第328話 成功の陰にはこう言う現実も有ります
後片付けが終わった辺りで、皆が活動を始める。流石に量そのものが少ない為、昨日の晩程長々と転がってはいない。
皆で荷物の整理をして、荷車に載せていく。部屋の片づけと掃除はお願いした。箒などもいつの間にか棚に格納されていた。各部屋で規格が同じなので、ギルドの職員が掃除用に持ち込んだ物だろうか?
「じゃあ、ヒメはお願いしても良いかな?」
静かに胡坐の中でぽすっとはまりこんでいるヒメを撫でながら、リズに聞く。
「1時間程度だよね。見ておくよ。もう、ご飯もあげたしね」
リズが手を出すと、少しだけ警戒して恐る恐る移動する。まだ、ちょっと慣れないかな?
『ぱぱ、いくの?』
『少しだけ、様子を見てくるよ』
『ままもいくっていってた』
ヒメが頭を下げて、少しだけ寂しそうな顔をする。母狼に捨てられた時の話だろうか。
『リズもいるから大丈夫』
『りず?』
『今、抱いている人』
『りず……りず……』
ヒメが匂いを嗅ぎ、ぽてんと体重を預ける。リズもタロで慣れているので、しっかりホールドする。背中を撫でて落ち着かせていく。
「大丈夫。大丈夫だから」
リズがそう言いながら、顔と顔を擦り合わせる。ヒメも落ち着き、ぺろぺろと顔を舐める。
「うひゃ、くすぐったい。ヒメは悪戯っ子なのかな?」
背中を撫でていた手の指を立てて、全身をわしゃわしゃし始める。ヒメも我慢しているが限界なのか、身を捩り逃げようとする。双方の攻防戦を見ていて、まぁ、預けても大丈夫かと結論に至った。
『ほかのこの、においがする』
リズをクンクンした後に、また体を擦り付ける。上書きかな。帰ったらタロ、拗ねないかな。仲良くしてくれると良いけど。
準備が終わった人間から、外に集合していく。後は重装のドルと手伝いをしているロッサかな。そう思っていると、ドル達が出てくる。
「じゃあ、昨日に引き続き、斥候の皆には負担をかける。状況の確認に関しては余計な仕事だが、何を食べる対象にしているかは大きな情報になる。それだけでも掴みたい。準備は良い?」
同行組が頷く。
「何事も無く、冒険者達が戻ってくる可能性も有る。その場合は昨日の方針で対応して欲しい。リズはごめん、ヒメの世話が増えて申し訳無いけど、よろしく」
待機組が頷く。
「それでは、出発しよう」
そう言って、ホバーで外壁を飛び出し、外閂を開ける。昼間なので、内閂で呼んでもらえば良いだろう。
扉を閉めて、内閂が落とされる音を聞き、ロットを先導に昨日の道を進む。
幸運なのか昨日が偶々なのかは分からないが、周囲のダイアウルフはそう多くは無い。ちらちらと発見して、規模を確認して、進んで行く。昨日の地図にエンカウントした群れと規模感は記載していく。ただ、30以下での群れは無い。これは完全に冒険者で手が出る対象じゃ無くなったな。
「そろそろですね。周囲にダイアウルフの気配は有りません。手早く片付けましょう」
30分程歩いた頃に、若干見覚えの有る場所に到着する。藪を切り分けて進むと、小さな空間が出来ており、そこには武器防具と人骨らしきものが散乱していた。骨に残った一部の肉を目当てに小さな蛆が這っている。本物の人間の死体を見た事が無かった身にしてみれば、不意打ちで結構神経を削られる。薄れたとはいえ、何とも言えない血の匂いと腐敗臭を感じ、吐き気を我慢するのに精一杯だった。しかし、ビンゴか。嬉しくは無いが……。
「ギルドカードを探して。武器防具は使えそうな物を指輪やネックレス、小物はなるべく持って帰ってあげよう」
そう言うと、斥候の皆が四方に散り、状況確認に努める。残った皆で残骸を漁っていく。
砕かれた頭蓋骨を大体集めて、人数を把握するが、5人か6人だ。8等級か7等級辺りかな。しかし、ハイエナみたいに骨まで食べるタイプじゃ無くて助かった。残っていた損傷した骨盤を見ても、男女混合のパーティーだ。人数的に2軒は借りないだろう。もう1パーティーがいるか、逃げたかしたか?んー。ギルドに聞くしかないか。
集めた遺品は別に用意した袋にまとめていく。そのままギルドに提出する。集まったギルドカードは4人分。残り1枚か2枚は探したけど、どうしても見つからなかった。そろそろタイムリミットかな。
「粗方回収したようだし、諦めよう。撤収」
そう言うと皆もほっとした顔で頷く。憂鬱な仕事だ。終わるのは望ましいか。しかし、思ったより指輪などの小物は少なかった。食べられないから吐くと思っていたが、そのまま食べてしまっているのかも知れない。そうなると探すのは至難だろうな。
再度ロットの先導で、道を戻る。
「実際の損傷を見て、ドルの意見は?」
「革鎧は意味無いな。爪程度なら防いでいる痕は有ったが、牙は貫通している。噛みつかれて引き倒されたら、もう助からない。体格がそんなに変わらない相手に組み敷かれて噛まれ続けるだけだ。そこからは無理だな」
ドルが苦々しい顔で言う。
「重装も当てにならんかも知れん。牙の長さと硬さを考えると、関節部は貫通する可能性も有る。軍でも数で押して兎に角、複数対1匹の状況を作り続けないと、怪我人が出るだろう」
その辺りは同じ感想か……。
「分かった。ありがとう」
若干沈鬱な雰囲気のまま、無事簡易宿泊所まで辿り着く。無事と言っても、何度かダイアウルフの進行経路に引っかかりそうになり、待機や大回りをしたので、行き以上の時間がかかった。
「軽く休憩して、帰ろう。流石に疲れた」
簡易宿泊所で声をかけると、内閂が開けられ、ティアナが扉を開けてくれる。
「その顔だと、冒険者だったのかしら?」
「1パーティーは対象だと思う。もう1パーティーは分からない」
が
首を振りながら答える。
「そう。どうするのかしら? もう出るのかしら?」
「いや、少し疲れた。あまり気分の良い物でも無いし。お茶でも飲んで、休んで気分を切り替えてから出る」
「と言う事は、着くのは夕方ね。分かったわ。カップを荷物から出しておくわ」
そう言ってティアナが荷物の方に駆けていく。
今回参加したメンバーには石鹸を渡して、兎に角手を洗ってもらう。手袋も無く死体を漁ったんだ。どんな病気になるかも分からない。少なくとも何かに感染した状況は『認識』先生は伝えて来ないけど、気分の問題だ。
女性部屋の上がり框に腰を下ろして、皆、溜息を吐く。やはり、陰鬱な作業だった。あまり好んでやりたい物では無い。大きめのポットを生み、荷物からお茶を出して、お湯を満たす。死臭が染みついた状態にお茶の清涼な香りが心を癒してくれる。
ティアナがカップを持って来てくれたので、皆に注いでいく。寒い中での辛い作業だった。皆、温かいカップに生き返った顔をしている。
リズに目配せをする。
「どうしたの?」
「体に死臭が染みついた。宿の土間でも使わせてもらって、風呂に入れないか相談しよう。無理なら、家を使うかも知れない。アストさん達に話って出来るかな?」
「うん。特に消費する物も無いし、互助の範疇だし、喜んで対応するよ」
リズがにこやかに答える。あぁ、そう言う意味では、救われるな。鼻の奥にいつまでも残る死臭を香りで流し、温かなお茶で内臓を温める。本当に、きつい仕事だった。帰りもかなり気を付けた方が良いな。行きが順調で気を抜いていた。しっかりしよう。そう思いながら、おかわりの確認をしていった。