第330話 守るべきものとそれ以外、明確に区別しないと共倒れます
「すみません。お待たせしました、男爵様。お久しぶりです」
ギルド長室に入り、ソファーに腰をかける。出てきたお茶の香りを嗅ぎ、一口含む。
「お久しぶりです。如何ですか? 少しは落ち着きましたか?」
そっと机の方に視線を向けるが、書類の山で埋まっている。相変わらず激務のようだ。
「ギルド長絡みの汚職の件は粗方片付いてきました。各所で連携を取っていますので、何とかと言うところですね」
ヴァタニスが苦笑いを浮かべながら、カップを傾ける。
「お蔭で通常業務が滞っています。予算に関しては補助が一旦出ると言う事で順次先に進めていますが、処理の方が追いついていないです」
過負荷で上位がボトルネックになっているか。元々の職員が信用出来無い故に国側で最上位に決裁権を集めたから、ここが滞ると、全部が滞る。平時の業務処理への害が出始めている。平和になった証拠だろうが、そろそろ現場として問題提起しても良いと思うが、それは甘えなのかな。ノーウェにそれとなく伝えておくか。
「予算と言えば、オークションの件、対応頂き、ありがとうございます。何とか仲間にも面目が立ちました」
「いえ。元々支払われるべきものです。処理が進んでほっとしました。で、本日の件ですが、北の森の奥の話と伺いましたが?」
ヴァタニスが若干怪訝な顔をしている。
「結論として、ダイアウルフが溢れて個人では対処不可能な状況になっています。ギルドでの対処も難しいでしょう。ノーウェ子爵様と対応を早急に検討される方が良いと考えます」
「そこまで酷いんですか? いえ、こちらに危急では情報は上がっていないです」
冒険者はそこまで奥に入り込んでいないのか?それでも傷だらけにして嘆いていたパーティーはいた筈だ。
「まず確認したいのは2点。ギルドの斥候は森の奥の把握を継続していますか? ダイアウルフによる死亡事故はどの程度発生していますか?」
そう言うとヴァタニスが苦い顔をする。背中に嫌な汗が浮く。
「ギルドの斥候ですが、予算の都合上、一旦引いています。なので、森の奥の方の状況は全く掴めていないです。現在予算を再編し、出そうと考えておりますが、そこまで追いついていないです」
見えていなければ、そりゃ冒険者を素通りさせるか。今回の犠牲になった冒険者は災難だった形か。遣る瀬無いな。本当に、祟る。豚からこっち、良い所無しな状況だ。
「ダイアウルフ狩りを目的として出たパーティーで未帰還、いえ死亡が確認されているのは過去、2パーティーですね。7等級6名、6等級12名です」
6等級の12名って5等級手前を意識しているパーティーだろ。それが失敗しているのか?おいおい。6等級対象って銘打って、6等級の限界で全滅していたら洒落にならない。
「今回御持ち頂いた遺留品は先日森に入った7等級6名のパーティーの物と確認出来ました。また、もう一組7等級6名が同時期に入っていますが、死亡が確認されました」
ギルドカードのpingか。30人は死んでいる。これ、大問題な気がするんだが。7等級になって分かるが、6等級なんてとんでもない世界だ。何を倒すの?ワイバーンとか?あんなの相手にしている集団が死ぬ森だ。もう、一旦閉鎖でもしないと無限大に呑み込むだけだと思うが。
「もう一方のパーティーは生憎接触出来ませんでした。ただ、確認出来るだけでも30人は死んでいますよね? どう対処されるんですか?」
「北の森の深部への侵入不可の公知ですね。ゴブリンの掃討は続けなければ来年に問題が波及します。また10等級、9等級の稼ぎ口が無くなります」
「ある程度安全な場所と言う線引きが無ければ、何かの拍子に奥に入って食われる恐れは十分に考えられますが、そこはどうされます?」
「ギルドの斥候の再編待ちですね。現状では、どうしようもないです」
あぁ、もう、業務量が多過ぎて、何が問題かそうじゃ無いのか分からないんだろう。これノーウェのチョンボかも知れない。ある程度問題が収束した段階で権限移譲が出来る状況にするべきだった。愚痴られるのが嫌で話を聞きにいかなかった私にも問題は有るが、これ、生き死にがかかっている。
「8等級が熊を相手に、と言うケースは大いに想定出来ます。その場合はどうされます?」
「どうしようもないです。危険を公知して、自己の責任において森に入ってもらいます」
背中の嫌な汗が流れ落ちる。このままだと死人が大量に出る。それが噂になったら誰も森に入る事も無くなる。そうなれば来年の指揮個体戦のきつさは尋常じゃないだろう。かと言って、私に妙案が有る訳でも無い。この話をノーウェが聞いたらどうなるか……。
「少なくともダイアウルフに関しては、もう手が付けられません。少なくとも私達が調査した結果はお渡しします。出来れば、ノーウェ子爵様に軍での討伐を具申されては如何かと思いますが」
「私自身ギルド長権限は有りますが、ノーウェ子爵様に対しての具申の権限は有りません。伯爵領に鳩で状況を報告するのが精一杯です」
あぁ、この人政務畑の人だった。有事の際には問題有るな。他人事じゃ無い。私も気にしておこう。
状況報告でノーウェが把握して動くか?動くな。ただ、日数がかかるだけだ。この辺りの無駄が嫌いなノーウェだ。切れるだろうな。
今後の流れだが、相手は組織だ。冒険者相手に融通なんて付けないか。これから先も無為に人が死んでいくな。
事後、この人どうなるんだろうな。もう距離を取っておこう。今後、この村の冒険者ギルドには近付かない。何か強制されるなら、仲間含めて冒険者の身分を返却しよう。付き合っていられない。
「後、大変恐縮ですが、そろそろ『リザティア』の稼働が始まります。故に、移動が控えております。仲間を含めて、今後一切冒険者ギルドから強制依頼等を受けても動けません。ご了承下さい」
「分かりました。貴族としての政務を優先下さい。今回は情報を頂き、ありがとうございました」
「いえ、この程度しか出来ず、心苦しい限りです。では、この辺りで失礼致します」
よし。ギルド長から言質を取った。これで何か有っても文句は言われない。私に出来るのはここまでか。一回組織が崩れると立て直しが容易じゃないのは分かっていたが、ここまで辛いか。はぁぁ、人が死ぬのは憂鬱だが、何も出来ない。私の腕はそこまで広げられない。もう、覚悟した事だ。この村の冒険者ギルドは見捨てる。今後はノーウェに任せる。私に出来る事は、もう無い。
ギルド長室から出た瞬間、気付かず溜息が漏れていた。まぁ、しょうがない。ツケは自分で払うのが筋だろう。頑張って、ギルド長。
階下の受付で、遺留品と今回のダイアウルフの出現場所及び詳細情報を報告する。受付嬢がレポートにまとめ、内容に齟齬が無い事を確認し、解放される。
外に出ると、仲良くリズとヒメが待っていてくれた。
「ごめん、遅くなった」
「ううん。何か重要な話でも有ったの?」
「んー。今後この村の冒険者ギルドには近付かない。危ない。皆にも周知しておく。リズも絶対に近付かないで」
「え? う、うん。分かった。何か有ったのか、教えてもらっても大丈夫?」
「夜にでも説明するよ。さて、家に帰ろう。色々有って疲れちゃった。ちょっと休憩しよう」
「うん。帰ろう」
ヒメを連れてリズと一緒に家路を歩く。今後タロを連れて2人と2匹か。なんだか大所帯になったけど、それもまた良しか。タロ達に子供が生まれて、私達にも子供が生まれたらどんどん増えるんだから。そんな世界を頑張って作る為に、もう、この村の冒険者ギルドからは手を切る。このままだと、ノーウェには私の報告は行くだろう。そこまでで情報が途切れる形になる。それから先はまぁ、考えても無駄か。柵は絡まる前に振りほどいておこう。良い思い出の無かったギルドだけど、綺麗に切れるなら良かった。さぁ、ヒメの対応だ。