第30話 忍者サン
「いつもと違う?」
リズが問いかけてくる。
「そんな事ないよ。ちょっと考え事をしていただけ」
「そう、あまり心配させないでね。そうじゃなくても、いつも心配なんだから」
頬を膨らましながら、耳元で囁く。
「いや、1つ決めたんだ」
「何を?」
「腹を括った」
触れ合うほどに近い瞳をきちんと見つめながら言う。
「俺は、生きる。リズと一緒に。生き続ける。その為には手段を択ばない」
「やっぱり変わった……。それに、俺、なんだ。何だか新鮮。それに嬉しい。ありがと」
どちらともなく抱きしめ合う。
今はこの温かさが心地良い。先程までの冷え込んだ心の奥が徐々に溶けていく。
「うん。愛してる。リズ」
「私も。愛しているよ」
抱き合いながら啄み合うようにキスを繰り返しながら、そのまま眠りにつく。
あぁ、体拭いていなかったなと思考の端で思うが、明日で良い。
今はこの温かさを感じていたい。
久々に心が充足したのを感じながら、眠りに落ちていった。
「おはよ。うん、今日も元気そう」
リズの顔が朝日を浴びてきらきらしている。
あぁ、きっと女神信仰の源流なんてこんなのなんだろうなと益体も無い事を考える。
「体を拭きたいので、お湯が借りたい。大丈夫かな」
「朝は昨日のシチューを温めるだけだから。先にお湯沸かしてくるわ」
そっとベッドを抜け出し、キッチンへ向かう。
ベッドに座り込みながら、心の奥底から登ってくる、何かに身を任せる。
「今まで、真剣に生きて来なかったな。皆、こんな覚悟しながら現実を生きてきたんだろうな」
会社の同僚や、友人、家族の顔を思い浮かべる。
「帰れないかもしれない。でも、もうこの歳だし自分の生き方は自分で決めて良いだろう?親不孝でごめんな」
目を瞑り、そっと息を吐く。
「それでも、大切なものが出来たんだ。祝福してくれ」
父さんと、母さん、妹の笑顔を思い浮かべる。大丈夫。やれる限りをやる。
少し経つと、リズが盥を持って来てくれた。
「はい、お湯。体拭いたらご飯出来ていると思うから、キッチンに来てね」
微笑みながら用意に戻る。
貰ったお湯を使い、体を清める。さっぱりしたところで、キッチンに向かう。
「おはようございます」
「おう、おはよう。今日は大変だな」
食卓には準備が整っている。待っていてくれたようだ。
食事を進めながら、今日の仕事の話となる。
森の奥はやはり、危険度が高いらしい。ただ、浅い場所で問題になるのはやはり狼らしい。
「やつらは10匹未満の群れが大きなテリトリーを持つ。面子が面子だ。遭遇しても冷静に対処すれば問題無い」
聞くと、徒党を組む魔物を狩れるようになるのが8等級の条件らしい。故に7等級が3人とギルド側の人間がいれば、群れでもそこまで危険性は無いらしい。
「間違って奥まで行かない限りはそうそう危険は起きない。起きないが用心は怠らない事」
「はい」
朝食が終わると、銘銘仕事に向かう。
「本当に、本当に気を付けてね」
リズが心配そうに抱きしめてくる。
「アストさんも言ってたじゃないか。大丈夫だよ」
頭を撫でながら、答える。
名残惜しそうにしながら、狩りに向かう。
ティーシアから昼を受け取り、端切れに包んだ5,000ワール硬貨を手渡す。
「気が済むのなら良いけど。悪いわ。本当に」
時間が無いと押し問答を遮り、握り込ませる。
装備の準備をし、家を出る。
冒険者ギルドに着いた時には、皆待っていた。こちらの人は兎に角朝が早い。
「おはようございます。お待たせしましたか?」
「いや、問題無い。今日の準備と相談をしていたところだ」
ディードが答える。
「おはようございます。アキヒロさんですね。私はハーティス。本日同道させて頂く者です」
ギルド職員の斥候と聞いていたので、忍者サンみたいなのを想像していた。
しかし、軽装の革鎧と腰に交差した短剣、胸元に投げナイフと印象に残らない顔が印象の男性だった。
「さて、揃ったところで出発しましょうか」
ハーティスを先頭に北の森に向かう。
出現場所は特定しており、そこに向かうとの事。基本的にスライムは大きくなれば動く事が少なく、発見場所の周辺にいるだろうとの事。
北の森に入り、先を進む。念の為、時計を持ち上げるとコンパスが仕込まれているのでそれと、地図を見ながら大体の場所を確認しながら進む。
「それは魔道具なの?」
アリエが興味津々に問うて来る。
「そんなもの。爺さんの形見だよ」
適当に答えを返す。
ハーティス達は大体の時間と太陽の位置で方角が分かるとの事。
正直時計の針でも無ければ正確な方位は分からない。昔の人の感覚と知恵は侮れない。
道で出会う魔物もゴブリン程度なら、ディードとアリエで鎧袖一触だ。
鼻を削ぎ、布に包み背嚢の大きなポケットに放り込んでいく。
狼の群れに出会った時も、ディードとアリエが牽制し、動きを止めるとワティスが何かを唱えた途端苦しみながら、ビクビクと悶え、死んでいく。
「私……大きな術式の制御が、苦手なんです……」
話を聞くと、動きを止めた狼の口の中に圧縮した火を打ち込み、肺を焼いているとの事。
小さな術式でも大きな効果を生み、なにより素材が傷つかない。よく考えられている。
私も、空気と言う大まかなイメージじゃなく一酸化炭素とかイメージ出来ないかな。中毒症状を起こすまで若干時間がかかるか。無理かな。
「派手な術式はベルダさんが得意だな。爺さんなのに派手好きだ。良くやるよ」
ディードが答える。前衛2枚に、後衛2枚。単体の確殺と面制圧。バランスが良いな。
聞くと、やっぱりこの構成は贅沢らしい。皆同じ村の出身との事。そうでも無ければ、こんな贅沢なパーティーにはならない。
「狼は毛皮が売れるが、持って行くのは無理だ。帰りに回収出来るだけ回収する」
ディードが皆に呼びかけながら、まとめて藪に隠す。
それからも数度魔物に遭遇したが、危なげ無く先を進む。
町から4時間程進み、大体の方角は分かるが帰り道は全く分からないなと思っていた頃に、皆が止まる。
「場所は報告通りですね。思ったよりも大きい。あれが今回の目標です」
ハーティスが指さす先には、3mくらいの不定形の球体をした水色の生八つ橋みたいなのがいた。餡子の部分が核か。
正直、大きさに圧倒された。
さて、どうしようか。