのかな。どうやってタロに教えるか。
抱き上げていたヒメを返され、ティーシアがリズの襟の後ろをがっちり掴み、引っ張っていく。
「あれ、え、ちょ、お母さん? 歩けるよ、逃げないよ。ねぇ、お母さん……お母さん!? 逃がさないつもりでしょ!! 寝かさないつもりだ!!」
あ、リズが現実に気付いた。でももう遅い。ドナドナされていく姿をヒメと一緒に見送る。
『てぃーしあ、てぃーしあ……』
ヒメは覚えようと努力している。
『ヒメ、これから同じ狼のタロと会うよ。喧嘩したら駄目だよ』
『たろ?けんかしない』
納得の感情が流れ、たろ、たろと覚えようとする。それを撫でながら、部屋の扉を開ける。部屋の中ではタロが箱の中で骨の玩具をけしけししていたが、匂いに気付いたのかこちらを向く。
『まま!!』
ヒメの警戒が若干強くなるが、撫でながら徐々に近づいていく。タロはしっぽを振りながらヒメを見て、何々?みたいな顔をしている。
『タロ、今後一緒に暮らすヒメだよ』
『ひめ?』
タロが、ひめ?ひめ?と考えている思考が流れてくる。んー。個の感覚が薄いか。この辺りはヒメと一緒になって認識してくれると助かるけど。
『お互いに怪我させたら駄目。じゃあ、挨拶しようか』
そう言って、ヒメを下す。そのままヒメが私に擦り寄ってくる。タロを箱から抱き上げて、床に下ろす。タロがしっぽを激しく振りながら、ヒメに向かっていく。ヒメがウォフッと威嚇すると、しっぽが止まり、ちょっと下がる。ヒメが顔を近づけ、タロとお互いに顔の匂いと耳の匂いを嗅いでいく。
『ひめ?』
『たろ』
双方がそれぞれを認識したのか、納得の思考が流れてくる。これ何というか、波長が違うのか?何と無く違いは分かる。厳密に何が違うと言われても、何と言えないが。と思っていると、タロがヒメの背後に回り肛門腺の匂いを嗅ごうとする。あ、それ慣れていない雌にしたら……。
左後脚を庇いながらも器用に反転し、ヒメがタロの首元を噛む。タロがキャインと鳴き、私の足元に来て擦り寄ってくる。
『いたいの……』
手加減して甘噛みしたのか、噛んだ場所を見ても赤くもなっていない。んー。大部分の雄犬はあまり気にしないけど、雌犬とか一部の雄犬は慣れるまでちょっと気にするよね。タロが悪いと思う。
『タロ、慣れるまで駄目』
『うん』
ワフみたいな鳴き声で返事をすると、再度そっとヒメに近付いてお互いに体の匂いを嗅ぎ合っている。様子を見ていると慣れたのか、一緒に丸くなっている。うん、大丈夫そうかな。
「ヒメ、おいで」
そう言うと、ヒメがとことこと近付いてくる。もう、体調も整ったし、足を治しても無理はしないだろう。左後脚の骨格と筋肉や腱、肉の付き方を辞典の解剖図を見ながら思い浮かべて、神術を行使する。ディシアごめん。流石に狼の骨格まで詳細に分からない。そこは過去のプロパティを参照して治して欲しい。そう思った刹那、ほのかにヒメの左後脚全体が光り、瘤が引っ込んで脚がきちんと伸びていく。光が収まり、脚を触ってみるが、異常な個所は無いように感じる。
『ヒメ、怪我をする前と同じように歩いて』
そう指示すると、ヒメが部屋の中をトコトコと歩き出す。庇って引き摺り気味だった左後脚もまともに動いている。
『ヒメ、座って』
ヒメがお座りをするが、あの崩れたお座りでは無くきちんとお座り出来ている。
『ヒメ、痛く無い?』
『いたくない……いたくない!!』
ヒメがばっと飛びかかって来て、ペロペロと舐めてくる。誰が何をしたかまでは認識していないけど、嬉しいから舐めている感じなのかな?そう思っていると、タロも負けじと飛びかかって来て舐めてくる。意味が分からない。タロは寂しいだけだろ。二匹を撫でて立ち上がる。さて、ヒメのお昼まだだけど、タロはあげたのかな?ティーシアに聞いてみよう。二匹を抱き上げて、箱に入れる。狭い場所に二匹一緒に入れられて若干ヒメが緊張状態になるが、タロがのほほんと丸くなる様子を確認し、ヒメも丸くなる。じりじりとタロがヒメに近付いているのがちょっとおかしい。温いのを求めている感じなのかな。また噛まれないようにね。
まぁ、今まで動かしていなかったので筋肉も委縮しているし、弱っているだろう。ちょっとの間はリハビリかな。ノーウェが戻ってくるまでは待つと決めたからには時間は有る。
そう思いながら、キッチンに向かうが、誰もいない。あれ?主寝室を覗くと機織り機の前でハイライトの消えた目をしたリズと一緒にティーシアがいた。
「すみません、ティーシアさん。タロのお昼ってもうあげました?」
「丁度お昼の準備をしようと思ったら帰ってきたから。まだだわ。貴方達もよね? ちょっと遅くなったけど、用意するわ」
そう言った瞬間、リズのハイライトが蘇り、握り拳を握る。え?ガッツポーズ的な感じなのかな?
「リズ、食事を作るわよ。手伝いなさい」
「お母さん、区切り。絶対に、これ区切り。寝かして、眠たい。倒れるよ」
必死にリズが懇願すると、ティーシアが深い溜息と共に、首を縦に振る。リズがそれを見た瞬間、反故にされてたまるかと言う勢いでぴゅーっと自室に戻る。
「本当に、あの子は」
ティーシアが苦笑いを浮かべる。
「タロちゃんとヒメちゃんの食事よね。モツはちょっと古くなったから、油の方に回したわ。肉だけで良いかしら?」
ヒメももう消化も大丈夫かな。
「はい。大丈夫です」
それにティーシアが頷き、厨房に向かう。冷暗用の棚から、肉のブロックを出し、厚めに2枚切り出す。皿を生みそれぞれを乗せる。今後は分けた方が良いかと、それぞれタロとヒメと真ん中に刻んだ。
「ありがとうございます」
肉を持って、部屋に戻る。箱の中では、何かもみくちゃになって上に乗ったり乗られたりしている。痛そうでは無いし、しっぽも振っているので喧嘩では無いのだろう。
「食事だよ」
そう言うと、タロがぴくりっと反応し、お座りをする。その様子を見て、ヒメも同じくお座りをする。皿を目の前に置き、待て良しをして、食べさせる。
『いのしし!!うまー』
タロは無邪気に噛みちぎりながら、食べる。
ヒメはクンクンと嗅いで、知らない物を食べるように、少しだけ齧り切り、ハクハクと咀嚼する。美味しくて食べられると判断したのか、豪快に噛みちぎり、食べ始める。
『はじめて、おいしい』
流石にイノシシを狩る機会は中々無いか。逆襲されかねない。
『イノシシだよ』
『いのしし……いのしし、おいしい』
ヒメが味と名前を覚えたのか、嬉しそうに噛みちぎり食べていく。タロが先に食べ終わりヒメのイノシシにちょっかいを出そうとしたので、鼻の先を軽く突いておいた。