第323話 ヒメが大人しいのは『馴致』の所為も有ると思います
取り敢えず、動けない面々を女部屋の方の部屋に転がしていく。流石に荷物を置きっぱなしで調査に出る訳にもいかないので、残留組を決めようかと思って相談を始める。
一人は斥候職がいた方が良いと言う事で、夕食の為の鹿の出汁取り係として、ティアナが決定した。ヒメの世話係としてリズが、護衛役としてフィアが残る事になった。
男性が誰か残った方が良いとは思うが、ロットは斥候、ドルは重装での前衛、私は魔術と抜けると穴が大きすぎて危ない。なので、この3人となった。
「また、鍋の面倒ですの? ふぅ、分かりましたわ。やりますわよ」
ティアナがぽんぽこお腹でうつ伏せになりながら、ちょっと文句を言っている。リズとフィアはのほほんとしている。お留守番の間、リバーシでもやっているつもりなんだろう。荷物に紛れ込ましているのは知っている。
「リズはごめん。ヒメの面倒をよろしく。食欲は有るかもしれないけど、水は切らさないようにして欲しい。体に水が足りない状態になっているから、なるべく飲ませてあげて欲しい。瓶で用意していく。後でヒメに紹介するね」
そう言うと、リズが頷く。
「そう言えば、ヒメって何? 狼の名前だよね? どういう意味なの?」
リズが不思議そうに聞く。
「んー。故郷の方では皇女殿下を姫って呼んでいたからかな。英雄とお姫様。合っているかなって」
「へぇぇ。うん。お似合いかも。タロと仲良くしてくれるかな?」
「それは会ってみないと分からないかな。仲良くして欲しいとは思うよ。どうする? 紹介しちゃおうか。動ける?」
リズは比較してセーブ気味に食べていたが、フィアが駄目だ。ぴくりともしない。喋りもしない。うつ伏せになっても仰向けになっても戻りそうだからって、椅子に座っている。
「無理……今は……無理……」
フィアが絞り出すように囁く。食べ過ぎだ。あれだけ肉を食べて、野菜もレバーも食べていた。
しょうがないので、リズだけを連れて、男部屋の方に向かう。
薄暗い中、音を察知したのかヒメの首が上がり、その瞳が反射してほのかに輝く。
『なに?』
『仲間を連れてきた。私は少し出掛ける。その間の世話をしてくれるよ』
窓を開けて、明かりを入れる。ヒメも人間に慣れてくれたのか、必要以上にリズに警戒をしない。
『ちかづくの?』
ウォフッウォフッと若干警告の鳴き声を上げる。
「この子がヒメ? 真っ白。綺麗だね……」
リズが、ゆっくり近づき、そっと背中を撫でる。フルフルと警戒していたヒメの体が落ち着きを取り戻す。
「脚が悪いのよね。あぁ、この瘤……。なんだか変な骨の折れ方した人みたいだね。ヒロで治せそう?」
「構造は知っているから、治せるとは思う。ただ、治ると暴れそうだったから、体力が戻るまではそのままでも良いかなと。帰りも担いで帰るし。家で落ち着いてからかな」
石タライの中を確認すると、緩い固まった便が出ていた。水のような物に比べたら、遥かにましだ。内臓も少しずつまともに機能するようになったかな。
外に干している布を確認したが、流石にまだ湿っている。もう少し干さないと駄目か。まぁ、予備の布はまだ有るし、良いか。
首元の毛皮の中に指を入れて体温を確かめるが、そこまで冷えていない。低体温の方はましになってきた。お湯を生み、布の綺麗な部分で臀部他を拭う。
『ちがうこのにおいがする』
私とリズを見ながら、匂いを嗅ぎ、伝えてくる。タロの事かな。
『家にも一匹狼がいるよ。一緒に住むのは嫌?』
『ごはん、あるなら、いい』
うむ。ドライな良い子だ。新しい布を敷き直すと気持ち良いのか、お腹を擦り付ける。そのまま伏せて体力回復に努める。
『お腹は減っていない?』
『へいき』
食べてそんなに経っていないし。そこは大丈夫か。もしお腹が空いたら、鳴いてリズに知らせるように伝える。ヒメから了解が返ってくる。
「ごめん。内臓が弱っているから、固形物は食べられないと思う。もしお腹空いてそうなら、鹿のモツと鴨肉を包丁で叩いて細かくして食べさせてあげて」
「タロの離乳食と同じだね。分かった」
汚れた布を洗濯し、外の物干しに干す。この簡易宿泊所、物干しまで付いているんだから、良く出来ている。よくそこまで考える。余裕が有ると、要件定義から違うなとは思う。
「じゃあ、偵察に行ってくる。留守とヒメの事頼むね。もしトラブルが有ったら、逃げて欲しい。追って来たり、暴力を振るわれるなら、反撃して良い。ティアナも対人は可能だから」
「うん。そこはティアナの判断に任せる。内閂はかけておくから。心配せず行ってきて」
リズが微笑みながら答える。
そこで別れて、もう一軒に戻る。他のメンバーも死屍累々から脱し始めている。昼ご飯で死屍累々って何だよって思うけど。
「フィア、動ける?」
「戻らない感じにはなった。行けそう。リズと留守番だよね。移るよー」
「ヒメにはちょっかい出さないように。あの年頃でも噛まれたら指飛ぶよ」
「怖いから、近寄らない。リズと遊んでおく」
「うん、それでお願い。ティアナも申し訳無いけど警戒よろしく。他のパーティーの予定を見たけど、地元のパーティーらしいから問題は無いと思うけど、何か有ったら、正当防衛で片付ける。言質だけ取って殺って良い」
「分かったわ。領主館で何か有ったのかしら? 覚悟が決まったと言うか、こう言う時、色々悩んでいた気がするのだけど」
「迷わず、前に進むと決めた。後悔もしたくない。手出しされるなら、される前に片付ける。ただ、それだけ」
「単純で分かり易いのは良いわね。分かったわ。2人は任せなさい。仕事、頼んだわよ」
ティアナが、にこりと微笑む。右前腕を軽く当てて留守の無事を託す。
他のメンバーは装備の調整を進めている。甲斐甲斐しくドルの重装の手伝いをするロッサを見ると隔世の感を禁じ得ない。あの人形は初めからいなかった。たった一人の幸せそうな女の子がいた。そうも思えてくる。
斥候組がさっさと準備を終わらせ、軽装組も終わる。ドルが重装を着込み、大盾を携えて、立ち上がる。
「目的は、周辺のダイアウルフの分布状況の確認。期間は日没手前まで。もし、少数の群れがいればそれを狩る可能性は有るが、基本戦闘は避ける。他のパーティーには接近しない。ここまでの方針で異論は?」
「他のパーティーが大きな群れに襲われている場合はどうしますか? ギルドの規定では相互扶助は建前ですが」
ロットが手を挙げて、質問してくる。
「敵の規模と状況による。手遅れなら見捨てる。こちらで処理出来そうな規模なら対処する。流石に作戦も無く20匹も30匹も相手に出来ない。輪形陣で防衛に入っているパーティーを外から援護するとかなら可能だが、それ以外の烏合の衆は、見捨てる」
「分かりました。問題無いです」
非情かもしれないけど、これがこの世界の常識だし、私達も慈善事業では無い。助けられるなら助ける。無理なら諦める。正義の味方なんて幻想は捨てた。私は私の為に、リズの、仲間の、民の為に生きる。だから、ノーウェに貸しを作る為に調査報告を前もってするし、その際の障害は許容範囲しか呑み込まない。
「他に質問は? 無ければ、このまま先に進む。喜べ、夕ご飯は鴨だ。脂がまだ乗っている。焼いても美味かった。食べたいだろう? ならば怪我無く、帰ろう。では、出発!!」
そう言うと皆が、武器を鳴らし同意する。はは、皆、気の良い事で。士気は高い。さっさと調査を終わらせよう。