第321話 例え傲慢で偽善であったとしても、気高く幸せに生きて欲しいです
「ん。取り敢えず捌けた。モツもだよね?」
リズが皿に盛って、持って来てくれる。んん?あれ?結構脂乗っている?鴨なんて、時期過ぎたらぱっさぱさだった気がするけど。確認は後回しかな。
まな板を用意して、モツと一緒に肉を包丁で叩いてミンチにしていく。流石に乳鉢やすり鉢は持って来ていない。タカタカとリズミカルに叩き続ける。
『いい、におい』
やっと少し落ち着いた狼が大人しく伏せた状態で、思考を送ってくる。
『食べやすくするから、少し待って』
そう返すと、体力温存の為か、前脚に顎を乗せて、目を瞑る。少しは信用してくれたかな?
叩き続けた肉が若干粘ってくる。流石に擦る程細かくは無理だけど、消化は楽だろう。皿を生み、まな板から、ミンチを移す。
狼を撫でながら、目の前にミンチを置く。
『さぁ、食べて』
狼がクンクンと嗅ぎ、ハクっと小さく噛み、咀嚼する。そこからは、ガツガツと食べ始めた。胃がびっくりしないと良いけど……。
『まま……まま……』
あぁ……。まだ離乳食の記憶が残っているか。母狼が咀嚼したのを子狼にあげた筈だ。イヌ科はあまり食べている時に触られるのは好きじゃ無い筈だが、不憫な思いに押されて背中を撫で続ける。エゴなのは分かっている、けどどうしようもない。
鴨一匹分を丸々食べ終わると、放心したのか、弛緩する。しかし、体が冷え切っている。撫でていても毛皮の中が暖かく無い。これ低体温症に近い状態になっているかも知れないな……。タライ、無いし……。あー。過剰帰還出るかな?土はきついな。でもしょうがないか。
色々諦めて、石のタライを生む。いけたか?と思ったが、吐き気が込み上げてくる。やっぱり駄目か……。でも、我慢出来ない程じゃ無い……。
<告。『属性制御(土)』が1.00を超過しました。>
がー、先に超過してくれ……。そう思いながら、吐き気を呑み込む。体温を少しでも上げる為、狼を抱きしめる。獣の臭いがするけど、気にしない。少しずつ震えが収まっていく。これ、恐怖より寒さが原因か……。食べて、体温を移して少しでも戻ってきた感じかな?
「リズ、リーズ」
叫ぶと、暫く間が有って、リズがキッチンに入ってくる。
「どうしたの? あ、ご飯食べたんだ。良かった」
「うん。ただ、体温が下がっているから、上げないとちょっと危ないかも。食事が遅くなるかもって皆に伝えて欲しいかな」
「分かった。皆、捌くの手伝ってくれているから大丈夫だよ」
「後、鴨の骨、炊いておいて。手順はティアナが知っているから聞いて」
リズが微笑みながら頷き、作業に戻る。吐き気が収まり始めたので、荷物から木綿の大きな布を取り出す。包帯や三角巾代わりになるかと用意していたが、役に立ちそうで良かった。
『水に浸かるのは大丈夫?』
『ない』
あー。池とかでも飲むだけだよな……。ノミとかダニは大丈夫そうだ。ざっと全体的に毛皮を分けても皮膚炎は見当たらない。なら、お風呂に浸けて体温上げちゃうか。
緩い過剰帰還なので、大人しくしていたら落ち着いてきた。作った石のタライに少し熱めのお湯を生む。40度程度か。びっくりしないと良いけど。抵抗する程の体力も無いかな。
そっと抱きかかえて、足先をタライに浸ける。
『ぬくい……』
狼が快の思考を投げてくる。これならいけるかな。少しずつ、脚を浸けていく。抵抗せず、じっとしている。そのまま体まで浸けた時にキャフみたいな鳴き声を上げたが、抵抗はしない。左後脚は上手く伸びないが、全体的に伸ばして、顎を縁に乗せる。
『ぬくい……ぬくい……まま……』
母狼に抱かれているのを思い出すのか。遣る瀬無い気持ちを押し殺し、全身をマッサージのように揉んでいく。抵抗はない。ただ、怪我をした脚を触った時にはぴくっと反応が有った。
耳の中に水が入るのを避けて、頭や顔を洗っても大人しくしている。洗って分かったが、この子美人さんだ。殆ど真っ白に銀がメッシュで入った感じだ。全身の汚れを落とし、一回お湯を窓から捨てて、再度お湯を生み、浸ける。今度は抵抗も無く湯の中で弛緩する。濯ぎのつもりで再度全身をマッサージしていたが、くわっと欠伸をしたかと思うとうとうととし始める。
あぁ、疲労も溜まっていたか。野生で警戒心が強いにも関わらずだ。もう限界だったのだろう。
『まま……まま……』
何かに怯えるように、少しだけ安心するように、そのまま眠りに落ちる。まだ生まれて2か月程度だ。母親の庇護下で育つはずだった命だ……。タロの時もそうだったが、自然に対して、本当に無力だ……。はぁぁ……。この子、きちんと育てよう……。これまでどれだけの狼を狩って来たのか。傲慢、偽善と言われても構わない。懐に入って来た命だ。立派に生きていけるように。幸せだって思えるように。
少しだけ感傷に浸りながら、狼の毛皮の中の皮膚に触れる。お湯の温度に近い所まで上がっている。直接お湯に触れていない顔の辺りも体温が上がっている。良かった。これで少しだけ安心だ。タライから抱き上げ、布で拭う。もうこのサイズなので、ブローで乾かす。少しでも濡れている方が風邪のリスクで怖い。
見違えるように真っ白になった毛がもこもこと膨らむ。タロと同じでまだまだ幼い柔らかい毛だ。余っている毛布に包み、部屋の隅にそっと寝かせる。
名前、何にしよう。タロ……太郎か……。英雄にはお姫様かな。姫……ヒメで良いか。ヒメ、どうか気高く、幸せに生きていけますように。
そう祈りながら、部屋を閉めて、キッチンに戻る。