第329話 荷物の上でぺたんと乗っているイヌ科の生き物ってちょっと可愛いです
お茶を飲んで人心地がついた皆を見回す。私と違って慣れている人間はいるが、気持ちの良い作業では無い。それでも良い香り、温かい物で癒されてほっとした顔にはなっている。
「さて、今日の目的は達成した。村に戻ろうか。皆、酷い匂いがしているよ。宿に相談して、風呂でも入ってゆっくり休もう」
そう言うと女性陣の目が輝く。やはり、長く風呂に入っていないと、気になるのだろうか。ティアナがキラキラした目をしているのが印象的と言うか、あんなにガツガツしていたっけ。
男性陣も寒い最中のお風呂と言う事で、楽しみなようだ。
「じゃあ、その為にも気を付けて帰ろう。ダイアウルフのテリトリーは思った以上に広がっている。行きは良かったけど、帰りは危ない可能性も有る。昼食はお預けか携帯食料で済ましてさっさと村に帰る。異論は?」
皆、異論無く頷く。
「では、出発しよう。先頭は引き続きロットお願い。先導を頼むね」
「はい」
そう言いながら、皆のカップを洗って荷物に戻し、ごろごろ荷車を引きながら、簡易宿泊所を後にする。しかし、作ってもらって良かった。無かったら、ここで野営の予定だった。そうしたら、死んでたかもしれない。そう思うとぞっとした。
ヒメは荷車の上でちょこんと伏せている。
『気持ち悪く無い?』
『へいき』
ウォフと短い鳴き声と共に、ぺたんと伏せてしっぽを振っている。自分で歩かなくても進むと言う事が楽しいみたいだ。酔うにしてももう少し先かな。その時は抱きかかえて移動か。
危険度が低いのは視界がある程度確保出来る川沿い、最短なら来た道。時間的には1時間ちょっと程度の差だが。最悪川を背にして半円陣を組んで、遅滞戦が出来る川沿いの方が安全なのかな。元来た道の方は安全なのか偶然なのか分からない。もし接触してしまうと、狭い空間で碌に陣形も作れず相手をする事になる。そっちの方が怖い。
「川沿いで帰ろうか。レイもそっちで待っているし」
「もしもを考えれば、動きにくい藪よりはましと考えます。では、川沿いで戻ります」
ロットが地図を見ながら、先を確認し進む。簡易宿泊所から、川沿いの道もある程度通している。そこまで苦労して帰る事にはならないだろう。
『警戒』で周辺の確認をしながら、先に進む。暫く歩いていると、ロットが近付いてくる。
「昨日の道中もそうですが、野生動物の分布が薄くなっています。偶々かと思いましたが、川沿いもです。猪や鹿など、この時期なら身重か出産後の筈です。もう少し濃く感じても良いと思いますが、明らかに不自然です」
「それもダイアウルフと見る?」
「数が増えて、手当たり次第に襲っている可能性は有ります。元々奥の方は薄い傾向でしたが、目に見えてとなると、影響が有るかなとは感じますね」
ロットが眉根に皺を寄せる。
「もう、あの規模だと熊とかも関係なさそうだしね。このままだと森、荒れるだろうな」
生態系が一回崩れると、戻るのに物凄い時間がかかる。下手したら戻らない。獲物がいなくなったダイアウルフがどんな動きをするのかも見えない。前のオークの時の軍行動の予算は『リザティア』に伴う景気浮揚の煽りで出せたけど、ダイアウルフ分の予算って出せるのかな……。ノーウェ次第か。戻る前に『リザティア』に顔を出すつもりだったけど、きちんと話をした方が良さそうな気がしてきた。
「南の森も猟師の数を調整して、なるべく環境が崩れる事なく周辺住民に肉が渡る線を見極めて調整していると聞きました。この森はそう言う秩序も無く破壊されています。先が無いと言うのは感じます」
ロットの意見は正しいだろうなぁ。ここまで来たら、荒療治しかないんだろうな。ごめん、ノーウェ。自分の庭と言う事で泣いて欲しい。個人の裁量でどうこう出来るレベルじゃない、これ。
そんな事を頭の端で思いながら、先を進む。
ロットの『警戒』では、簡易宿泊所を出て何回かは、ダイアウルフの群れを感知していたが、結局遠いと言う事で無視して先を急いだ。川まで出て、下り始めると、遭遇する事は無くなった。生息限界と言うか、魔素の問題上、ある程度森の深い所に入らないといないか。森を出て、村を襲うなんて状況が無いのは助かる。もう、人間の味を覚えた獣だ。脅威では無く、餌としか見ないだろう。
結構荷車は揺れるがヒメもバランスを取って、荷車にへばりついている。車酔いもなさそうだ。危険度が減り、少し安堵の息を吐き、歩を進める。藪の再生もそれほどでも無く、河原までは進出してこないので、逆に進行速度は上がっている。ただ、泥などで足を取られる場所も有るので、結局は行きと同じ程度の時間はかかりそうな気配かな。
結局特に大きな問題は無く、森の入り口付近まで辿り着いた。ただ、休憩も最低限だったので、体力的に限界だ。でも、冒険者ギルドへの報告も有るか。もう少し頑張ろう。
皆も疲労が蓄積されているのか口数は少ない。ただ、森から出られると言う事で安堵感は広がっている。
「ふわー。超疲れた。お腹がちょっと痛いー」
森から出て、フィアが叫ぶ。お腹と言うか胃の辺りを押さえている。緊張感のある中で延々歩いていたら、そうもなるか。他のメンバーも似たり寄ったりだ。
日はまだ高い。さっさと報告して、宿でゆっくりしてもらうか。
「冒険者ギルドに報告したら、今日は休もう。明日はリズとリナの重装の調整かな。後のメンバーは引き続きレイの特訓で。ロッサは例の件でお願い」
そう言いながら、主のいない馬車の前で、笛を吹く。
暫く待つと、馬群を連れたレイが現れる。さっと飛び降り、手綱を持って近付いてくる。
「おかえりなさいませ。男爵様。若干お早いお帰りですか?」
「森の奥がかなり酷い。手出しが出来ない。その辺含めて、冒険者ギルドに報告するよ。馬車の準備をお願い出来るかな?」
レイも荷物からほのかに漂う死臭に気付いたのか表情が若干真剣な物に変わる。手早く馬をつなぎ、馬車の発車の準備を進める。
私達は荷物を馬車の中に運び込む。遺留品に関しては空いていた箱に入れて蓋をする。どうしても臭いが気になる。
ヒメは初めての馬車に警戒し、クンクンと嗅ぎながら、周囲に体を擦り付けている。タロの匂いも付いているから余計なのかな。ある程度落ち着くと、胡坐の中にぽすっと入ってくる。
「では出発します」
レイの声と共に、馬車が走り始める。緩やかな加速に一瞬ヒメがびくっとしたが撫でていたら、緊張も解けた。その後も跳ねたりした際には緊張していたが、村に戻る頃には慣れて、丸まっていた。
冒険者ギルド前で荷物を下す。
「明日も訓練、お願い出来るかな?」
「畏まりました。お越し頂ければ対応致します」
レイがにこやかに頷き、馬車を走らせ、屋敷に戻る。
「さて、報告だけだから、先に皆、宿に戻って欲しいかな。後で樽を持って行く。宿の調整はロットに頼めるかな? リズはヒメと一緒に待っていて。一緒に帰ろう」
そう言って、皆と一旦別れる。リズは、ギルド前でヒメと待つようだ。しゃがんでヒメと遊んでいる。タロで慣れているのであしらいも出来るようになった。
私はギルドに入り、受付嬢に事の次第と責任者を呼んでもらうようお願いした。どうもハーティスは町の方に出ているらしくヴァタニスがいるらしい。面会中なので暫く待って欲しいと言われたので、外で待つ旨を伝える。
「ヒメの調子はどう?」
「あれ? 早かったね。報告はもう終わり」
「責任者が面会中だって。それを待たないと駄目」
「そっかぁ。まぁ急に来たからしょうがないか。うん、ヒメの調子は大丈夫だと思うよ。便も帰り道で見ていたけど、きちんと固いのが出ていたし」
「あぁ、その辺り任せてごめん。助かった。懐いている?」
「タロ程じゃ無いけど、安心はしてくれているかな。まだちょっと他人扱いされている感じだよ」
そう言いながらリズがヒメの背中を撫でる。強張ると言った反応は返さないので、そう言う意味では信頼されているか。
「家に戻ったら、足を治そうと思う。やっと落ち着けるし。で、宿でお風呂入るなら、お湯生まないと駄目だから、その間2匹の面倒をお願いしても良い?」
「分かった。大丈夫。気を回し過ぎ。喧嘩しちゃ駄目ってだけ伝えておいて。相手はするよ」
そう言って、リズが微笑みを返してくる。
話していると、ギルドから職員が出て、こちらに向かってくる。ヴァタニスが空いたようだ。さて、お仕事か。若干憂鬱だが、もう仕方が無いな、これは。